時間は戻らないが出来事を帳消しにすることはできる。
目前の群衆から無数のどよめきが聞こえる。
「て、転移者様…その終わりと言うのは?」
その中でもわりかし若い男が手を挙げる、名前は…まあいいや。
「最近のコカトリス襲撃について私が個人的に調べてみたのですが、どうやらコカトリスは命じられてこの村で肉を差し出していた、と言うことがわかりました。」
またしてもどよめき、不安に押しつぶされるような人々の声、弱いものだな…まああれだけプレッシャー放ってた村長のロバートも自分が死ぬかもしれないとなればみっともなく騒ぎ出していたから仕方ないのだろう。
ぶん殴っちゃったけど大丈夫だろうか。
「その相手は知ってる方も少なくは無いでしょう、竜猿です。」
群衆の恐怖が凄まじい勢いで加速していく、どうやら話に聞くと竜猿は嬉々として人を弄ぶようだ。
全身が鎧に覆われ、人を好んで嬲り殺しにして捕食する獣…
まあと言うのも実はチンパンジーだってお遊びで人間を殺すこともある、指をむしり取ったり顔の皮を剥がしたりと残虐極まりない方法を行うこともある。
それに人の顔を覚えて特定の相手に復讐することもある、テレビで映る頭のいいチンパンジーが本当に優しい生き物だと思っても、結局のところ本質は獣…良いじゃないが、好みだよそう言うの。
何てったってどんなにチンパンジーの残虐性を示しても人類の方が比べものにならないくらい不の歴史を現在進行形で重ね続けているのだからな。
まあその万物の霊長などこの世界では木っ端のようなものだがな。
「さて、何か質問は?」
「どうすれば助かるんですか!」
「転移者様!」
まあまあ一人ずつにしてくれ、あとどうしたら助かるかとか自分で考えないのか?流れ者の意見に任せちゃうの?
「ロイさん、今からなら皆で撤収準備をすれば亡命もできるかも知れません…村長が落ちた今、村を動かすなら判断は任せます。」
そう言いながら木の柵に腰を掛けているがたいのいい男に視線をやると立ち上がってゆっくり近付いてくる。
あ、そうそう。
ロイさんは実のところ結構偉い立場だったようだ、何でも基本的には村の農夫だが昔から村に来る獣を狩ったり食料を得るために狩りに出たりしていたらどんどん強くなってしまい、この小さな村の戦士長程度の立場らしい。
だからまあ村長が使い物にならない以上ロイさんに指示を仰ぐのが正解だったりする。
「…周囲の村が俺達を受け入れるわけねえよな…それも逃げてきた連中を。」
「ええ、ですが全滅よりはましかと。」
「…だが、手はあるんだろ?」
手なぁ……厳密に言うと微妙なんだよね、ミノゥース族に力を借りるのは殆ど確定としてもだ…助けてくれるかな。
確かに私はミノゥース族の客人という扱いだが、正直まだミノタウロスと人間種の隔たりを取っ払うにはまだまだ立場が弱い気がする。
「私としては逃げ出して奴隷としてでも生き延びれる方がましだとは思いますが、あくまでも戦うならば多少の手は考えてあります…この村に火薬の類はありますか?」
「火薬…銃用のならあるがとても足りねえ。」
「作るにしても材料がないんですよね…硫黄も硝石も無いので実質炭だけか、BBQしかできないな。」
あ、炭火で焼いた肉食べたいな。
鶏肉…は駄目か…牛もまずい…いや牛は美味いけど立場がまずい。
うん、いいや取り敢えず…ベジタリアンバンザイ。
コカトリス?あれはトカゲだからセーフセーフ。
現実逃避終了!
