陸上のカジキマグロは愛らしい姿をしている
「何話してたか聞かないんですか?」
「んぁ…村長の話だからなぁ、生きてんなら滞在は許されたんだろぉ?」
「ええまあ、仕事も命じられちゃいましたがね。」
「おめぇは口が上手いからなぁ。」
「そうですか?むしろ人見知りですしそこまで話すのは得意じゃないと思いますが。」
そう、私は元来話など得意ではないのだ。
ただ生存本能がそうさせるのか、やたら今は饒舌になっているが基本的にはかつて漫画やゲームで見たような真面目で御しやすく、しかして頭がキレる男を演じているに過ぎない。
タロス氏と村に戻る道を歩いていたら中型犬…まあコーギーとかその辺くらいのサイズの兎がいた。
生物を研究しているとざっくり言ったものだが私はそもそも生き物が大好きで進化や生態について調べていた節がある、故に兎などもペットショップや牧場で触れあうことは一度や二度じゃなかった。
「…角のはえた…兎?」
ロップイヤーのような垂れた耳、此方を見るなり少し傾ける首
ううん…可愛い。
「…モリチカ?」
少し前を先行してくれていたタロス氏が付いて来ない私を見て声をかける、ちょっと待ってもう少し見てたい。
「君は何て生物だい?」
鼻先に手を伸ばし目線を合わせるように膝を曲げる、まずは挨拶だ。
するとその愛らしいつぶらな赤い目が突如として黒く濁る。
そして兎に気付いたタロス氏が目を見開き怒号を上げる。
「モリチカぁぁ!避けろぉ!」
「のわぁ!?」
見て避けたわけじゃないし勿論見えていたわけでもない。
て言うか回避すらしようと思ってなかった、タロス氏の咆哮に驚いて腰を抜かした拍子に苔むした木の根っこに足を滑らせただけなのだ。
しかしそれが命運を分けた。
砕けた木片が頬を少し斬りつけ赤い液体が一筋垂れる。そして恐る恐る自分が先程まで立っていた所に目をやると樹木の幹を粉砕し、その鋭角を深々と刺した状態で止まる兎がそこにいた。
「…アルミラージだぁ、危ながったなぁ、」
ほっとしたような顔(全くわからないからニュアンスだが)で此方に歩いてくるタロス氏はゆったりとした動作で兎の体を掴み幹から引き抜くと即座に首をへし折る。
「この辺じゃめったに見ねえんだがなぁ…たまに後ろから刺されて死にかける奴もいっから、気をつけろなぁ。」
「た、タロス氏!その兎…どうするんですか。」
「おらぁはまだ草とかしか食わねえけんど…結構うめえらしい、大人達はたまに畑荒らしに来た此奴等を逆に食っちまおうってやってんだが…こうやってどっかに刺さったなら楽だが速くでなぁ」
諸君、私は今最高に興奮している。
二度目の死の恐怖を迎えたから?違う、勇敢なタロス氏に惚れた?それも違う。
ならば何に?それはこの兎の生態にだ。
凄まじいロケットスタートに強固な角、そしてその突進力に耐えられる体の強さ。
そのすべてが弱者たる彼等の先祖が刈られる側から先手さえ取れていれば殆どの奴には負けないだけの一撃必殺の牙を持つに至らしめたのだ。
「狩ったのはタロス氏ですし失礼を承知で聞きます、そちらの兎を私に預けては貰えないでしょうか、観察し終えたら全てお返しいたします。」
戦闘種族っぽい感じするし俺の獲物だとか言われるかな…怒られたらどうしよう。
「ん、いいぞぉ。」
そう言うと呆気なく兎を目の前に下ろした、いいんかい。
「おらぁはまだどうせあんまり食えねえがら…それに…モリチカは知りたがりだがらなぁ、でも知らねえ生き物にゃ近付いちゃなんねぇ、ミノゥース族じゃ一番に習うことだぁ…死ぬがらな。」
肝に命じよう、今になって足がふるえてきた。
アルミラージの解剖にはポケットに入っていた多機能化ナイフを使おうかとは思ったがミノゥース族がまだ完全に信用できる訳ではないので黙っている事にし、タロス氏からやや大型の湾曲した刃物、ククリが近いか、そんな刃物を借りた。
……これ普通に金属製か、製鉄技術も持ってるのかミノゥース族。
だがぱっと見では木材や藁、繊維を使った家を地面に掘った穴や天然の樹洞などに建てた半地下式の家が多いようで建材に金属を使っている様子はない。
ミノタウロス種の成体の体重はおおよそ500kgは無いくらいに見える、つまりそれを支えられる家を建てるために床が直接地面なのは良い、寝床が藁なのも納得だ。
だがトイレが水洗なのはどういうことだ、この世界の人族の技術力は知らないが汲み取りとかではないのか?
