公爵令嬢と聖女の恋の逃避行 〜目覚めたら悪役令嬢だったので今夜婚約破棄されます〜
「……最悪」
そんな寝起きの第一声。豪華な天蓋付きベッドを見て、ため息をつく。
私はつい先程、夢で前世の記憶を思い出した。
前世は日本人の女子高生。推しの女性アイドルグループのライブに行こうとしていたら、道中でトラックに撥ねられた。
目の前にトラックがあると思ったら意識がなくなったので、たぶん即死。
あっけない最期だった。めっちゃ悲しい。どうせ死ぬなら、最愛の推しを見てから死にたかった。叶うなら死にたくなかったけど。まあ仕方ない。
そして、今しがた目を覚ました方の私は、ロズリーヌ・ヴェンガルテン公爵令嬢。黒い髪に紫色の瞳、そのうえ吊り目。
この姿は、前世で女子高生だったときにも見たことがある。三次元ではなかったが、これは絶対に彼女だ。
前世でプレイした乙女ゲームに出てきた、ヒロインのライバルである悪役令嬢。
どうやら私は、それに転生してしまったらしい。
かじる程度に、異世界転生漫画やラノベを読んだことはある。でも、まさか自分がこうなるとは思ってもみなかった。世の中、不思議なこともあるもんだ。
頭の中を整理してみる。
今の私には、前世の女子高生だった頃の記憶と、今世のロズリーヌ公爵令嬢としての記憶とがある。けれどロズリーヌの記憶は学園生活が始まった頃――約二年半前のものからしかない。たぶん、乙女ゲームのストーリー開始日にあたる日からの記憶だ。
記憶は多少ロズリーヌでも、人格は完全に前世の私。ロズリーヌの過去の出来事は思い出せても、ロズリーヌとしての思いとかは全くない。
つまり私の前世の記憶が蘇ると共に、ロズリーヌの人格は死んだのだろう。どんまい、本物のロズリーヌ。
二つの記憶を合わせて考えれば、この世界はよくあるヨーロッパ貴族風の乙女ゲームの世界。
前世の私は、そのゲームは友人に勧められて一回やっただけで、さほど愛着があるわけではなかった。一回プレイして、メイン攻略対象の王太子とハッピーエンドになって、そこでやめた。
それでも、おおまかな流れくらいは覚えている。この先の展開は分かっている。
残念ながら、今日は、ロズリーヌが婚約者の王太子に婚約破棄される日だ。
今日のパーティーで婚約破棄。一ヶ月後には、ヒロインに暗殺者を仕掛けた犯人として処刑。悪役令嬢ざまぁ――ってなった後に、ヒロインは攻略対象と結婚してハッピーエンド。
つまり、私の余命は一ヶ月。たぶん私が何もしなくても、冤罪で処刑だ。つらい。
ゲームと同じエンディングにならないように努力するのが悪役令嬢の異世界転生物では多いのかもしれないけれど、一ヶ月ではたぶん何もできないね。うん、諦めた。
なんて短い人生。前世も今世も、二十歳を越えられないなんて。
「あーあ、かったるい」
本当に何もやる気がない。これから何時間もかけてドレスアップして、挙げ句イケメン王太子殿下に婚約破棄されるのだ。
ロズリーヌ・ヴェンガルテン。王太子妃になるためにこれまで頑張ってきたはずなのに、今日無様に振られます。ついでに一ヶ月後にはお陀仏です。
……これは、やさぐれても仕方ないよね。
「もういい、二度寝する」
布団を被り、しくしく泣きながら二度寝した。
「ロズ……」
「はい、王太子殿下」
その夜。王太子のエドモンドにエスコートされて、パーティー会場に入った。彼のパートナーを務めるのもこれで最後……。
と言っても、悔しいとも思わないし、悲しいとも思わない。