さて実際問題どうするのが正しいのか私にはわからない、確実に生きていられるとしたらまあ亡命だろうが…扱い的には奴隷らしいからわりかしすぐ死ぬのだろうか。
と言うかここ奴隷あるのか、そんなに人数がいるように思えないから大して機能していない文化なのだろうけど、間違えて奴隷にでもなったら大変そうだな。
「ロイさん、武器が農具で竜猿に勝てますか?」
「できるわけねえだろ。」
「…武器を買う余裕は?」
「大してねえよ、そもそも買うたってどこから…」
「ミノタウロスです。」
「…あ?」
あ、初めて会った時の凄み方だ。
本当に怖いから止めてくれ。
「ミノタウロス…俺らは実質そいつらとも戦争中だぞ。」
知ってる。
「ちょっと…ここじゃまずいですね。」
よく考えたら周りに村人大勢いる中で話すものではないなこれ、いやうーん…言っちゃうかぁ?
でも大分賭けだな、下手をすれば袋叩きか。
「いや…もう内緒は無しですね。」
「私は、複数人の亜人と交友関係があります。」
沈黙
そして、爆発。
「亜人だって!?」
「す、スパイじゃないか!」
「殺せ!すぐに!」
「まさか竜猿も!?」
しまったやっぱ駄目だったか。
諸君、今の私は余裕に見えるかい?
見えた君にはいい葬儀屋を教えてあげよう。
いかに冷静沈着な私といえども流石にそう大勢で顔に先の尖ったフォークのような農具を向けられたら足が竦むし冷や汗が止め処ない。
まいった、本当に選択肢を間違えてしまっている。
五分くらい戻せないかな…ゲームで言えば選んじゃ行けないポイントだったようだ、所謂世界の半分を受け取ってしまったような即バッドエンドルーt「誰か来てくれ!肉虫が出た!」
私の惨殺シーンの少し手前で遠くで誰かが叫んだ声が聞こえ、バケツリレーのように聞こえた人がどんどん繋いでいく。
て言うか何て?
「肉虫…おい兄ちゃん!問い詰めてぇことは多いが取り敢えずこっちこい!」
ロイさんの怒鳴り声でちょっと落ち着いたので言葉を反芻してみよう、肉虫って何だっけ?
聞いたことはあるはずだが全容が浮かばない。
「おい兄ちゃん!さっさと来いってんだ!」
「は、はい!」
我ながら情けない叫びだと思う、でもね…大勢から鋭利な物突き付けられてその直後よくわからん生物の前に連れて行かれれば誰でもこうなるさ。
現場にたどり着いて私の目に映ったのは、過去に何度か見たことはあるが現実と認めたくない代物。
人類が持ち合わせている太古からの恐怖。
即ち人の行動の根源とも言える存在。
死
死が此方に向かって歩いてくる。
人と同じ形を保ってはいるが胸に大きくあいた風通しの良さそうな孔はどこから見てもその物の絶命を知らせる。
だがなおも歩き続ける死体。
故に私の元の世界で呼ばれていた名前は、生ける屍。
「あ、あ…あれ死んで…え…?」
私の口から意志と関係なく言葉が漏れる、それもそうだ。
落ち着いているように見えて村長を生贄に捧げようとしていても所詮は現代日本の大学生、実際人間の惨憺たる死体を見て、しかもそれが此方に歩いてくるとなるとこんなものだ。
怖い、足が震えるし喉の奥からは酸っぱい物がせり上がってくる。
「おい兄ちゃん!突っ立ってねえで武器持て!」
そう言いながらロイさんは刃の分厚い重たそうな剣を持ってきて高く構える、無茶を言わないでくれ、私は戦えないんだよ…知っているだろう?
いや待てよ?知ってる筈だしあの場に私より強そうな人何て複数人いたぞ、マダムことリジーさんもそうだ。
ああそうか…ロイさんの優しさには涙が出そうになる。
「…ロイさん、ありがとうございます。」
「信用はしてねえ、だがあのまま死なせたら村は助からねえからな。」
とは言え助かったのは事実だ、それに…今ここで村のために命を張れば助かる可能性も上がるだろう。
どこまでやれるかは知らないが、私は私の力を信じよう。
柄の長い桑のような農具を強く握り締めて目標を睨む、数は1…形が人間ならば二人がかりでやれない事は無いはずだ。
ちなみに私はボーリングで普段使っているボールは7ポンドだ。
無理かも。
ゾンビって実際会ったら腐敗臭と見た目でまず吐きそうなものですよね。