タロス氏に聞いてみたところタロス氏が産まれる随分昔に来た私と同じ流れ者が考案して近くの川を利用することで作った物らしい、排泄物の流れ先が農場の方で汚泥を貯め、畑の肥やしにすることで若い個体の食料を賄っているらしい。
家が建てられる樹木の大きさに関しては何も考えないことにしておく、レッドウッドとかあるし。
いやでもこれ現代日本なら完全に神木だな。
【アルミラージ解剖レポート】
先ずはへし折られた首の周りの毛皮を切断し骨を見てみたところ首の骨の太さに重点を置いて厚い脂肪や毛皮などはそれっぽく見せているだけと言うことがわかった、まるで水牛だ、また牛か。
口腔内にはギザギザとしている部分が手前、平たい石臼状の歯が奥に生えていて一見しただけでも雑食、いや肉食性に近いが植物や木の実も食べれるようになったと言うのが正しいか?
何にせよこの世界の生き物は熾烈な補食戦争、はたまた生存競争で生き抜くために様々なものをエネルギーに換える能力を持っているということだろう、胃の分解酵素やらも調べたいが知識も機材も足らん。
角のように見えている部分はよケラチン質というよりは超硬質なゴムか樹脂のようだ、へし折れる事を防ぐための進化なのかなにを食べるかによって質感が変わるかはまどわからない、出来ればあと2~3匹はサンプルが欲しい。
頭蓋骨内部は高密度の泥、いやヌガーや水飴のようなもので満たされていた。
成分は全くの未知だがタロス氏曰わくミノゥース族の大人は普通に食べるという事から毒性は無いか少ない、またはミノタウロス種の胃、または消化能力が極端に強いかのどちらかだろう。
内臓を確認しようと喉から刃を入れようとしたところ驚くべき事に腹部に袋のようなものがあることに気付いた、どうやらアルミラージは有袋類に近い性質らしい。
タロス氏が言うには子持ちはあまり見ないとのことなので早い段階で袋から出て穴蔵を彫るのだろうか、まあ角とかあるしな。
そのためなのか袋の内側、乳房がある方は脂肪が付いてはいたが内側はプレートのような骨が重なり合い蛇腹のようになっていた。
進化の結果なのだろうが本来内臓を晒す腹部は弱点になりうるが竹槍程度なら毛皮一枚で止めてしまいそうな天然の鎧は私に感動と共に恐怖を与えた。
なんだこの生き物、人類絶対殺す兎か。
気を取り直して一番気になっていた脚部を切開して見てみると筋肉繊維と言うよりは液体に浸かった神経の束のようにも見えた。
実験が出来ないので考察の域を出ないが何らかの電気信号を足に送り成分不明の液体が増幅、そして限界まで引き絞り力を蓄えた筋繊維を爆発させるように解放させ、あの突進力を産んでいると私は考えた。
そしてさっき確認したところアルミラージが跳ねた地面が爆ぜたようにへこんでいたので人くらいなら不意の蹴りで内臓が破裂しかねない。
なんだこの生き物、人類絶対殺す兎か?(二回目)
先程突進を受ける際に目が一瞬で黒くなったのを不思議に思い眼球周辺を確認してみるとやはり鳥類のように目蓋とは別に眼球を塵や風から守るための膜があることがわかった、そうでなければ突進の際にゴミや破片で目を傷付けてしまうのだろう。
まとめると未知な事が多すぎるが大凡の生態はわかった、瞬間速度がどの程度なのかは検証が必要。
ちなみに私は次会ったら死ぬと思う。
レポートを書くものが無かったのでタロス氏に頼んでみたら羊皮紙に近いものを渡された、確かに紀元前からの技術ではあるがまさか持っているとはな…どうやら昔は植物から作っていた国もあったらしいが突如起こった地割れにより国が滅んだ結果技術が失われたらしい。
そしてそのような国は1つではないとの事だ、陰謀論者ではないがどことないきな臭さを感じてしまう
しばらくはタロス氏の家に泊めてもらい、寝床は隣にしいてもらった。
牛の体温の高さは寝具が藁であることを忘れさせるように私を夢の世界に引きずり込み、睡魔にあらがうなど出来ることもなく眠ってしまった。
あと何か牧場の夢を見た。
PV100越えててちょっとびっくりしました!
頑張ります!