正直エドモンドはタイプじゃない。
イケメンだから、どちらかと言えば好きだよ。でも恋するほどじゃない。恋愛対象外。
金髪碧眼のイケメン王太子エドモンドは、今日もキラッキラに美しかった。この人の皮膚には、微細な発光成分が含まれてるのだと思う。あるいは攻略対象効果。眩しいわ。
ロズリーヌはそれなりに美人だから良いけれど、前世の平凡女子高生の自分だったら、こんなイケメンの隣には立ちたくない。こんなやつ願い下げだ。
「僕と、別れてほしい」
はい、来ました唐突な別れ話。ゲームと同じ展開ですね。
エドモンドの顔は青ざめていて、何かを恐れているような感じ。
そんなに悪役令嬢ロズリーヌが怖いのだろうか。別に私は、婚約破棄されたくらいで暴れたりするつもりはないのだが。
ここは、ゲームのロズリーヌだったら荒れていたような気がする。台詞は流し読みであまり覚えていないが、立ち絵が怒っている顔だった。
「はい、かしこまりました」
しかし私は淡々と答えた。婚約破棄されるつもりでここに来たから、特に引き止める気はない。なぜだと彼に迫る気もない。
どうせこういうのは、ゲーム通りの展開がお決まりだ。細かいところは変わるかもしれないが、大筋は同じ。
婚約破棄されたら、あとは好き放題一ヶ月過ごして、あなたに処刑されて死にます。どうせ死ぬと分かっているので、もう諦めてます。さっき泣いたら、もう吹っ切れました。
少なくとも転生システムがこの世に存在すると分かったので、私は来世に賭けるとします。
「えっ。ロズ、本気か?」
「……何か?」
エドモンドは何を驚いているのかな? 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔しちゃって。まあそれでもイケメンだけどね。
たしかに、ゲームのロズリーヌだったら、ここで取り乱してヒロインを侮辱してたね。それから今までのヒロインへの悪行を暴露されて青ざめるって展開。
ロズリーヌの性格を考えても、別れようと言われて黙ってはいられないはず。ロズリーヌはエドモンドが好きだったし。
そういえば……あれ? ヒロインどこだ?
ゲームだとヒロインとエドモンドがくっついてる立ち絵と、ロズリーヌの立ち絵が表示されてたはずなのに。
「いや、なんでそんなこと言うのかとか、何かないのか?」
エドモンドは、なぜこちらが大人しく婚約破棄を受け入れてやっているのに、焦っているのだろう。
引き止めてほしかったのかな? かまちょかな?
「殿下はハルカ様と恋仲だったでしょう? わたくしはお役御免ということですよね?」
しかし私は引き止めない。引き止めたって、どうせ婚約破棄されるなら、その労力無駄じゃない?
ちなみに、ハルカはヒロインの名前。異世界からの聖女という設定で、見た目は完全に日本人。めちゃくちゃ可愛い。今はなぜかここにいないけど。
ゲームの婚約破棄シーンでは、エドモンドのそばにいた気がしたのだけれど……気のせいだったのだろうか。二つの立ち絵がラブラブアピールするみたいに、くっついてるだけだったのだろうか。
前世ではゲームを早く終わらせたくて流し読みでボタンを連打していたせいか、細かいところまで覚えていない。
ごめんよ前世の友よ。私には乙女ゲームは合わなかったんだわ。
「……そう、だな」
まるで絶望したかのような顔のエドモンド。
なぜエドモンドがそんな落ち込んでいるような顔なのか、意味が分からない。あんたが別れようって言い始めたんだよ?
