プロローグ
ラタトスク帝国、帝都エッダの城門前に二人の男がやってきていた。共に麻のボロを頭まで被っているが、その上からでも屈強な肉体が見て取れる。
そんな怪しい姿の彼らは意外にも行儀良く帝都へ入るための列に並んでいた。
ただ列の歩みは遅く、最前列を見ると生真面目そうな衛兵たちが一人一人に入念な検問をしていた。
許可が降りた者は中へ吸い込まれていき、降りなかった者は肩を落として去っていく。
そんな多くの人たちがソワソワしながら自分の番を待っている中。
「な、なんでですか!!」
つんざくような声が響いてきた。そちらに目を向けると、そこには一人の若い亜人と呼ばれる獣人が騒いでいるようだ。
見る限り、何かしらのトラブルがあったのかその若い獣人が帝都へ入る許可が降りなかったようだった。
それに対し若い獣人は詰めるように文句を言うが、衛兵たちは顔を見合わせどうするか困っている様子だった。そんな中から彼らの隊長を務めているだろう老齢の衛兵が現れた。
ただ、一言「とっとと失せろ」と言い放つ。
全く取り合う気もない老齢の衛兵の態度に若い獣人が泣き喚くが、老齢の衛兵の顔色は全く変わらない。
「もう一度確認してよぉぉぉ!!」
仕事へ支障が出て来るレベルの駄々のコネようにも、老齢の衛兵は毅然とした態度で低い声を放つ。
「いい加減にしろ亜人。ここで叩っ斬られなくなきゃ、消えな」
他国ならまず検問所で亜人はボコボコにされるか、殺され骨になってから許可が降りるのが常だが、さすが帝国。亜人にも甘いらしい。
泣き喚く相手へ斬る確認もするようだった。
そんなことを考えていたが、横にいる仲間は違うようで衛兵に食ってかかろうとしていた。首筋をポリポリかきながらすぐに仲間の肩を掴んだ。
「おい。どうして止める? レーグ」
「馬鹿正直に問題を起こす必要もないだろう」
「あん?」
チラッとボロの麻の中が見えると、二人はかつてエインセルが出会った虎人族のレーグと狼人族のヴァンだった。
レーグはヴァンにそう言って若い獣人に顔を向けながら腰を曲げる。ヴァンは訝しげな表情で未だ騒いでいる若い獣人へ顔を向けた。
いよいよ若い獣人が強硬手段を取ろうと懐に手を回し……その瞬間、レーグが小石を若い獣人の顔面に投げつけた。
「イタッッ!」
若い獣人が痛みから怯んでいるところへレーグが駆け寄る。
「すみません。衛兵殿」
そう言って周りに気づかれないよう老齢の衛兵の手の中へ銀貨を潜ませた。老齢の衛兵は何か言おうとしたが、レーグの顔を見て一瞬驚くと。
「ふんっ」
鼻息を立てすぐに顔を戻し、剣を抜こうとしていた衛兵へ顔を向ける。
「おい! 何かの手違いだったようだ。こいつを通してやれ」
「ですが……」
「俺が言ってるんだ!」
「……了解です」
衛兵は疑わしい表情をしたが、上官には逆らえないらしく言葉を飲み込む。
レーグはボロの麻を深く被り、若い獣人に低い声で文句を言う。
「もう少し頭を使え」
「す、すまない!」
若い獣人はレーグに何度も腰を曲げて感謝すると中へ入っていった。それを見てからレーグは元の位置に戻るとヴァンに胸を叩かれる。
「流石だな」
「うっせぇよ」
ヴァンのニヤケ面にレーグは口をへの字に曲げた。
時間が経ちようやくレーグたちの番になった。二人を検問をするのは老齢の衛兵。
いつもなら老齢の衛兵が新人の衛兵にやり方を教えたり、貴族相手の検問をしないはずだったが今日に限ってはわざわざ検問をすることに数人の衛兵たちが困惑をした。
老齢の衛兵が彼らに鋭い視線を向けるとすぐに目を逸らす。
「久しぶりだな」
「そっちこそ、レーグ」
周囲に聞かれないようレーグが挨拶をすると老齢の衛兵も簡潔に答える。
レーグはさっきと同じ要領で更に多くの銀貨を握らせ、簡単に身なりを検査をされると、獣人にしてはあっという間にヴァンと共に許可が降りる。
門を通る時にヴァンは小声でレーグに聞いた。
「知り合いか?」
「昔、野盗化した獣人に襲われていたのを助けてな」
「ふぅん」
ヴァンにはそれ以上の絆があったように見えたが、レーグが答えるつもりがないとわかると深く聞くことはなかった。
「ヒュー。すげぇ人の数だな!」
「ガキかよ。少しは落ち着け」
ヴァンへそんなことを言うレーグだったが同じように内心は目の前の光景に圧倒されていた。城の外からではわからなかったが、中は数十個もの集落をかき集めた以上の活気と騒々しさに包まれている。
かつて奴隷だったヴァンが王国にいた時は獣人が大手を振るって歩いているのを見たことなかった。様々な獣人や見たこともない種族の人が笑顔を浮かべ露天で値切ったり、自身で商いをしている。
「ごほんっ」
いつまでもずっと城門の前で立っている二人へ後ろから咳声が聞こえた。二人は顔を合わせて苦笑いをすると軽く謝罪するように会釈をする。
まるで田舎者……というよりは完全に田舎者の二人。主にヴァンは尻尾をブンブン回しながらキョロキョロしていた。
かくいうレーグもウキウキしていた、それはもうウキウキしている。耳がピクピク動いているからだ。
「ここまで来たはいいがどうする?」
「……エインセルを探すに決まってるだろ」
レーグがまた狂信者のような目をしたのでヴァンは思わず「はぁ……」とため息をして、ここまできた経緯を思い出す。
エインセルが去っていってからのレーグはもう燃え尽きていた、それはもう老人のように体毛もヘタリ常にため息をしまくっていた。
初日は行き高々に「俺はエインセルのために頑張るぞ!」と言って鍛錬に励んだがそれも数時間。
仲間の前でも飯の時も辛気臭く、仲間からどうにかしてくれと言われヴァンが渋々声をかけた。
数時間後、ヴァンは口から煙を吐き出していた。レーグからエインセルの気高さと素晴らしさを何時間にも渡って聞かされていたからだ。
翌日、レーグはまたヴァンの元へ来ると同じことを延々と続ける……続けた。
二日目、レーグから逃げるようにして森へ狩りへ行くが、ストーカーのように付き纏われ耳元でエインセルの良さを聞かされる。
一週間後、ヴァンは爆発した。
レーグの胸ぐらを掴み上げ、何を思ったのか探しに行くぞ! と放った。レーグの目はそれはもうキラキラしていたのはここで言う必要もないだろう。
エインセルがやってきた影響かおかげかわからないが、森へ人間たちがやってくる気配もなく魔物たちも大人しくなっていた。
その上、集落の老人たちからエインセルを探すべきだと言われる。その時老人たちからレーグと同じ臭いが漂ってきたが見て見ぬふりをした。
頼りになる牛人族の仲間や元傭兵の狐人族の仲間へ集落のことを頼み、二人は旅立つ。
ヴァンはコボルト族で心を寄せているミーに気持ちを伝えようとしたが、「エインセルさん探し頑張ってください!」と言われ、ヴァンの目の端から……一筋の何かが流れたがきっと気のせいだろう。




