民族的なニュアンスの違いは時に戦争の引き金になる
ハエのよな生き物の羽音で夢から引きずり戻される、せっかく今牧場で乳搾り体験してからバター作りしようと思っていたんだが…だが結局は夢だ、絵に描いた餅より味もないだろう、インクや紙の味くらいはしそうだからな。
「…ぉ!?」
目を開けたらタロス氏の顔が目の前にあって思わず叫び声を上げてしまいそうになったのを全力で口を押さえることで飲み込む、牧場から覚めたら牧場じゃないか。
「……」
起こさないようにそっと寝床を出る。
日が出始めた時間だがひとまず素焼き粘土?の水瓶に貯められた水で顔を洗おう…今日は村の人達と話し取り敢えず最低限の面識を作っておく事にしよう、だとすれば身嗜みは何より大切な事だ。
まあ私今白衣だけど。
そんなこんなで顔を拭くものが無かったので白衣で顔を拭う、身嗜み大切と言った矢先にこのざまか、取り敢えずだんだんと伸びていくであろう髭のためにシェーバーじゃなくても剃れるようにせねばなるまい。
タロス氏の家からはあまり出ないように外の様子を眺めていると夜通し見張りをしていたであろうややお疲れ気味の角が生えた牛っぽいナイスミドルと目があったので笑顔で会釈してみる、できる男は挨拶もスマートに。
……何か物凄い形相で睨まれた、村長やタロス氏の口利きが無けりゃ今頃タロス氏の家の玄関を真っ赤な壁紙に模様替えするところだろう。
と言うか周囲のミノタウロス種の皆さんからの視線が痛い、物理的なダメージを負いそうなくらいに射殺すように見てくる、これ村長口利きしてくれたんだよね?
「なぁにしでんだぁ…」
寝起きだからかいつもよりややのんびりした抑揚のタロス氏が家から顔を出す、その朝食感覚で噛んでるの寝床の藁じゃね?
「ああいえ…タロス氏、今日は皆さんに改めて自己紹介とかをしたいんですが…大丈夫ですかね?尋常じゃなく嫌われているようですが。」
「んぁ…心配ずんなぁ、村長が話してるだろうし…おらぁが守ってやっがら。」
俺が守ると来たもんだ、惚れてまうやろタロス氏。
「村長がやるなと言ったことを最初からやらかす奴はは少ないだろうが…人類は嫌われているから肝に銘じておくんだな、人間さん。」
隣の家から髪を後ろでまとめ、寝間着なのだろうかタンクトップのような布切れ姿のイザベラ氏が出て来る、余分な脂肪のない筋肉が今にも雄叫びを上げそうな素晴らしい肉体美だ…一切興奮しないのは顔が牛よりだからだろうか?否、私はそもそも見た目になど興味はない。
つまり初手で怒鳴られた恐怖が染み着いているのだろう、だって足ふるえるし当時はちびるかと思ったもん。
「イザベラ氏…でしたか?お隣に住まわれていたんですね。」
「何だ不満か?貴様がタロスに妙な事をしないよう気を配っているのだ。」
「…何もしませんよ。」
「は、どうだかな…人間は信じない。」
そんな風に話していると急に胃が動くような感覚の後低い音が響く、そう言えば何も食べていないんだった。
恥ずかしい…正常な反射だとしてもその腹の音は私の顔に熱を籠もらせるには十分だった。
「んぁ…飯にすっがぁ…モリチカは草食えねぇもんなぁ…人間って何食うんだぁ?」
「…基本的には野菜や穀物、肉魚なども食べれます。」
「馬鹿を言うな、貴様に振る舞う肉などないわ。」
「今は人里とのこともあっがら狩りに出れねえんだぁ。」
んん…これは私食料問題あるのか…?