「はい。それで、私はどうすれば良いのでしょう? 父に婚約解消を伝えれば良いですか?」
「ああ、そうだ。……ロズは、本当にそれで良いのか?」
「はい。一度浮気した男なんかに未練なんてありませんわ」
ロズリーヌなら未練があったかもしれないが、私にはない。ついでに嫌味も吐いてやった。
婚約破棄される日に記憶が戻ったって、今更。なす術なしで、大人しくそれを受け入れるしかない。
それに私は、エドモンドと結婚したいとは思わないし。
私は一人パーティー会場を後にした。
さようなら、エドモンド。私はあなたはタイプじゃなかったけどね。
そんなこんなで一ヶ月、私は屋敷に籠もって暴飲暴食して過ごした。日本ほどの美味しいものはないが、公爵家なのでそれなりに良いものは食べられる。どうせ死ぬなら、美味しいもの食べ尽くして死にたい。
エドモンドに振られて傷心なのだろうと、家族も放っておいてくれたので、とても気楽だった。今もメイドが持ってきてくれたスイーツたちを、一人でゆっくり食べているところである。
多少太ったが、まだまだロズリーヌは美人だ。悪役令嬢でも美人なんだから、ヒロイン虐めなんてしてなければ、婚約破棄されなかったのに。
……あれ? ロズリーヌって、虐めなんてしてなくない?
「あ、そういえばエドモンドに別れる理由聞いてなかった」
ゲームではボタン連打で流し読みだったが、ロズリーヌが婚約破棄の理由を問い詰めたら「ヒロインを虐めたからこんな女は妃にしたくない」とか、「ヒロインと僕は愛し合っているんだ」とか言われたはずだ。
しかし、この世界でのロズリーヌはハルカを虐めていない。ハルカに出会ってからの記憶はしっかりあるが、できるだけ関わらないようにしていたはずだ。
ハルカがエドモンドに嘘をついていたら、虐めていたと思われているかもしれない。しかし、そうでないなら、エドモンドが別れようと言ったのは、ハルカを好きになってしまったからという理由だけでだろうか。ハルカはよくエドモンドと一緒にいたから、エドモンドルートで間違いないはずだ。
「てか、ヒロインに全然会ってないんだけど」
前世の記憶を思い出してから、ハルカに会っていない。
婚約破棄はされたけど、ちょくちょくゲームと違う展開だ。
もしかしたら死亡エンド回避もできたり……?
ガチャガチャッ、バンッ
「うわ何、びっくりした」
考え事をしながらケーキを食べていたら、部屋のドアが勝手に開けられた。淑女の部屋を勝手に開けるなんて、なんて失礼なやつらだ。
入ってきたのは、宮廷の騎士らしき人たちだ。
「ロズリーヌ・ヴェンガルテン公爵令嬢。聖女殺害未遂事件の教唆犯として、その身柄を拘束する。王太子殿下の命令だ」
……全然死亡エンド回避できなかったわ。引き籠もって美味しいもの食べてただけなのに、やはり冤罪。つらいね。
私は騎士に連行されて、牢屋に繋がれた。
さて、牢屋に入って私は一人ぼっち。たぶんあとは死ぬのを待つだけだ。
まあ、死ぬつもりで暴飲暴食してたから、別に良いけどね。できれば痛くなく死にたいけど、たしかロズリーヌは斬首刑。あれって痛いのかな?
「ロズ!」
「あれ? 殿下?」
ゲームにこんな展開あったか分からないが、エドモンドが牢屋の鉄格子の前にいた。暗がりで顔は見えにくい。わざわざ何しに来たんだろう。
「ごめん! ロズ。僕は――」
「何やってるんですかぁ? 王太子殿下」
「ひっ、は、ハルカ……」
こんな暗い牢屋の前に、二人目の来客である。彼女も何しに来たんだろう。
私の前で、いちゃいちゃするつもりならやめてほしい。よそでやってくれ。
聖女でありゲームのヒロインであり、おそらくエドモンドの恋人、ハルカがやってきた。
前世の記憶が戻ってから、彼女に会うのは初めて。暗いせいで顔がよく見えないけど。
「私、言いましたよね? 殿下は牢屋の鍵持ってくればいいだけだって。何私のロズちゃんに告白しようとしてるんですか?」
「いや、僕は――ぐはっ」
エドモンドがばたりと倒れた。ハルカがエドモンドを思い切り殴ったのだ。あまりの衝撃的展開に、私の心は付いていっていない。
なぜエドモンドを殴るの? しかも「私のロズちゃん」って何? え、あんたら恋人でしょ? は?
