生き物の知識では無双はできない。
私に貸し与えられた村長の家の部屋には窓があった、とはいえ硝子ではなく木製の扉をはめ込んだだけのものだがかなり精度が高い作りになっているようで隙間風などははいってこない。
と言うかこの家自体もどうみても現代日本で機械を駆使して作られた家ばりの精度でできている。
まあ推測はできるがね、多分機械産業を活性化させられないようになっているからその分人間の原始的な技術のレベルがすこぶる高いのだろう。
「ロクサリーヌさん、この世界の天候はどうなっている?」
「天候ですか?ええと…最近は晴れが多いですが時折雨が降ります…それからもう少しすると乾期になって気温が下がりますね。」
ふむふむ、ここら辺は比較的暮らしやすいのか。
乾期で気温が下がると言うのは一般的に言うとまあ冬だろうな。
四季があるようには思えないが夏と冬くらいの認識があるなら動きやすいものだ…いやまて、冬って大丈夫なのか?
「…寒くなると食料は大丈夫?」
「それが…いつもならば暖かいうちに沢山蓄えて保存しておくんですが最近はあまり採れなくて、これ以上寒くなるとだんだん私達では倒せない獣も増えてきますから。」
「…ん?冬眠…寒い間は寝ているとかでは無いのかい?」
「いえその…私達がギリギリ狩れる獣が隠れてしまうので、大型の獣は乾期の間は山の奥から食料を目当てで降りてくるんです。」
あー…あー!成る程。
そもそも大型の獣になればなるほどエンジン、つまり心臓が強く消費するカロリーも多いがこの世界においては体がデカすぎるために隠れて冬を越す奴が少ないのか。
猪がどのラインにいるのかはわからないが下手に名前は出せないから難しいところだ。
「例えばどのような生き物がいるの?」
「ええと…まずこの辺りで最近痕跡があったのがナハトイェーガ、大きな四本足の牙のある犬ですが体毛の色で夜だと全く姿が見えません…それに咬まれると断面が腐って治らなくなります。」
ナハトイェーガ…ドイツ語?ハイボルテージボアは英語だから日本人以外がこっちに飛ばされてきているのは確定だな。
いや日本人でもドイツ語大好きな奴はいるかもしれないが。
しかし意味はわからないんだよな…ナハトがnightなのは何となくわかるがイェーガって何だったっけ?
くそ、高田さんならわかりそうなものだが…あの汗達磨ドイツ語取ってただろうし。
名前ヨーロッパ圏で服装日本で周りの生物ドイツ語なの?
万博か。
まあいいや、多分ナハトイェーガって説明聞く限りだと狼だろ。
「それって群れを作ったりは…?」
「そんな、単体でも恐ろしいのに群だなんて考えたくもありません…」
ああ、良かった単体か…狼は群で生息するが単体でいると言うことは大型すぎて群れを作れないかなんかか?
そして咬まれた断面が腐る…まあ毒か消化液をマーキング代わりにかけていると言うのが妥当だろうな。
何かいたっけなそういう奴…浮かばん、と言うかこの世界の生き物に既存の理論が当てはめられるのかは未だによくわからんがな。
あの猪も象を更に大きくしたような体格だったが狼がそんなサイズである必要は無いし小回りが利かなくなるだけだろう。
それかそうでもしないと生き残れないような頂点捕食者がいるかだ。
………いそう。
まあ考えても仕方ないけどね。
「成る程ナハトイェーガ…覚えておくよ、できれば生態も調べたいし。」
「ああ、学者様でしたね…あ、じゃああれをどうにかできるかしら…」
「あれ?」
「その…畑をここ最近では作物がなったそばから荒らされてしまって…恐らくはキラーアントのせいだとは思うんですが。」
「キラーアント…蟻ですか。」
蟻なら木酢液かコーヒーあたりか…コーヒーはねえよな。
「木酢液…簡単に言うならまあ木を燃やした時にでる水蒸気を冷やして液体にしたものだね…まあこの世界の虫に有効かは知らないけど効くんじゃないかな。」
「木酢…それは現代で使われているのですか?」
「今はどうだろうか…木より竹の方が多いかも知れないけど成分はあまり変わらない筈だし普通に使われているんじゃない?」
「さ、早速村の者にいって作らせます。」
慌ただしく部屋を出ていくロクサリーヌさん、うーん…いい子なんだろうなぁ。
その内まあまあな確率で敵に回ると思うと気が重いよ。
「転移者殿はいるか!」
一時間ぐらい暇していたらドタドタと足音の後に扉が勢いよく開かれて村の若者が入ってきた。
「ど、どうなさいました!?」
「すまねえちょっと来てくれ、コカトリスだ。」
馬鹿野郎誰が行くか。
「わ、私戦えませんよ!?」
「あんたのそんな細腕にゃあ期待してねえよ!生物の研究してんならあれの対応法くらいわかんだろ!?」
見たこともないモンスターにどうしろというのだ。
て言うか話広まんの早くないかな?
