言葉は長く語るより如何に相手が理解するかが重要である
問1、今この場に置いて私のするべき行動は何か?
答え、死なないこと
簡単に言うならこれに尽きるが、実際は人間が大嫌いな平均体系がどうみても軽トラ並みの方々に睨まれながらだとどうにもそれも難しい気がする。
「初めまして、知っている方も少なくないとは思いますが…私は先日そこのタロスローザに命を救われた森近というものです。」
「私は…突然この世界に投げ出され、放っておけばすぐにでも死んでしまうような環境下で呆然としているところをタロス氏に拾われ…イザベラ氏やブルゴ殿に紹介までしていただき今この場にいられているだけの矮小な人間種です。」
「特殊な力なんて何もない、少し元の世界の知識はありますがそれもどこまで使えるかはわからない…猪を倒したのだって偶然かもしれません。」
「それに人里の後ろ盾もないので本当にただまっさらな人間としてここに立っています、だからどうかすこしだけ話を聞いてください。」
「貴方達は今、危機に瀕しています。」
その言葉を皮切りに周囲の空気がひりつく。
「それは何もミノゥース族だけではありません、コボルトもオークもゴブリンも、皆一様に人間という種を買い被って恐れてしまっている。」
1人の牛頭が揺れ、頭突きで目の前の机を叩き砕く。
「俺達が怖がってるってのかよ、人間さん。」
顔を上げると同時に地を這うように向けてくる視線は、親を殺され食われた彼だ。
「ええ、少なくとも私はそう思います。」
「どうしてこんな弱い生物に恐れをなすのか、それは貴方達ミノゥース族…いや、亜人は数が少ない。」
「人類は人数だけが多くいるというだけで村を築き国を建て帝国を造る、数千数万規模の軍勢は流石にミノゥース族も倒しきれない、全滅するのは此方かもしれない。」
「そんなもしかしたら、が貴方達を縛り付けている。」
机の欠片を頭から振り落としながらこちらに向ける目つきを少し緩める。
第一段階、話を聞いてもらうは達成だな。
「確かに人里を仕返しです滅ぼしたら討伐隊がくる、それを退けたら更に大勢で来るだろう、多人数での戦争はこちら側が圧倒的に不利だ。」
「だが足りない人数を補ったら?人間側が無視して特攻のできない規模の亜人が集まったら人間側はどうするか、わかりますか?ブルゴ殿。」
急に振られたにも関わらず真面目な統治者の顔で語るブルゴ殿、その手に握られてるのは酒にも見えるが大丈夫だろうか。
「ええそうね…恐らくだけど…倒すことを諦めてくれる…かしら?」
「ええ、亜人が今狙われるのは倒せてしまう相手で目に見える脅威だからです。」
「ならば私達に出来ることは何か、多くの多種族と手を組み力をつけるのです。」
「村じゃ駄目だ、街でもまだ弱い。」
「私達は、亜人の国を作る。」
身振り手振りを踏まえ大きな声で全員の耳に届くように叫ぶ、熱意が伝われば人には響く、逆に考えれば熱意さえあるように見えていれば協力者を作るなど容易いのだ。
……でしょう?ブルゴ殿。
「簡単に言うが…我々は基本的に協力関係ではないんだぞ。」
「どうやって他の種族を束ねる気だ?」
「それまで人間に見つからずにやるつもりなのか?」
「食料はどうなる、我々もコボルトも肉ばかり食べる種族だ。」
一度スピーチに区切りがつくとがやがやと野次が飛んでくる、まあ想定内だ。
「ええ皆さんのお気持ちはわかります、できないことが多すぎるだろうと。」
「我々は人間に敵うのか?それがわからなければ何をすることもできないではないか?その通りです、結果を出さねばならない。」
「だから手始めに人里との和平を取り付けます。」
正直このスピーチは出来レースだ、既に内容はブルゴ殿達に話してあるし先程の質問も含めての演説である、つまり残りは私の手腕に委ねられていたのだが意外とどうにかなっているあたり重畳と言える。
ブルゴ殿が微笑みタロス氏は頷きイザベラ氏はめちゃくちゃ驚いていた。
待ってイザベラ氏、私スピーチの内容先に話してたよね?