「ロズちゃん、安心して! これで死亡エンド回避だから!」
「はぁ……?」
ハルカは牢屋の鍵をエドモンドの手から奪い取ると、牢屋を開けた。これは一体どういうことだろう。
「あのね、ロズちゃん。私、あなたのことが好きなの」
「はっ?」
これは……告白? ハルカが私に? どういうこと?
「まずは逃げよう。それから説明するから。これに着替えて」
何が何やら全く分からない中、私はハルカに渡された服に着替えた。そしてエドモンドを放置したまま、私とハルカは牢屋の外に出た。
「ここなら大丈夫。ね、ロズちゃん」
「ハルカ様一体何――えっ!?」
どこだかよく分からない場所で立ち止まったハルカは、こちらを振り向いた。月明かりに照らされて、ようやく彼女の顔がはっきりと見える。
記憶が戻る前は気づかなかったが、彼女の顔を見て、今はっきりと分かった。
ハルカの顔は、私が前世で応援していたアイドルの顔にそっくりで、めちゃくちゃ私のタイプの顔だということだ。
やばい、可愛過ぎる。
「ロズちゃん。私と一緒に駆け落ちしよう」
「えっ」
「信じられないかもしれないんだけど、私には前世の記憶があってね。前世からずっとロズちゃんのことが好きだったの。今回は守れて良かった。大好きだよ、ロズちゃん」
なんと、ハルカにも前世の記憶があったのか。可愛い彼女は頬を染め、笑顔で私に愛の告白をしてきた。うん、可愛い。
「……好き」
「え?」
「私は、あなたの顔が好き」
思わずそう口走った。ハルカは本当に可愛いし、私のタイプなのだ。
ハルカは驚いたような顔をした後、また笑った。
「私も、ロズちゃんの顔が好き。一目惚れだった」
「じゃあ……私が実は前世の人格になってて、ロズリーヌの人格じゃなくても、好き?」
ハルカが好きなのが、ロズリーヌの顔だけでなく、内面も含めてだったなら。
そう思って聞いたこと。でも、ただの杞憂に終わった。
「うん。どんなロズちゃんでも、一度惚れたらずっと好きだよ。人格が変わっても」
一度惚れたらずっと好き。
つまりは永遠の愛の保証。
ああ。やっと私だけのお姫様を手に入れられた。
私が愛する、私が愛される、運命のお姫様。
「……ありがとう!! 大好き、ハルちゃん」
私はハルカに抱きついた。しばしの抱擁の後に、私たちは互いの指を絡めて手を繋いで、美しい闇夜の中を逃げた。
私は前世から、女の子が好きだった。それだからか、イケメンが出てくる乙女ゲームをやってもあまり面白くはなかった。
女の子が好きだったけど、実際に恋愛関係になる勇気はなかった。好きになることがあっても、ただ遠くから見守るだけ。
応援していた女性アイドルグループも、可愛い女の子いっぱい見れて幸せーって感じだった。
まさか自分が女の子に告白される日が――しかも一度死んで転生した後に――来るなんて、思ってもみなかった。
「ロズちゃんのことは、私が幸せにするから。顔だけじゃなく、もっと好きにさせるね」
「私も、ハルちゃんのこと幸せにする。二人でずっと一緒にいよう」
「うん!」
こうして、前世は女子高生で、転生したら悪役令嬢になっていた私は、可愛いヒロインで聖女のハルカと、駆け落ちすることになった。
お互い惚れたのは顔だったけど、これからもっと好きになって幸せになろうと思う。
