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第三十七話


 むにゃむにゃ……


 馬車の揺れがちょうど寝心地もよく、いつのまにか意識が飛んでいると、なにやらアルトリートとカーミレイの声が聞こえてきた。


 目を擦りながら耳を傾ける。


「ここからだと馬車はもう進めないな……」

「使えぬ召使いじゃのお。お主が馬車を抱えて進めばいいじゃろ?」

「な、何言ってんだ……?」


 荷台から顔を出すとカーミレイが帆の上からアルトリートの頭をゲシゲシ蹴っていた。


 アルトリートは必死に頭を庇うが、カーミレイはその隙間を縫って蹴っていく。涙目になって半べそをかきながら俺が見ていることに気づいた。


「た、助けてくれ! エインセル!」


 た、助けるってどうやってよ。


 俺がグースカ寝ていることに気づいていたようでカーミレイがニヤッと笑った。


「おはよう。エインセル」

「おはようございます」

「ふん。つまらぬのぉ」


 普通の態度で返事したらカーミレイが口をツンとして荷台から飛び降りた。ようやく足蹴り攻撃から解放されたアルトリートは馬車から降りて頭をさする。


「エインセル。ここからじゃ馬車は無理だ。徒歩で行こう」

「はい」


 返事をすると、アルトリートは白馬に馬車のお守りを頼んだ。その時、白馬の鼻息が荒くなり、鋭い眼光で馬車のお馬さんをたちを見ていたのはきっと気のせいだ。うん。




 太陽が頭上に登り、日差しの暑さが最高潮の中。


「おい‼︎ 光が入ってきておるぞ‼︎」

「いてっ! 蹴るな!」

「ならもっときちんと傘をさせ、馬鹿者が!」

「なんで俺が……」

「あ?」

「な、なんでもないです……」


 道の真ん中でカーミレイがアルトリートの足をゲシゲシ蹴っていた。そんなカーミレイというと自分の影から黒いゴシックな傘を取り出し、アルトリートに差させていた。


 さっきまで日光浴してたよね?

 日に弱いの? 強いの? どっちなんですか?


「ふん。ん? あれが精霊湖とやらか?」


 カーミレイがいの一番に気付く。

 アルトリートも釣られて視線をそちらに向けると、すぐにげんなりした顔で声を上げた。


「ど、毒の湖の間違いだろ……」

「うむ。魔力が一箇所に溜まりすぎて、周辺の草木が死んでおるのお」


 そこはとてもじゃないが精霊湖と呼べる場所じゃなかった。毒々しい紫色で泡がぷくぷく出ている湖だった。周囲もそれの影響からか草木が死に荒地になっている。


 実家の森も魔力が多かったけど、ここはまた違う意味ですごいことになってるね……


「ここは……」

「あぁ、エインセル。その通りじゃよ」


 何が?

 話を聞こうとしたらなんか意味ありたげに言われたんですけど。


『おそらく人間たちと淵人のせいだな』

「ムッ?」

『ハッ!』


 カーミレイが眉間にシワを寄せてグラムを見た。


 何回やれば覚えるんですか?


 すぐにグラムから気配がなくなるとカーミレイは首をコテンと傾ける。俺から視線を離し精霊湖を睨んだ。


「どこまで行っても人間は馬鹿で愚かじゃな」


 カーミレイの哀愁漂う言葉を周囲に響いた。


 返す言葉もなく俺が立ち止まっているとアルトリートが屈んで石ころを拾い上げた。綺麗なフォームで精霊湖に投げる。


 石ころは湖に入ることもなく空中でドロドロに溶けた。


「こりゃ、見た目じゃなく湖自体が魔力に汚染されすぎてダメだな。さっさと馬車に戻って辺境伯様のところへ向かうか」


 確かに。

 はぁ……久しぶりに綺麗な湖で泳ぎたかったのになぁ……。


「そうで……」


 俺は肩を落として返事しようとしたその瞬間、違和感を感じ言い淀む。


「どうしたんじゃ?」


 そんな俺をカーミレイが不審がり顔を覗いてきたが、俺は必死に脳みそをフル回転させていた。


 どこか……昔もこんな違和感があった気がする。

 いつだったかな?


 俺は目を瞑り考える。


 そうだ、マナと出会った時の感覚だ。

 あと……なんだっけ、父さんと母さんがなんか重要なことを言ってた気がする。

 えーと、確かマナは精霊に近い妖精だったっけかな。


 本当に久々に体から「こんにちは」という感じで意思を伝える魔力を放出した。


「むぅ?」

「ん?」


 カーミレイはすぐに気づき、続いてアルトリートも俺が発した魔力に気づいた。

 魔力は精霊湖に吸い込まれていくように入っていくと強く輝いた。その光りに俺は手を顔に持っていく。

 少し経って光が収まると毒々しい湖から美しい湖へ変貌していた。


 う……うん。

 やった俺が言うのもあれだけど、どういうことよ。


 カーミレイとアルトリートが感嘆を漏らす。


「ほう」

「これはまた……えらい変わったな」


 湖の周りはまるで焼け野原のように何もなかったというのに、木々が多い茂げ美味しい空気が溢れていた。


「ふむ。不愉快だと思っていた人間の血の方は帝国の物か」

「ん? 帝国?」

「ふん。汚物の人間はわからないのか、所詮は汚物」

「し、辛辣すぎだろ。それでなんだってんだ?」

「エインセル。お主、ラタトスク帝国とかつて存在したサンクトゥス精霊国の王族の子じゃな?」


 カーミレイはアルトリートを無視して俺に質問をした。


「はい」

「待て待て、話が見えてこない。ラタトスク帝国と、何? サンクトゥス?」


 アルトリートが俺に聞いてきた。


 俺はなんと言おうか考えながら申し訳なさそうに答える。


「アルトリートさん。ずっと言ってませんでしたが、私はラタトスク帝国皇子の子とかつて滅んだエルフの国サンクトゥス精霊国の子供です」


 アルトリートは顎が外れたかのように俺の目を凝視する。


「は、はは。た、大陸最大の帝国の皇子だって? それにエルフの国?」

「はい」


 アルトリートは眉間を揉みながら精一杯色々言いたいことを飲み込む。


「ま、まぁいい。いや、よくない、よくないが……そうか、だからエヴァンス辺境伯に?」

「いえ、それは偶然です。この指輪の持ち主に返そうと考えて」


 左手にある輝きがなくなりバカグラムに汚染された、見るも無残な指輪を見せた。


「はぁ……もういいや、お前はお前だろ? エインセル」

「はい」

「ふぅ……それならいい。俺はお前がどんなやつだろうと、接し方を変えるつもりはないし。短い間だが濃い旅した仲だ。どうせ行くところもない、どこまでも付いていくよ」


 深くため息をしたアルトリートが俺の肩を叩く。


『軽々しく相棒に触るな! この薄汚い人間が!』

「む?」

『ハッ!』


 グラムは相変わらず人間嫌いの上、三歩歩くと忘れるニワトリみたいだった。


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