性別の差なんて些末な事と思っていると時折痛い目に会う
昼寝から頚椎のどえらい痛みで目が覚めた。
「っぐぉ…」
ご褒美の頭撫でが相手の膂力次第ではさよならの首折りになってしまいかねない事を知れたのは大きいような気がする。
見たところタロス氏は不在のようだが外が騒がしい。
それはともかくあの猪は川に漬けて冷やしているらしい。
存外殺したての肉と言うものは湯気が出るほど暖かい、そしてそのまま放置すると腐敗が著しく進行するために冷やすのだとか。
やったことは無かったがこういうサバイバルも楽しいものだ、取り敢えず首をさするのはここまでにして外にでよう。
「…おぉ?」
火のついた松明を振り回しながら踊るミノゥース族の若者。
屈強なオッサンと大きなジョッキで何かの液体を飲み交わしているイザベラ氏。
奥の方でにこにこしてこちらに手招きするブルゴ氏。
家から出てまず目に飛び込んだのは一言でいって宴会であった。
取り敢えず呼ばれてるからブルゴ氏の方に言ってみよう、タロス氏はどこだろうか。
「ブルゴ殿、これは…」
「宴会ですよ、村の者が獲物をたったの2人で捕まえたと。」
2人?
「…ごめんなさい、まだデリケートな話だから貴方の事は村の皆に話せないの。」
「それは構いませんが…タロス氏はどこに?」
私の言葉を聞くなりブルゴ氏の表情が固まる。
「…怒ると思ったのだけれど。」
「私はそこまで手柄に固執しませんよ。」
結果が出せれば課程などどうでもよいのだ、クールに行こうじゃないか。
「やはり貴方に任せて良かったわ、タロスなら今川の方で肉を捌いています…捕った2人がやることになっているの。」
信じてなかった癖に…いやイザベラ氏ここにいるから実質タロス氏単騎で捌いてんじゃね?
「ちなみにあの肉は…」
「勿論貴方にも優先的に渡しますわ、でも…人数がおおいからその…」
「いえ、仕方ありませんよ…それより私は最低限にして肉を食べれる若い順に分配してください」
「あら…?」
「人類種のせいで成長期に栄養が偏り、結果戦士が細く弱いなんて笑えない冗談です。」
嘘だ、はっきり言ってこの世界の住人になど大した興味は無い、無いが恐らくこの先起こり得る出来事に供えての後ろ盾が欲しい、ならば恩はできるだけ売っておいて損はないだろう。
「…正直ね、貴方のことは見くびっていたの。」
「ああ、悪く思わないで頂戴…だって人類種があれなんですもの。」
「お気持ちお察し致します。」
実力がどんなものかは知らないが銃や爆弾による絨毯爆撃での殲滅が無いなら恐らく大した軍事力は持ち合わせておるまい、そしてその程度の力でミノゥース族のポテンシャルもわからず喧嘩を売ったなら頭脳の程もたかがしれている。
「少し、タロス氏の様子を見て来ます。」
あんな大きさの猪を1人でバラすなんていくらタロス氏でも体力が持たないだろうし飲み水と干し草でも持って行くか、何てったって今回の功労者だ。
正直指示を出していただけの私に比べてみれば穴掘り、囮、解体とブラック企業も恐れるほどの職場環境である、普通の職場では猪に轢かれて死ぬ何て状況は無いか極端に少ないだろう。
ブルゴ氏に会釈して別れると川に向かう。
あ!てかこれあの猪解剖したかったんだが…まあいいか、現世にも似たようなのは居たしな…いや、もう一匹捕まえる事があれば挑戦してみよう。
川岸を見ると意気揚々と猪を捌き手際良く肉を切り分けているタロス氏がいた、働く男の背中はとてつもなく大きく見える。
「おお、モリチカかぁ…よがった目覚めねえかと思ったぞ。」
「ナイスバルク」
ぐっと親指をぐっと立てる。
「…あ?」
「失礼、首のことはお気になさらないでください、ところで…イザベラ氏は?」
「あぁ…今回は殆ど何もしてないからいいって…おらぁ1人の手柄じゃねえんだげどなぁ…」
「ん?一番働いた人が捌く仕事を?」
「獲物のバラしは誉だぁ…それにごんな大物…親っど達でも頻繁にゃ取れねえぞ。」
どうやら自分が捕った獲物は自分で捌くことで力の誇示にもつながるらしい。
「ふふ、若いのにこんな大物取れるんじゃもう女の子にモテモテですね旦那。」
わかりやすくゴマを擦ってみる、普段ならくだらんと切る言動だが自分でやってみると存外楽しいものだ。
少し面食らったような顔(例によってわからんけど)のまま動きが止まり、1~2分してから口を開く。
「………モリチカ、おらぁは女だで…」
私の外交最終兵器であるDOGEZAが再び日の目を見ることになった。
「申し訳ございませんら命だけは…」
地面に頭を擦り付ける。
命だけは見逃してつかぁさい…おらには大学に風呂はいらないから臭い先輩と早口過ぎて聞き取れない先輩が待ってるんでさぁ…
うん、帰らなくて良い気がしてきた。
「面ぁ上げろ…別に怒っちゃいねぇけんど…気付いてながったんだなぁ?」
「いやもう…タロス氏の強さ逞しさ格好良さの前では性別なんて無関係というか…」
ごりごりと額で地面をへこませていく、顔を見るのが怖いが多分怒ってる。
イザベラ氏の言葉通りなら年頃の娘にずっと男だと思ってましたって言ったようなものだ、良くて絶交悪くてビンタだ。
そしてビンタなら小気味良く私の頭は宙を舞って川を流れていくだろう。
「…御託並べるでねえ。」
いやほんとに背中に氷柱を刺されている気分になる、これ顔上げたら斧構えてるとか無いよな?