私は、幸せだ。
◇◇◇
私には、前世の記憶がある。この世界で、聖女ハルカとして生きたのは、これで二回目だ。
一回目、私は気づいたらハルカになっていた。
その前の記憶は何もなく、いつの間にか、十五歳のハルカという女の子になっていた。
神殿に突如現れた「聖女」。人々は私をそう呼んだ。
よく分からないまま、魔法学園へと入学させられた。そこで出会ったのが、愛しのロズリーヌ。
一目惚れだった。その美しい容姿の全てが、私を惹きつけた。完璧な美しさだった。
ロズリーヌは公爵令嬢で、王太子エドモンドの婚約者だった。
婚約者がいるなら仕方ない。私は彼女のことを諦めた。
影から彼女を見守ることにした。彼女は可愛い。彼女は、婚約者であるエドモンドが好きなようだった。
そのまま愛嬌を振りまいてフラフラと生きていたら、ある日な、ぜかエドモンドが私に告白してきた。意味が分からなかった。
そのとき私は断ったはずなのに、エドモンドはまるで自分が恋人であるかのように、その後も私にまとわりついてきた。とても気持ち悪かった。
そしてあるパーティーで、エドモンドはロズリーヌとの婚約破棄を宣言した。
しかもその理由が、ロズリーヌが私を虐めたからだとか、私とエドモンドが恋仲だからだとか、身に覚えのない理由ばかりだった。
私は否定した。ロズリーヌも否定した。それなのに、エドモンドは聞く耳を持たなかった。
そのままロズリーヌは婚約破棄されて、屋敷に引き籠もるようになって、学園にも来なくなってしまった。
ある日、私は何者かからの襲撃を受けて、怪我をした。計画した犯人は、嫉妬に狂ったロズリーヌということだった。
絶対に、何かおかしい。ロズリーヌが、そんなことするはずない。だって、あんなに可愛いんだから。
それでも証拠はロズリーヌが犯人だと示していて、彼女は斬首刑に処された。
私は何もできなかった。好きな人が殺されるのを、ただ見ていた。
それからいくらか月日がめぐり、なぜか私とエドモンドが結婚することになった。神殿での結婚式で彼を見たとき、ようやく気づいた。
エドモンドには、呪いがかけられていた。
私の聖女としての能力は、神殿でより活性化する。それを結婚式のときに思い出した。今まで見えていなかったものが見え始めた。
何か強い力がある呪い。それこそ、運命すら歪ませてしまうような、恐ろしい呪いがかけられていたのだ。
エドモンドがおかしかったのも、ロズリーヌが死ぬ結果になったのも、呪いのせいかもしれない。
私は願った。ロズリーヌにもう一度会いたいと。
神殿は、聖女である私のはじまりの地。だから、願いは神に届いたのだろう。
気づくと私はまた、十五歳のハルカという女の子になっていた。二回目だ。
同じ流れで学園に入学し、ロズリーヌやエドモンドに出会った。やっぱり私はロズリーヌが好きだった。
私は途中までは、前回と同じように過ごした。またエドモンドは私に告白してきた。恋人にしたいと言われた。
私はその告白に応じた。そしてデートということで神殿に誘い、彼を見てみた。
今回も呪われているのか、確かめるために。
エドモンドは、今度は呪われていなかった。
……エドモンド、ロズリーヌが婚約者なのに、私を恋人にするなんて、浮気じゃない?