藁や牧草っぽいやつは食えないしうーん…朝食…
あ、オートミールとか無いかな。
いやでも農耕が何を作っているのかもわかんないしなー…
「この村では麦って作っていますか?燕麦の類いとか…」
身振り手振りで伝えようとはするかイザベラ氏は首を傾げている。
「…それが何かもわからんが余所者に食わせるものはない…村長からも何も言われていないしな。」
まあ自分達すら危うい状況ならそんなものか…はて困った。
昨日のアルミラージは解剖した後に持って行かれてしまったしな…この辺じゃまあまあ珍しいようだからまた探すのは現実的では無いだろう。
あ、取り敢えずの繋ぎなら…
「牛乳…ミノタウロス種の母乳とか手に入らないですかね?」
「…っ」
「!?」
私の言葉を聞いた瞬間タロス氏は驚いたように目を見開き半歩後ろに下がりイザベラ氏は度し難い変態を見るような目を向けた後自分の体を隠すようにじりじりと離れていく。
「貴様!いくら村長の客だろうと発言には気をつけろ!」
「時々やべえ顔してるこだぁあったけんど…お前…」
「え、え?」
考えろ、私のどの発言で謎の多い学者から度し難い変態になった?牛乳がタブー?いや、この世界に牛はいないかも知れないがニュアンスで伝わっているようだが…
「すみません弁解をさせてください、私がいた世界ではその液体がエネルギー効率が良く一般的に飲まれてるんです。」
「む……そう言えば我等のような種族を家畜として扱っている人間もいると言っていたな…我等を家畜扱いするつもりか!」
「そうじゃない、そうじゃないんですイザベラ氏…私が口にできそうなものを考えていたらそれが浮かんだから聞いてみただけなんです。」
「…んあ…モリチカ、他の村は知らねえけんど…ミノゥース族にとっちゃそれ…あー…なんてったがなぁ…」
頭をポリポリと指先でかきながら説明を考えてくれていて。
「…求婚だ、かなりゲスな類いのな。」
以前機嫌は最悪なイザベラ氏が口を開きタロス氏がああそれだ共いいたげに手を叩く。
球根、きゅうこん? あ、求婚か。
よぉし、土下座しよう。
「すみません、そんな気持ちはこれっぽっちも…お気を悪くしたならば最大限の謝罪を…」
地面に額を擦り付ける。
ふっふっふ、親から研究資金を得るために土下座なんてしなれたものよ。
「もうよい間抜けな人間め!だが二度と言うな…客でいたいならな」
「種がちげえからなぁ…言っちゃいげねぇことは教えとかねえと。」
許してはいただけたらしい、異種族間での文化の違いはある程度理解したつもりでいたがこれは危険だな…いつか口を滑らせて殺されるかも知れない。
「大人のミノタウロス種は普段何を食べるのですか?」
「む…そんなもの知ってどうなる、貴様に分け前があるわけでもあるまい。」
「ミノゥース族の迷惑にならないよう食事を取ります…食べるものが被っていると困るでしょう?それと食料事情を聞けばどうにかできるかも知れない。」
まっすぐ見つめ合う私とイザベラ氏、すると少し考えた後に口を開く。
「……このところは川で取れた魚だ、獣の類いが取れん上に畑の一部が荒らされた…皆飢えている。」
「…周囲にいる動物は狩れないのですか?」
「簡単に言うな、大勢で挑まねば無駄に死ぬだけだ…それに人間達に見付かればまた難癖をつけられる…」
「少人数で狩れれば問題ないと…?」
「それができぬから皆飢えているのだろう!」
うんざりと言った様子で怒鳴られる、これはまずいな。
ちゃんと見てみると毛並みも荒れて顔自体にも元気が無いように見られる、食事に満足できないことは実のところかなりストレスが溜まる、その上で村長から制限された人間との対立…そして人間からの差別。
「…タロス氏、少し手伝いを頼んでもよろしいですか?」
「…まあ、構わねえけんど…」
目標、食料の確保、人間に見つからぬよう少人数、そして全員生還か、策がある訳じゃない、むしろ今から考えるのだ。
女性が苦しんでいるから?違う。
自分の扱いを良くするため?違う…いやちょっとあるけど。
私が今からやることは打算も何も無い、ただ自分は助けられて寝床を与えられて、何も返せないのは不義理ってものだろう。
一宿一飯の恩…実質一宿の恩を少しでも返していこうではないか。
あと仕事らしい仕事しとかないとタロス氏に見捨てられそうだし。
森近が言ったのは「俺の子供を産んでくれ」「お前が欲しい」を三倍くらい気持ち悪く言ったようなものです。
会ったの昨日なのにね、人間社会でいえば通報かぶん殴られてからの通報なのでイザベラ氏とタロス氏は優しい方。