山沙莉乃に関する考察
山沙莉乃に関する考察
「わからないよ」僕は耳を疑った。「つまり、どういうことだよ」
「だから、リノって子が今最高に可愛いんだって話」
谷口は女に興味のない種類の人間だと思い込んでいたからだ。その思い込みは根深い。リノ、莉乃? こいつがそんな冗談を言うのか。あるいは気が狂ったのかと思ったがその目は輝いていた。
「それで3万円貰ったって、そんなの大丈夫なのか。健全に生きろよ大学生!」
「その前に8千円貸したこともあるから。お互い様ってやつだよ」
谷口は取り合ってくれない。「生活費に当てた残りでまたプレゼントに行くし。昨日のデートでは八回も目が合っちゃったんだよ!」
頬を紅潮させて一転、ウブなことを言いやがる。
「借りた金でご機嫌取りに行くようになったら、いよいよヒモじゃないか」
彼が上手いことやっているのを僻むような気持ちがなかったわけではない。なりたいという気持ちは全くなかったが、それでも楽しく生きているやつには無条件の憧憬を抱いてしまう。
「いやさ、普通の子達とか人気のある人たちとは違ってよ、わかりやすい愛情表現とかしてくれないけどね、やっぱり可愛いのよ。一緒にいて1番楽しい」
「何がそんなにいいんだ?」僕は純粋に興味が湧いてきていた。彼をしてそこまで言わしめる存在はどれほどのものだろうか。「軽く教えてくれよ」
彼は黙ってズイっと身を乗り出してきた。手にはスマホ、画面をこちらに向けている。
ふむ?
スマホには話題の莉乃ちゃんが画面いっぱいに映っているようだ。ところで比較に出すのもおかしな話だが、みんな自分の恋人の顔を見せたがらないよな。経験者は自分が盲目だってことを知っているんだろう、これは初恋を見分ける必殺手になるかもしれないぞ。
そんな益体もないことを(友達の恋人が初めての人かを見わけられるからどうなると言うんだ)考えていたら画面が動いた。
「あ、え、動画」
デート風景を見せてくれようと、眩しいな。チカチカと。
「莉乃ちゃんはトマトが好きでね。これをあげなきゃいけない」
確かに彼はトマトが入っているものをわざわざ選んであげている。
「これをトマトチャンスと呼んでいる」
恥ずかしくなったのかわからないが、トーンが落ちついた。
「ここでトマトを二つあげる必要があって。で! ここがお楽しみなんですけど! 三択なの! 次に何をあげようとするかで好感度が上がるか決まるの!」
落ち着いたかと思えばテンションがぶち上がった。ついていけていないぞ。「バカか、お前。好感度ってエロゲかよ」パラメーターが目に見えるとか言い出すんじゃないか。思い返したら冷ややかすぎる対応ではあるが、それとは裏腹に内心納得もしていた。
「一緒ってことだよ、結局! いいか、やれない実物より濡れ場前2択のエロゲだ。童貞の友達が言っていた。名言だろ」
「ノベルゲームほど分かりやすいってのか?」
「そこは現実に近いんだよ。全然わからん。目を見ないでキスをねだるのが正解だったりもする」
つまり彼は恋愛の中にゲームと同じものを見出したのだ。なるほど、好奇心を満足することに興奮を覚える彼らしい趣味に思われる。莉乃ちゃんを彼の趣味らしくないと思ったわけではないが、ここでむしろ彼らしいと納得するに至った。
「キス?」一呼吸入れてから眉根を寄せて、からかい気味に彼の目を見た。スマホの映像から目を逸らしてしまったが、画面は薄暗く元々解説なしには何が起こっているかよくわからない。
「ああ、三回してもらった」
目を見返して誇らしげに言う。こちらも釣られてほほが緩んでしまうほど幸せそうな雰囲気だった。僕は他人の幸福が大好きだ。現金な話だが幸福に違いないのである。
「目が合ったのはここなんだけど」彼はまた画面を指さした。「彼女、レモンが苦手なんだよね。特に真ん中にあるともう完全に困っちゃう」
画面の中の男はレモンを莉乃ちゃんにあげているところだった。
「おい」
困るようなことなら放っておけば良いではないか。あえて逆なでするようで嫌な心持ちが湧いて出ているのを感じた。
「緊張の一瞬! ね、不機嫌っぽくなったじゃん。でもこの後りんごのデザートをくれるから、ほら怒ってないんですねえ」
「なんでわざわざ怒らせるようなことを」僕は半ば睨みつけるように言った。わけがわからない。恋愛で言うなら駆け引き上手のつもりのやつが1番迷惑なんだ。
「心が離れているのをいち早く察知できるからだよ」
何を当たり前のことをと言う顔で、平然と言った。
僕はぽかんとした顔をしたと思うが「なるほど」かろうじてそれだけ絞り出し、よくよく咀嚼した。
「なるほど、わかったわ」
僕はそう重ねて、山沙莉乃、もといYAMASA社のスロット台『リノ』が映ったスマホを押し返した。「スロットは女の子、だな」
Fin