命大事に(迫真)
気品あふれる聖母のようなブルゴ氏は静かに私を見据えると少し微笑んでから口を開く。
「先ずは貴方の話を聞かせてもらおうかしらね、どこから来たのか…何をしてきたのか教えてくださる?」
下手なことば言えないが嘘は何となく通用しなそうな気がする、だが生物学者なんてまともに話して反感を買いかねないな…ならこの場で私がとる正しい態度は…
「発言を失礼致します…先ずこの場にお招きいただいたこと、そしてミノゥース族の方に命を救われた事に無上の感謝を。」
ジャパニーズならば誰でも最上級の敬意、または降参などの意味を持つ日本古来の姿勢土下座だ。
意味が伝わるかわからないがタロス氏が頭を下げていた所を見るに礼の文化はあるようだ、私はあなた方に敵対するつもりはありません!なので命だけは!
「ああ…どうかそうかしこまらないで、良く人間さん達には勘違いされるのだけれど…私達は人を頭からバリバリ食べちゃうような種族じゃないのよ?」
優しくされている、という感じがひしひし伝わってくる、だが今のところ長は私を殺す気は無さそうだ。
「…私は森近一葉と申します、タロス氏より聞いているとは思いますが別の世界より流れ着いた…ようです。」
「まだ理解が追いついていないのね…たまにこちらに流れて来てしまう人間はいるけれど大概は獣に食べられてしまうから貴方は運が良いわ。それに私達みたいに人間と戦いたくない種族ばっかりじゃないもの…」
「…私がいた世界にはこうして話のできる種族と言うものは人間種以外には発見されては居なかったのですが、他にも村や集落を作る種族が?」
「ええ、そこまで近くというわけでは無いけれど…そうね、そこかしこにいるわ。」
多民族集落の概念は無さそうだが…ふむ、参ったなこれは。
会話ができる、意志疎通がはかれるが渋い反応と言うことは戦っていないだけで仲間ではない…つまりいつでも敵にまわりかねないと言うことになる。
近くにいても協力ができない知的生命体は発展を続ければいずれかは対立に繋がってしまう、そしてそれは人間も例外ではないだろう。
ならば聞かねばなるまい、人という生物は根本的に好ましくないが私は人間だ。
なら無視はできない、この世界に生きることになるならば必ずぶち当たる、学者としても人族としても。
「…ブルゴ殿、これの答えを聞いたからと言って私の態度や行動が変わることは一切ありません、率直な意見を聞きたいのですが…あなた方種族にとって人類種とはどういう存在ですか?」
少し驚いたかのような顔をし、考えた後に口を開ける。
「…そうね、愚かで弱く…群を作ることにだけは長けていて、それ故に文明を巨大化させることはできても維持が出来ない種族…かしら。」
「成る程…ありがとうございます」
それからいくつか質問をし合い、私は自分が生き物を研究する仕事をしていたことを話した。
するとブルゴ氏は関心を持ってくれたようでひとまず村への滞在が許された、恐らくは人間種に対するカードとして残した、と言うのが正しいだろう。
ブルゴ氏との対談でわかったことの中の多くは人間種についてだ。
それはこの世界の人間種は根本的に劣等種族である、というのも致命的に頭が悪いというわけでも力が少ないというわけでもない。
人間種はかつてはこの世を支配する最大種族であった、しかし時代が移り変わると数百年かけて文明を築き上げた多種族、ミノゥース族のようなミノタウロス達のような存在が現れ、恐れを見せた人類種は物量に物を言わせた蹂躙をしようとしたが、見てわかるとおり人類が多種族に勝っているところなど殆ど存在しないのだ、ではどうなったか?
力もなく、身の程を知らず、人数だけは沢山いて領土を侵略してくる塵芥の集団。
いくら友好を示そうとも殆どの国は自分達と見た目が違うからと迫害した、では恐ろしいと感じる見た目だから、醜いと感じる見た目だからという理由だけで攻撃された多種族達はいったいどうしたか?
