猪突猛進って防げないし悪いことじゃないよね
この世界に私の知る動物とは?
答えはすこしだけならいる。
ではそれ以外は?
基本は全て一般的にモンスターの類いだ。
その中でも意志の疎通が計れて突然斬りかかってこない奴らは亜人と呼ばれる事もある、そしてそれで言うと殆どの人間は他の生物からはモンスターまたは敵性亜人として見られている。
なぜ人間種はそのような事をするのか?遜れば協力して生きていけるではないか。
だがしかし賢い人ならわかると思うが人類はそれをしない、断言できるが絶対にしないのだ。
姿形が違うから、普通という自分の中で固めただけの偏見の型にはまれないから、自分が不愉快だと思う仕事をしているから。
今上げた事例はごく一部だがこの程度の事で人は常に殺し合いをする愚かな種族である。
故に絶対に全ての人類が平和にくらすなど有り得ない事だ、ましてや亜人など考えるまでもない。
「だから手っ取り早く奴隷か滅ぼすべきだと思うんですよタロス氏。」
自分の武器を用意しているタロス氏に後ろから語っていた言葉の数々に普通に見てわかるくらい顔をひきつらせるタロス氏、何だか昔もこんな顔されたなぁ…あれは中学時代の女子か。
「…おめぇ、人間だよなぁ?」
「ええ、霊長類人科人類種ですよ…なので困ったことに人類を滅ぼすとなると私も滅ぼされてしまう…よって自分が有能であると示さねばならないんです。」
「…それで今はなにしてんだぁ?」
薬草の束を石ですりつぶし続けている私に向かってやや冷ややかな目線を向けながらそういうタロス氏、これはね、毒だよ。
「効くかわかりませんが一応虫除けを…医者がいない世界でよくわからない虫に刺されるのは避けたいですから。」
そう、どうやって獣を狩るか悩んで村を歩いていたらハッカによく似た匂いのする植物があったから何かに使えないかと試行錯誤していたのだ。
とは言え本質的にハッカは毒だがこの世界の生物は基本的に私より大型なことが多いため効果のほどは一切信用してない。
だが、ただちょっと嫌だな…臭いなと思って貰えればそれで重畳、人類は昔からこすいやり方で生きていると言うことを知ってもらおう。
「タロス氏は準備ができたら先程言ったようにお願いします。」
「そら構わねえけんど…鼻が利く連中だがらなぁ…バレると思うぞ?」
「ふふふ、取り敢えずお楽しみと言うことでお願いします。」
「……まあ協力するって言っぢまったもんなぁ…」
渋々と言った様子で私の身長程のビッグサイズなシャベルを持ってポイントに向かっていく、今回ねらうのは通称ハイボルテージボア。
猪に近い魔物でこれといった特殊な性質は持っていないがサイズに重量、そしてそこから溢れ出るタフネスと膂力は真正目からでは大人のミノタウロスでも敵わず命を落とす、そんな生き物だ。
正直な話デカい猪程度ならどうにかなるかと思った、だが問題は武器が無い。流石にミノタウロスといえども斧や弓じゃ致命傷は与えられないのだ。
その上奴らはピンチになると数十からなる群を呼び寄せる。そうなれば近隣の村もここも含めて御陀仏だ、あの世でレポートを書くことになる。
それだけは避けねばならないので策を練った、といえども私は軍師では無いし勇者のように真っ向から戦える能力も持たないただの人間、それもかなり弱い部類にいる。
だから力を使わず(タロス氏は使うけど)なるべく静かに殺すんだ。
「名付けて臭い落とし穴無呼吸作戦」
「…かえっていいか人間さん」
部屋の入り口でタロス氏と入れ違いに入ってきたであろうイザベラ氏が私の呟きを聞いたのか軽蔑の眼差しを向けてくる、最近こんな目で見られることが多いな…気持ち良くなってしまったらどうする。
「丁度終わったところですイザベラ氏、これを先程言った通りになるべく道を一本に絞るようにお願いします。」
「…本当にこれで成功するのか?」
私が良く練った緑色の泥を近付けると臭いにうっと顔をしかめ、手で突き放す。
「しなけりゃどっちにしろ餓死者が出ますよ…それは避けたいでしょう?それに長の許可は取りました。」
まあ釘を刺されたがね。
数時間後、私はタロス氏と共に草むらに隠れていた。
周囲に漂うハッカ臭にいささか吐き気もしてきているので早いところ出たいものである、お!
「来ました、タロス氏…」
聞いていた特徴だけでもわかる、地面から胴体までの高さだけでも2.8mはありそうだな猪だ、それに口から飛び出した日本の牙はそのまま使っても武器になりそうな程の凶悪な重厚感を思わせる。
「…死にません?」
「だがら言ったろぉ…帰るかぁ?」
帰る?ふふふ…タロス氏も冗談がお上手だ、むしろ逆だ!早くあの巨体を解剖したくてたまらないじゃないか!