私はロズリーヌが好きだ。神殿で呪いがかけられているか確認したら、すぐにエドモンドの恋人なんてやめるつもりだった。
「殿下は、ロズリーヌ様のことはどうなさるおつもりなのですか?」
私は聞いた。
「僕はハルカが好きだから、ロズリーヌとの婚約はそのうち破棄するよ」
ああ、そうか。こいつ馬鹿なんだ。糞野郎なんだ。
そのときに、私の中の何かが壊れた。
「私、殿下のことは嫌いです」
「えっ、何を言ってるのだ?」
「殿下のお言葉を信じます。ロズリーヌ様との婚約は破棄なさるとのこと。では、私がロズリーヌ様を頂いても構いませんね」
私は決めた。この王太子から、ロズリーヌを奪い取ってやろうと。
呪われていなくてもロズリーヌを捨てようとするこいつに、ロズリーヌを幸せにする資格はない。
私はそれから、エドモンドと過ごす時間を多くした。傍から見たら仲睦まじく見えたかもしれないが、それは違う。
私は悪女なのだと思う。毎日彼と一緒にいて、毎日彼にロズリーヌの話をした。
エドモンドは、今度は私ではなくロズリーヌを好きになった。
私の計画通りだった。エドモンドがロズリーヌへの恋心を自覚した後で、私がロズリーヌを奪いたかったのだ。
私の可愛いロズリーヌ。私のロズちゃん。
絶対にエドモンドに渡したりしない。
私は、とてもいい計画を立てた。私はロズちゃんを助ける救世主になりたかった。
私は、前からエドモンドを脅していた。私の言うことを聞かなかったら、ロズリーヌを殺すと脅した。もちろん嘘だ。
馬鹿なエドモンドは、それを信じていたらしい。私のわがままに付き合って、毎日私の話を聞いてくれていた。
私はエドモンドに命令した。ロズちゃんとの婚約を破棄すること。ロズちゃんを冤罪で投獄させること。
エドモンドは、私のその命令にも従ってくれた。彼は哀れにも、そのときには本当にロズリーヌのことが好きになっていた。ロズリーヌを殺されないように、私の命令に従ったのだろう。本当に馬鹿な王子様だ。
私はロズちゃんが好きだ。
ロズちゃんの綺麗な漆黒の髪が好きだ。
ロズちゃんの紫水晶みたいな瞳が好きだ。
ロズちゃんの薄紅色の唇が好きだ。
ロズちゃんの薔薇色の頬が好きだ。
ロズちゃんの笑った顔が好きだ。
ロズちゃんの滑らかな白い肌が好きだ。
ロズちゃんのすらりと伸びた綺麗な手足が好きだ。
私のロズちゃん。私の大好きなロズちゃん。
牢屋の中のロズちゃんは、きっと絶望していた。
私はるんるんと浮足立って、牢屋へと向かっていた。
私がロズちゃんを助けたら、ロズちゃんはきっと私を好きになってくれる。
でも馬鹿なエドモンドが、私の役目を取ろうとしていた。糞野郎が、ロズちゃんに告白しようとしていた。
ここでエドモンドがロズちゃんを助けたら、全てが水の泡だ。私がロズちゃんを助けて、ロズちゃんに好きになって欲しいのに。
私の顔を見て、エドモンドは青ざめていた。ロズリーヌを殺されると思ったのかもしれない。あるいは自分が殺されるのかと。
私がエドモンドを思い切り殴ったら、彼は気絶した。そんなつもりなかったけど、まあ邪魔者がいなくなったなら、それで良い。
私は牢屋を開けて、ロズちゃんに服を渡して、ロズちゃんと一緒に逃げた。
私はロズちゃんが好きだ。
ロズちゃんは、私の顔が好きだと言った。
私もロズちゃんの顔が好きだ。
ロズちゃんが、私を好きだと言ってくれた。
やっとロズちゃんと両思いになれた。
私は聖女だ。私には力がある。私なら、ロズちゃんを幸せにできる。
ロズちゃんは公爵令嬢だ。ロズちゃんは、ずっと堅苦しい世界で生きてきたのだろう。
これからは、私がロズちゃんを自由に生きさせてあげる。私がロズちゃんを幸せにする。私のロズちゃんだ。
死ぬまでずっと、永遠に。私はロズちゃんのことが好き。
ロズちゃんと一緒になれて、私は幸せだ。