第一話
ドアが開くと立て付けが悪いのかギィィと小さく軋む音が響いた。
そこからゆっくりと、長い髪を一つに束ねた美しい女性が入ってくる。
女性は真っ暗に閉ざされた部屋のカーテンを開けながら、自分と非常に顔立ちが似ている男の子に近づいていく。
「……エインセル。朝……起きなさい」
蚊のような小さな囁き声で男の子を起こそうとか揺らす。
揺らすが、その力はか細く男の子は微塵たりとも気づかない。
ただ、朝日が顔にかかったことに男の子は隠れるようにして、布団を引っ張り頭まですっぽり被った。
女性はそのまま続けて小さく揺らし続けても起きる気配はない。
女性は無表情のままどこかムッとしたような雰囲気をすると、口を動かす。
「《風よ、巻き上がれ》」
女性の周りから緑色の光が煌めき、少しずつ回転をし始めた。数秒もせずに急速に回ると、部屋の中はまるで嵐が起きたかのようにぐちゃぐちゃとなった。
そうして緑色の光は部屋を荒らすだけ荒らして満足すると消えた。
ベッドにはまるで洗濯機に突っ込まれ、念入りに揉み洗いされた無残な男の子がひっくり返っていた。
だと言うのに男の子は女性と同じように無表情を貼り付け口を開く。
「母さん、やりすぎです」
「……エインセルが……起きないから」
気持ちよく寝てたら、いきなりママンに風魔法をブッパされたよ……
『そんなのじゃ気付きませんよ』
母さんは無表情のまま俺をじっと見る。
前世の俺だったらその無機質な視線にビビり散らかして、逸らしていただろうが転生した今の俺は違うぜ!
『ごめんなさい、エインセル』
母さんの周りを見ると魔力が滲み出ていて、謝罪のような悪いことをしたような魔力が漂っていた。
ふん‼︎
身体に力を入れて『気にしてませんよ』という魔力を放出する。
ちょっと意味がわからないと思うが、気にしないでくれ。
俺の魔力を見た母さんが魔力で何かを伝えようとしたその時、誰かが乱暴にドアを開けて入ってきた。
「おーい‼︎ 飯もうできた……ぞ」
その人物は無表情で見つめ合っている俺たちを見て困惑した。
「何してるんだ? お前ら」
「あっはは、はは‼︎ お前ら朝から揃ってそんなことをしていたのか‼︎」
原始人が食べてそうな骨つきの大きい肉を頬張りながら男性が豪快に笑う。
き、汚い。
めっちゃ、こっちまで肉の破片が飛んできてるぞ、パパン……
喋り方も食べ方も汚いが今世の父さんだ。なぜ母さんと結婚できたのか今でも謎。
母さんを見るとサラダを無表情だが上品に食べている。
美味しくないの? って普通の人なら思うけど、母さんを見ると身体中からピンク色の魔力が放出されている。
しかも父さんまでもいつのまにか母さんを横目で見ていて、身体からピンク色の魔力を放出し、母さんの魔力と混ざり合わさっていた。
俺が魔力をまじまじ見ていることに気づいた母さんはポンっと音が出そうな感じで、一層強くピンク色の魔力が大量に噴き出た。
「……ご……ごほん……ごほん」
無表情のまま母さんが咳払いをした。
無表情二人に原始人一人という普通の人が見たら不気味すぎる食卓だが、実際には俺と父さんは母さんを生暖かい目で見ている。
ムシャムシャ‼︎
俺が大量のサラダをかきこんでいる間に、家族の紹介でもしよう。
まずは父さんから、元どこかの王子だか皇子で貴公子笑と言われていたらしい。
正直な話、父さんの言動を見ている限りチンピラや輩にしか見えない
なんでも冒険者から成り上がって騎士になったおっさんの話に、身体が突き動かされ地位を捨てて国から出たらしい。
その後は冒険者や傭兵、どっかの騎士をしていたって自称している。今でも王子だか皇子の話を疑っている。
というか絶対に嘘だと思う。
言動からして信用できない。
具体例として俺が今よりもっと小さい時のことだ。
俺が庭で木の枝をブンブン振り回して遊んでいたら、父さんはニコニコしながら木剣を俺に渡した。
最初は楽しく、よく父さんとチャンバラをして遊んでいたが……その時にとっととやめとけばよかったと思う。
なぜならやり口が酷い、それはもう酷すぎるからだ。
こっちはチャンバラで遊んでるつもりなのになぜか泥団子を投げつけてきたり、落とし穴に嵌めてきたり、しまいには木剣を投げてきて関節技を決めてくるっていう。
正直、頭がおかしいと思う。
こっちは初めて木剣を持ってドキドキしたのは転生して四歳の頃だぞ。
初めて異世界の剣術を覚えられると思っていたらボコボコにされるという。
そんな始末に嫌気をさして引きこもり、俺は母さんに頼み込んで書斎に入り浸った。
なぜなら本を読み漁り父さんをぶっ飛ばす方法を研究するためにだ‼︎
当初、母さんは俺を見てやさぐれたように見えたらしく、父さんにきつく怒っていた。
その晩、父さんは言い訳をしながらよくわからない謝り方をしてきた。
当然、俺は無視してツンっとしながら隠れてコソコソ力を模索し続けた。
一週間経ち、進化した俺は父さんを庭に呼んで再戦を申し込んだ。
ずっと、どこかしょぼくれてた父さん当初ウジウジしていたが、俺の言葉にいきなり元気いっぱいな魔力を噴出して元気になった。
というか元気すぎて怖かった、あれは完全に殺す気だったね。