「…おい…聞いでんのがぁ」
「あ、すみません……始めてください」
猪が自分達のいる藪を通り過ぎる、機嫌が悪そうなのは縄張りに巻き散らかされたハッカ臭だろう、完全に通り過ぎたところでタロス氏がすっと立ち上がり胸を大きく膨らませるように息を吸い込む。
溜めて溜めて溜めて、そして一気に解き放つ。
「ぐぅう゛も゛ぉぉぉぉぉ!」
爆発、その一言に尽きるような耳を弄する豪快な咆哮はいくら鬱蒼とした山であろうと人里まで届いてしまうかも知れない、しかしそれでいいのだ。
畏怖の念をもってもらわなければ交渉で不利になるからな、私が元々いた世界は恐怖とお金で回る、つまり値千金の私の知識とミノタウロスの恐怖があれば必ずや人と亜人との和平に繋がるだろう。
洗練された雄叫びは時に戦で相手の自信や戦意を大きく削り取る、生き様が戦闘民族のようなミノタウロス種ならよっぽどだ。
そしてハイボルテージボアとは大きい見た目に対し存外臆病な性格らしい、まあ猪がそもそも神経質だが、そして自分の足に絶対的な自信がある故に命の危険を感じたら真っ先に走って逃げて距離を稼ぐ、戦う際に逃げることに積極的なのは良い、好感が持てるよ。
自分の縄張りなのに自分の匂いがしない、それどころか強烈に不愉快な香が鼻の奥を焼くように刺激していく。
そして前に進んでも藪に進んでも道がわからずついには混乱を極め此方に向かって突っ込んでくる大猪、しかしそこにはひょろひょろの白い布切れを纏った男がいるだけだ。
あの男があの音を?ならば容易い、いつも通り粉砕してひとまずは逃げようではないか
「なんて、考えてるのかもな。」
大猪は混乱から一転して好機、そして慢心によって思考能力が低下し気づかなかったのだ、その男がいる地点の後ろの道は先程まで藪があったと言うことに
踏み出した足に絶対的な信頼を与えしっかりと弾き返してくれる地面が今日は違う、踏みしめた勢いの力だけ深く素早く沈んでいく。
そして大猪が自分の失敗に気付いた時には既に体の前半分を下に落とし穴にはまってしまっていた。
よし、ここまでは取り敢えず予定通り!
じたばたと足を動かし半ば逆立ちのようになってしまった姿勢を戻そうともがく、しかし後方は時間の許す限りタロス氏が耕した土だ、もがけばもがくほど顔付近に土が溜まっていく。
「イザベラ氏!」
「叫ばなくてもわかっている…」
忌々しそうに大木の上から降りてくると燻り煙を漏らす赤々と燃える薪の束を猪のいる穴に投げ込む。
それに気付いた猪が必死にもがき大暴れするがなおも穴から顔は抜けない、まあ頭蓋骨のサイズとか的に無理だろうな。
毛皮はそこらの刃物じゃ傷一つつかないうえに、あのサイズじゃ武器による致命傷何て無理も無理だ、だが地面に埋めて燻せばこの通り。
酸素を必要としない哺乳類なんて存在しないからな、それにあのスピード…大層心臓も血管も強いんだろう、ならば酸素も沢山必要とする筈だ。
肺に染み渡る一酸化炭素に煙の匂い、叫んで仲間を呼ぼうにも顔の殆どは土に埋まっている。なんてしている間にも体が痺れていくだろう?
安心しろ、お前の命には何の価値もないが毛皮も骨も肉も内臓も、余すことなく研究した後に役立ててやる。
「…ふは、勝った!まさかこんなやり方で本当に勝てるなんて」
「勝ち鬨だぁ!掘り起こして血を抜けえ!」
ある壮年の男性のような声が聞こえた後にどこに隠れていたのか次々とミノゥース族の戦士たちが集まってくる。
「……手勢を集めて見張りですか?ブルゴ殿」
「あら、何も信用してなかったわけじゃないのよ?」
適当に呟いてみたら本当にいた、気配を消して近付くのは勘弁願いたい。
「…では信用してはいただけましたか?」
大凡私達がとちってもどうにかなる最低人数を隠していたのだろう、恐らくはイザベラ氏がハッカをばらまく前から…律儀な話だ。
「貴方の手腕はわかったわ、罠にはめて生物の弱点をつく…けれど実際にやる人間がいるとは思わなかったわね。」
「汚い戦いですか?ミノゥース族の教えに背くと。」
「いいえ、私は素晴らしいと思うわ。良くやりましたね、森近」
そう言うと私の頭に手を伸ばし優しく撫でる、何となく懐かしい気はするが相手が胡散臭過ぎていまいちリラックスができん、あとでタロス氏に頼んでみよう。
その後何がとは言わないがぶっきらぼうにやられたせいで首がポッキリ折れるかと思った。
異世界転移もので主人公の初戦闘の決まり手が窒息死とな