「…すみません、正直自分と見た目が違いすぎてわからないです…」
正直に答えよう、下手に誤魔化すと危険と言うことはゼミのOGで良くわかっている
「…怒ってねえって。」
「あ、その…タロス氏…喉とか乾きませんか?」
持ってきた川袋に詰めた水と束ねた干し草を差し出して。
「…ん。」
良かった受け取ってくれた、多分頭ぽーんは無いだろう。
「…おらぁはいい、何となくだけんど…おめぇがそう言う奴だってわがってる。」
ど、どういう奴でしょうかタロス氏…
「だけどな…イザベラには気ぃ付けろ?多分同じこと言ったら…死ぬど。」
神妙な声色でそう言うタロス氏は超質量の命に向かって咆哮を浴びせた時と同じ顔をしていた。
イザベラ氏…いや触れないで置こう
あらかた解体を済ませたタロス氏は残りを他の人達に任せ村の宴に向かう、文句なしに一人前の働きをしたタロス氏を皆で讃えるのだとか。
宴の灯りを目印に進むと先程見たときより多くのミノゥース族がいた。
「タロスローザ!勇猛なるスーロンと偉大なるカルファの子!」
私達に気付いた1人がそう叫ぶと周りの戦士や子供達も大きく雄叫びを上げる。
凄まじい、耳が爆発して脳味噌が飛び出そうだ。
「…止め。」
今朝見かけたナイスミドルの一声で誰もが押し黙り、そしてブルゴ氏が歩いて此方へ来る。
「タロス、貴方は強大な獣を狩り、村の者達の食糧難を救いました。」
「よって貴方の功績を讃え、ミノゥース族が長ブルゴの名の下に一流の戦士と認めます。」
ちなみにタロス氏の若さで戦士の称号を受けるというのは異例の大抜擢でありこれにタロス氏が頷くことで将来将軍の地位に着くことも可能だそうだ。
誰もがタロス氏が首を縦に振り、跪いてブルゴ氏に称号を頂くと思っていた、そう誰もが望んでいた。
しかしタロス氏は首を横に降った。
「村長ぁ、ずるはいけねえ…おらぁ1人でやったならいいけんど…それは貰えねえ。」
先程まであれほどに賑やかだった宴が静まり返る。
「穴掘って、くせぇ汁撒いて、叫んだだけだべ…そんなんで戦士になっぢまっだら親っどに申し訳が立たねえ…だから。」
「変わりにこいつを紹介させてくんろ…」
そう言うとタロス氏は私の白衣の後ろ襟を掴んで前に放り投げた。
……めちゃくちゃ尻ぶつけたんだがやはりさっきの怒っているのかタロス氏。
「人…」
「いるのは知ってたが本当に…」
「何者だ…?」
「村長の決定とはいえ…」
周囲からひそひそと声が聞こえてくる、そして身に受ける視線は殺意が込められていることだろう。
理由は明白だ、今朝イザベラ氏に聞いた。
そこの耳に鉄の輪をつけた女性はかわいい盛りの息子を殺され、旦那の腹を裂かれた。
そこの顎髭か立派な彼は親を殺され、あまつさえ肉はキャンプに居合わせた兵士の夕食とされた。
ミノゥース族は基本的にはやられたならばやり返す。
やる気になれば即座に壊滅させられる人間風情がそこまでやってなお和平を求められているのは何故か。
人間とは面倒臭いのだ。
突然数人殺された、だからお前等から殺した奴等を出せ。
ただそれだけの事で戦争だのなんだのと言い出す。
数が多いだけの猿が数の理を生かせばミノゥース族もただでは済まない。
だが今はたった一人で、それも自分達の目の前にいる。
今なら殺そうが誰もわからない。
だから今から私はこの完全に敵対されている状態から生かしておく理由になることを示さねばならない。
できるか?愚問も愚問、やらねば終わる。
終わってしまうのだ。
こんなにも楽しい世界での研究がもう出来ないのだ。
研究のためならば私は神だって殺してみせる、ゲームで鍛えたプロパガンダを見せてやる。
主人公はあくまでただの生物大好き大学生なので特別な力や演説はできません。
ゲームや漫画の知識だったりが大半です