「今まで何度もやってきた、だがそのたびに彼等は話も聞かず攻撃してくるんだぞ。」
片方の角が折れた歴戦を思わせるナイスガイが訝しげに此方を見る。
「ええ、だから人間である私が行くんです。」
いくら大人になると人に近いとはいえどよく見れば人でないのが丸わかりだからな、てか角が目立つしそもそも馬鹿でかい。
「…お前がこの村の場所と人数を教えて裏切らない可能性は?」
む、痛いところを突かれてしまった…
「私が信じられないのはわかります、人間は裏切る…それに失敗したら貴方達にも危害が加わってしまうかもしれない。」
「…だから担保のかわりに私の世界の神秘を見せましょう。」
白衣のポケットから教授から貰った多機能ナイフを取り出しオイルライターの部分の機能を見せる。
小さな小さな赤い炎が突如として手元に現れた私を前にミノゥース族の全員が驚いている、火をおこすのは難しいか?否、ミノゥース族の膂力なら正直容易いことだろう。
人の中にもそれくらいできる奴は存在するかもしれない。
だがこの生まれたてのミノゥース族の子供にすら負けそうな人間の力で火種も無しに手元から火を出せるのは違う。
それは最早技術の領域を越えてしまっている、魔法の類だ。
「この力を人間側が持っていたら、なにも見えなかった位置から火矢が飛んできてこの森は焼き払われる、だがそうはならない…この技術はミノゥース族に献上する。」
ブルゴ殿の前に跪き、多機能ナイフを置く。
「私のことを信じられないならば無理にとは言いません、だからシンプルに行きましょう。」
「私は宝の山だ、ミノゥース族に献身するから協力しろ。」
スピーチを終えると程なくして宴会はお開きとなった、まあよくわからない存在がいきなりよくわからない事を言い出したんだから混乱もするだろう。
そんな中私はタロス氏の家から少し離れた空き地で空を見上げていた、光が少ないとよく見える…まあ知ってる星座とか無いけど。
さて…
「どうすっかな。」
何が困るって啖呵切ったはいいもののどうするか一切考えて無いんだよな。
「隣、いいか?」
ずしんずしんと踏みならされる足音に後ろを向くと先程机を破壊してイザベラ氏に怒られた彼が立っていた。
見た目はタロス氏に近い…と言うか顔だけでは見分けつくかわからない彼だが、声色はそれなり低く壮年の男性を思わせるがタロス氏を見るに子供のミノタウロスほど声が低く喋り方も訛っている(ように聞こえる)
「ええどうぞ…?」
念のため足に力を込めていつでも叫べるようにしておく、この距離ならタロス氏が来てくれるはずだ。
「…さっきは悪がった…イザベラにもタロスにも怒られだよ…」
「いえ、貴方達の人間に対する感情は察するに余りある…仕方ありませんよ…でもこの場で殴り殺すとかは勘弁を。」
「やらねぇよ…でもお前…そんなちっこいのに強ぇんだな。」
「…弱いですよ、元の世界の兼ね合いで少し知恵があるだけです……そういえばこの世界って私みたいな流れ者がたまに来るんですよね…ならその力で発展した国もあるのでは?」
「…俺が産まれる随分前の話らしいが…流れ者を集めた国はあったらしい。」
「…あった?」
「ああ…詳しくは知らねえが無くなっちまったらしい。」
内部抗争か未知の生物か…しかし無くなったというとどれも微妙に当てはまらない気もする。
……まあいいや。
「…なあ、お前に協力したらもう誰も死なねえのか?」
肩を掴まれまっすぐ顔を見つめられる、目力の強さに顔を背けたくなるが、ここはあえてしっかり相手を見よう。
「ええ、出来る限り…」
「角に誓うか?」
え、知らないよそんな誓い方?
「…ええ、角に誓って。」
と、取り敢えず言っておこう
「…お前は猪を罠だけで殺しちまった…まぐれじゃねえ、まぐれで倒せる相手じゃねえ…だから胸貼れ、信じてやっから。」
子供に慰められてしまったか?いやまあ凹んでもなかったけど…
「ありがとうございます、必ず…私がどうにかしましょうですよ…ええと?」
「…ああ、カウリだ。」
「カウリ氏…覚えておきます。」
「カウリシ?カウリだ、カウリって呼べ。」
「氏は相手を敬うというか……いやわかりました、カウリ。」
同格と認めてくれた彼なら、角に誓い合った彼ならば呼び捨てでも構わないだろう。
タロス氏は敬いランキング堂入りだから崩さんが。
カウリ氏は38歳くらいですがミノゥース族は年齢をあまり重要視していません。
角に誓うって何だろうか