第二十一話
戦鎚片手に引きずってきたと思ったら、突然その場に立ち止まり頭を掻き毟り始めた。頭に爪が食い込みそこから赤黒い血が吹き出る。
見てるこっちまで痛くなる光景に思わず顔を顰める。
「いきなりなんだってんだ?」
声を出したアンネさんの方を見ると、長年傭兵をやってるだけあって表情変えず警戒し続けていた。
顔を戻すとオークはいつのまにか手を止め、血を垂らしながら戦鎚を引きずってきていた。雰囲気と動き方が相舞って幽鬼のように見える。
その姿に頭の中で妙になぜか警鐘がうるさく鳴り響く。
「キエロ……キエロ……キエロォォ‼︎」
まだ距離があるというはずなのにオークは喚き散らしながら戦鎚を天高く持ち上げ。
「アンネさん‼︎」
自分でもびっくりするぐらい大きく叫び、俺は高く飛び上がる。
アンネさんに目線を向けると俺の言葉に反応して地面を抱くように伏せていた。
ブォォゥン‼︎
耳が痛くなる轟音が響く。
地面に着地すると砦も巨大なオークの攻撃によって揺れ、俺は踏鞴を踏む。
「なんつう馬鹿力だ。一切、魔力を込めずにこれだけの力かい……」
『さすが豚鬼族だな!』
褒めてる場合か!
アホ剣!
アンネさんが無事だったことに安心して息を吐くが、だらぁっと背筋に嫌な汗が垂れた。
先ほどまで室内は松明だけでしか光がなかったていうのに、後方から日の光が入ってきていたからだ。
アンネさんも同じように額から脂汗が滲み出ていた。
「私がなんとか隙を作りますので、アンネさんは門番の時に使ったように毒を再度……」
「すでにさっきより強いのをずぅぅっと出してるよ‼︎」
巨大なオークは地面に深くめり込んだ戦鎚を両手で持ち上げ、先ほどより一層強い衝撃波が飛んでくる。
俺とアンネはそれぞれ左右に避けるが、本当に毒が巨大なオークに回っているのか疑問に思うほどだった。
げ、元気ありすぎじゃない?
少しは手加減してくれません?
「何か手立てはないか⁉︎ 坊や‼︎」
手立てって言われても……
魔法を唱えようとしてもそれを察して、戦鎚が飛んできて簡単な詠唱すらできない。
アンネが驚異的な身体能力と曲芸師みたいな動きで、何度か巨大なオークに絡みついて短剣を刺すが、一向に巨大なオークの動きには陰りが見えない。
「ふぅ……」
巨大なオークは俺が見えていないかのように終始アンネを狙い続ける。
ん?
何だ今の動き。考えろ……
「が‼︎」
集中しすぎて戦鎚の突風が腹に当たり咳き込む。
そうだ……今、俺が何も考えずに息を吐いたのに攻撃が飛んでこなかった。
魔力か何かに反応しているのか?
そのおかげで糸口が見えた。
た、たぶん。
「アンネさん! 考えないでください!」
「なんだって⁉︎ 坊やまでおかしくなったのかい⁉︎」
「すぅ……」
無になって息を吸うと、巨大なオークはやはり俺が見えていないかのように、アンネにだけ戦鎚を振るう。
「ふぅ……」
息を吐き巨大なオークに近づいて、がら空きになった背中へグラムを走らせる。
「ガァァ‼︎」
『ウォォ‼︎』
戦鎚が飛んでくる前に後方へ飛び、オークを見るがまったく答えた様子もなかった。
真っ二つにするつもりだったのに薄皮一枚だけかよ!
後、グラムうるさい!
「くそが、クソガァァ‼︎ エルフごときが、エルフゴトキガァァ‼︎」
あれ、なんか流暢になった?
『何かが流れてきたぞ、相棒‼︎』
――何がだ!
『知らん‼︎』
巨大なオークの行動は変化し怒りから俺に何度も戦鎚で攻撃してくる。
アンネは俺の言葉とさっき言った言葉に意味がわかったようで、今度はアンネが巨大なオークの背中に張り付き、俺が切り裂いた背中に短剣を這わせるように同じ部分を傷つける。
「グゥゥ‼︎ 小賢しい‼︎ エルフドモガァァ‼︎」
オークは癇癪になった子供のように戦鎚をでたらめに振り回す。
そのたびに砦が穴あきチーズみたくなっていった。
「ふふ。どんどん穴ぼこだらけになっていくな‼︎ これじゃお前はひと時の安寧も得られそうにないな‼︎」
アンネが挑発するとオークはアンネを血走って睨みつける。
その隙をついて俺はオークの背中に回り込み再度グラムで切りつける。
「ギィアアァァ‼︎」
『ガアァァァァ‼︎』
「ふぅ……ふぅ……エルフはいつになっても憎たらしい……いつの時代も……」
グラムの攻撃で少しずつ……理性、いや意識が戻ってきているのか?
先ほどまではどこか機械的だった攻撃は明らかにこちらの行動を読んだように正確に飛んでくる。
が、どこか作為的にギリギリのところで避けられるような絶妙な距離になっていた。
『相棒‼︎ めっちゃ流れてきて痛いぞ‼︎』
――我慢してくれ!
『もう無理だ‼︎ いやだぁぁ‼︎』
バカグラムが駄々を捏ね始める。
――後で好きなだけ研いでやる!
『ぐぅぅ……後、二発、いや一発だけだ‼︎』
――ありがとう!