それは火を見るよりあきらかな話だ。
嗚呼、この世界の人類は詰んでいる。
「それで…我々ミノゥース族はこれまで必死に生きてきた人間さん達がこのまま蹂躙されるのは…その、あまりにも可哀想じゃないかしら…と言う考えで今人間さん達の村とお話し合いを進めているのだけれど…」
「…イザベラ氏の様子ではそれも難航してしまっていると。」
「ええ…」
「だから貴方には少し協力をお願いしたいのだけれど…聞いてくださるかしら?」
これやんわり柔らかく言ってるがおんどれ断ったらどうなるかわかってるよな?的な意味だな、誰だ気品溢れる聖母とか言った奴!間違ってないがマフィアの首領の類いだぞこれ!
えー…実質一択じゃないか、まあ…恩があるのは確かだし仕方ないが…やるならしっかり信頼を得ないと立場が危ういな。
うん、これでいこう
「私はまだこの世界の人類とは遭遇していません…なのであまり大口は叩けませんが、見た目は人でありながらも少しは頭を使える者と自負しております…この身、この頭を必要とあらば拾われた命の対価としてミノゥース族にお仕えいたしましょう。」
「…いいわ、理解が早い子は素敵ね。」
「ミノゥース族が長、ブルゴの権限を持って貴方をミノゥース族の村にお客様として招きます…まだしばらくは準備があるから貴方は待機を…そうね、知り合いのようだしタロスに面倒を見させます。」
「御意のままに。」
仰々しく跪いてみる、割と完璧なロールプレイではないかこれ。
「最後に、タロス…あの子は力はあるけれどまだまだ子供…若さ故の蛮勇もあるかもしれない、それを御せとは言わないけれど…あまり危険な事はさせないようにしてくれると助かるわ」
周りをみるにかなり若いとは思っていたがやはり子供なのかタロス氏…
「ミノゥース族の方は…成長すると人間に近い見た目になるのですか?」
「ええ、そうね…子供の間はなるべく獣や人間に襲われないように声は低いし毛むくじゃらで…成長するとより他種族と対話しやすい姿に変わっていくわ。」
「…他にもそう言う種族の方が?」
「…そうね、貴方達に近いってだけならエルフ種やヴァンパイア種…ゴブリン種なんかも近いかしら」
ヤバい、今絶対にやけている。
誰が呼んだか、それはきっと私と同じ流れて来た者だろう…ミノタウロスにエルフ、ヴァンパイアやゴブリンまでいるのか…たまらない、最高だ。
調べたすぎて震えてくるが…流石にタロス氏には頼めないな…いや案外行けるか?人が良さそうだし。
いやいや!タロス氏は恩人だろうがゲスめ!
ただちょっと一緒にいる間に質問したりとかあの逞しい肉体を見たりとかはセーフ…だよな?
「あの…大丈夫かしら?」
ブルゴ氏がタロス氏のように不審な者を見るような目で見てくる、違うよ…私は怪しい研究者じゃないよ。
「失礼、少し考え事を。」
「そう…ではもう下がっていいですよ、村の者達には貴方の事を説明するから急に襲われたりはしないはずだわ。」
「では失礼いたします…改めて滞在を許していただき感謝します、ブルゴ殿。」
「ふふ、また話しましょう。」
最後の最後まで私から一切目を離さなかったな、一見優しそうな人が実は…ってのは良くあるが、いったい何を腹に抱えている…?
手放しで信用はできないが…いかんせん逆らう判断は無い、出来る限り怪しまれないように動かなくては。
それはそれとして部屋を出た瞬間目の前にタロス氏の逞しい腹筋があった。
脱水症状気味でよかったよ本当に!
ちなみにミノタウロス種の寿命は長くて250年くらいでタロス氏は30歳、イザベラ氏は80歳