「コカトリス…どんな見た目ですか?」
「でけえ鶏だ、尻尾は蛇になってる。」
あぁん?そんな生き物いるかい。
いた、何ならまあまあな数いた。
木でできた柵に蹴りや啄みを繰り返す推定頭までの高さが1.5メートルはありそうな尻尾が蛇の巨大鶏だ。
激しく動かされる嘴の奥にはノコギリ状の歯が見える。
「これ…いつもはどうするんですか?」
「今やってんのと変わんねえよ!」
柵の隙間から槍や弓で攻撃をする村人達、案外勝てるんじゃないか?
まあわかる、そういうことじゃなくて一々村人達一丸となって対応しなくても済むやり方を教えろ、と言うことだろう。
さて鶏か…いや蛇か?
そもそもなんであんな体になっている?2つ頭の生物はたまに産まれる事はあるがあんな風に別々の生物が合わさった化け物なんて私の知る中では存在しない。
蛇が無ければただの巨大な牙のある鶏だが…
そうか鶏、恐竜が進化したのか?
ならあそこに見える蛇は蛇っぽくみえているだけの尻尾か?鱗は名残と考えるなら妥当だが…
ならあの羽毛の下は鎧のようになっていると考える方がいいか。
「飛ぶ必要が無い以上骨格の脆弱さは期待しないほうがいいな…さっきから防げてはいるがかなり柵も軋んでいる所を考えるに蹴りの威力もとんでもない…ダチョウかヒクイドリみたいなものか?」
「こんな時に何ぶつぶつ言ってんだ!さっさとどうにかしてくれ!」
私は魔法使いじゃねえんだよ…まあ鳥なら虚仮威しでどうにかなるかな?
「失礼ご婦人、小麦粉はありますか?」
近くで桑を構える逞しいマダムに声をかける
「ええ…家に少しなら。」
「結構です、ではそれと松明か何かを。」
さて、小麦粉も貰ったことだしやるか。
まずは手頃な少年に松明を握らせよう。
「少年、君は私に合わせてその松明をあの鶏達の真上に投げるんだよ。」
「え、え?」
さあしっかり投げるんだよ。
「行くぞ少年、そーれ!」
小麦粉をなるべく一カ所に固まるように、しかして球にならず空気中に舞うように放り投げる。
「わ、えい!」
お、ちゃんと投げてくれた。
偉いぞ少年、後で生物の話をしてあげようね。
空気中に舞う大量の細かい粒子に松明の火が当たる。
爆発音はしない、しかし一瞬だが大きな火柱が目の前で上がる。
「わぁぁ!?」
少年がひっくり返った、情けないぞ少年。
少年少年言うのも飽きたし後で名前聞こう。
「っうお!?何してんだあんた!」
「獣ならば火で追い払えると思ったんですが…驚いて固まっただけですね、ですが頭を潰すなら今のうちかと。」
そう、ぶっちゃけ逃げると思ったんだが音が少ないとちょっと引いただけで止まってしまうようだ。
だがびっくりして硬直はしているようだから畳み掛ける方が良いだろう。
「う、うおおお!」
武器や農具を持った村人達が強い光と熱に闘争心を一時失っている大型の鶏に柵を飛び越えて襲い掛かる、足をクワでへし折り大勢が崩れたら頭を潰す。
子供には見せられないね。
あ、少年混じってるわ。
粉塵爆発って実際ぶんなげてやってみたんですが結構簡単に起こるんですね。
危ないわこれ。
それはともあれアルバトリオンに勝てないので更新です。