『ふ……ん!』
なんとかグラムの説得に成功してアンネの近くに寄る。
「はぁ……はぁ……アンネさんもしかしたら、この剣であのオークの意識を完全に戻せるかもしれません」
「ハッ‼︎ その前にアタイらが生きてればね‼︎」
アンネは馬鹿にしたように言うが、どこか俺を信じているようにも見えた。
「そうすれば……ぐ‼︎」
巨大なオークはどうやら俺たちに会話を与えるつもりはないようで、休む暇もないほど何度も戦鎚を振るう。ギリギリのところで避けられると言えば避けられるが、そのせいで近づくことが難しくなった。
まるで近距離じゃなくて遠距離から攻撃してこいって言ってるように。
ふぅ……なるほどな。
俺の灰色の脳細胞が閃いて、突破口が見えた。
「《風よ、我に暴風を》」
背中から大量の魔力が渦巻くと爆発して巨大なオークに接敵する。
アンネがギョッとした顔で俺を見る。
俺もギョッとした。
ま、間違えたぁぁ!
オークは目を細めて戦鎚を構えた。
俺は叫びそうになるのを我慢しながら、グラムの剣先をオークに向ける。
えぇい!
ままよ!
「がぁぁぁぁ‼︎」
『ガァァァァ‼︎』
てっきり戦鎚で弾かれると思いきやなぜか巨大なオークの腕に突き刺さる。
俺は驚きながらもグラムを引き抜き、後ろへゴロゴロ転がって距離をとった。
血を吸い取ったのかグラムからは瑞々しい血管が剣先まで伸びてビクンビクン動いていた。
端的に言って気持ち悪い。
――大丈夫か?
『もう……無理だ……』
めんごめんご。
俺も魔法で攻撃しようと思ったが、息を吐いて唱えたら位置を間違えて自分の背中に打ってた。
許してね、テヘペロ。
心の中で早口で言い訳しながら息を整える。
すると、巨大なオークの瞳が黒から濁った灰色に変化していた。
「我ハ偉大……ナル魔王陛下……ニ仕エてきた……末裔の将軍、豚鬼族のガビリ」
えぇ……今から自己紹介?
もう俺とアンネさん疲労のピークなんですが、第二形態とかもはや無理ですよ、ガビリさんとやら。
「アタイはアンネ、あっちはエインセルさ。将軍様」
アンネは少しでも時間稼ぎをするために俺たちの自己紹介をした。
「将軍様が魔王陛下を崇拝しているのはわかったが……いつの話だい? 御伽噺が大好きなオークさんかい?」
なーんですぐに挑発しようとするかな? アンネさん。
「所詮は墜ちたダークエルフだな。人間と同じように過去を忘れることに関しては早いようだ」
「いつまでもウジウジ引きこもってる将軍様のオークに言われたくないね」
「だが、ダークエルフならまだしも――どうして朽ちたはずのハイエルフがまだ存在している?」
朽ちた?
「あんたに関係あるのかい?」
アンネが嫌味を言うが、巨大なオークのガビリはそれに答えることもなく、なぜか俺に振り向いてまじまじと見てくる。
「お前らをその姿に変えたのはエルフどもと知っているだろうに――いまだ過去の栄光に縋っているのか?」
「いちいちムカつくやつだね。さっき、自分で過去うんぬん言ってたのは忘れたのかい?」
「あぁ、なるほどな。人間の血の臭いがするな、奴隷の子か?」
オークはまだ正気じゃないのか、話が飛び飛びで何が言いたいのか見当もつかない。
『相棒……』
グラムは息絶え絶えになりながらも俺の心配をしてきた。
――大丈夫だ。挑発だとわかっている
「なら知らなくて当然、か」
さっきから何を言っているんだ?
「お前たちも変えられたというのに、哀れなハイエルフだ」
変えられた?
ダークエルフがノーブルエルフに堕とされ――その時にハイエルフが燃料として使われたと聞いたが、ハイエルフも変えられたということか?
――どういうことだ?
『……』
グラムに聞こうとしても黙ったままでわからない。
「お前たちは何を求む? なにゆえここまで来た? ここにはもう何もない――何もいない」
ガビリは悲哀に、憐憫に満ちた目で俺たちを見てきた。
「さっきからウダウダと……そんなにアタイらと語り合いでもしたいのかい? さっきまでお盛んなガキのようにやりあったって言うのに」
「待て――何の話だ?」
アンネの言葉にガビリの眉間がピクリと動いた。
「何の話って……その右手に持っている大きな戦鎚がわからないのかい?」
ガビリは驚き固まったまま視線を右手に持っていくと戦鎚を手放した。
その顔はまるで今まで気づかなかったように愕然として、離した手を握ったり開いたりする。
「戦った? 我が? 戦うことを放棄したはずだ――ただ無為になることを願ったはずだ」
「何を言っているんだい?」
「あり得ぬ。あり得ぬはずだ。どういうことだ? ありえん」
ガビリは虚空を見てぶつぶつとつぶやき、そして何を思ってか自身の肩に手を突っ込んだ。その行動に俺とアンネが唖然とする。
あたりに生々しいギチギチとした音が鳴り響き、ガビリが肩から腕を引き抜くと、そこから見たこともない気持ち悪いナニカの頭部が出てきた。
「あぁ……そういうことか」
その頭部からは虫のような触覚が生えていて、黒い目が顔中にいくつもあった。
歪な斜めの口らしき部位からは気色悪い金切り声がうるさく聞こえる。
ガビリは後悔がこもった顔でそれの首を掴み、引きちぎった。
瞬間、莫大な――おぞましく深い魔力が体を襲った。




