海の月は陸に上がると国をなす
「よし、こっがらは歩きだぁ。」
そう言うとゆっくり地面に降ろされる、踏みしめる草原の大地は私をリラックスさせると同時にこれから行わねばならない仕事に対して緊張を思い出させる。
「…できる限りの事はします。」
「あぁ…まあ、生きで帰ってごい。」
そういうと地面に膝を付いて私を抱き締めるタロス。
最早慣れ親しんだ牛舎の匂い、速やかに私の意識が落ちていく。
「人間、死ぬ?」
死んでたまるか。
何とか今世に踏みとどまり、慌ててタロスの最中を叩くとすぐに腕が緩められる。
「あ…すまねぇ…」
しょぼんとするタロス、ははは大丈夫さ。
ちょっと脊椎と胸郭と肋骨が何本か軋んだだけさ。
「じゃあ、しばしの別れだ…頑張ってくるよ。」
「おう。」
突き出した拳に優しく合わせられる巨大な岩のような拳骨。
さあ行くぞ、失敗したらブルゴ殿に絞められる大仕事だ!
うーん、辞めたい。
しかしカカがいるから迷うことは無いにしても…偉い遠くないか?
障害物何もないだだっ広い草原なのに村らしきものは一切見えない、まあ亜人と関わり合いがあると不味いから遠くを指定したんだろうが…私の足で辿り着けるものだろうか。
「人間、あっち。」
上空を飛んでいたカカが降りてくるなり進行方向やや右を指差した、村が見えたか?
「村があったか?」
「ううん、美味そう、果物。」
焼き鳥にすんぞお前。
「カカ、村か敵が来たら教えてくれ…」
「わかった。」
何だろうか、一応言葉は通じているんだが3歳児と話している気分になる。
何故なら今のわかったは確実にわかってないからだ。
風呂に入れと言った時の高田さんの返事と同じだ。
「この辺りにカカと同じ種族はいるの?」
「見てない、旦那、食われた。」
え、お前既婚?
「旦那…番いたの君?」
「求婚された、その後、食われた。」
「…何に?」
ハルピィヤを補食できる存在なんてそう多くはないと思うのだが…それができる存在がこの辺りに生息していると?
「こりゅう。」
こりゅう、古流…古龍か?
は?
「それは…どういう?」
「デカい、早い、カカより、大昔から、生きてる。」
巨大生物が猛禽類より早い…野生化した戦闘機か何かでも飛んでるのかここらの空域は。
「それ…私達も危険なのでは?」
「大丈夫、通りすがり、だった。」
「…大きさは?」
こう聞くと少し悩んだ様子で固まってしまった。
「わからない、すぐ、いなくなった。」
ううむ、ハルピィヤより速度の出せる巨大生物…物理法則に反し始めたらいよいよ生物学とか言ってられなくなるんだが…
だがまあ、村や集落が成り立っている以上どこらかしこで大暴れはしてないのだろう。
と言うかそう考えてないとやってられない。
もう何時間歩いただろうか、あまり景色が変わらないとどうしても距離感覚がバグを起こしてしまう。
「…少し休憩しよう。」
どかり、と地面に腰を降ろす。
足が痛むのでしばらくマッサージでもしてから行こうか。
すると目の前をぷよぷよとした半透明の液体のようにも見える生物が這うように移動していた、サイズはハンドボールくらいか?
「何だこれ…あ、スライムか?」
様子を見ているとプヨンプヨンと此方に迫ってくる、何だか可愛いような不気味なような…と言うか何の生き物だこれ。
ゆっくり手を伸ばす、するとはるか上空から叫びが聞こえた。
「いやぁぁぁぁぁ!」
「おわぁぁぁ!?」
直後ズドンと重低音が響き振動が地面を介して私の尻に伝わる、と言うかカカが石を持って高速落下しつつ真下に落としたのか…仮称スライムがぺっしゃんこになってしまった。
何だ!ついに招待を表したか猛禽女児!
「人間、早く、潰せ!」
しかし迫真の表情で石を渡されてしまったのでカカと共に全力で仮称スライムに石を叩き込む、何この状況?流石に混乱し過ぎて平常心が保てなくなってきたぞ。
「…はぁ…はぁ…何だいったい。」
「あれ、水虫…触ると、とける、食えない。」
調べる間もなく大量の石で打撲と多大な圧力をかけられた仮称スライムはどうやらハルピィヤは水虫と呼んでいるのか?カウリがスライムと言っていたことから民族間で呼び名が変わるのだろう。
いやそれはいいんだよ、生物の名前なんて皆通称で呼んでいるんだから差違はない。
「うわ…ゲルというよりは膜に覆われた液体に器官が詰まっているタイプの生物なのか?」
石を持ち上げて死骸を確認すると地面に染み込んだ体液以外に固形状の物体がいくつか見受けられた。
「…クラゲ…が陸上に来たらこんな感じか?しかし移動していたと言うことは何らかの筋肉的な動作はあったはず…ってうぉ…」
素手で触るのは危険そうなので石で死骸をつついていると破れた透明の皮膜のような物体下から仮称スライムを小型にしたような…そうだな、ハエの幼体が近いか?…まあそんなものがうじゃうじゃと蠢いては逃走するように動いていた。
私こういう沢山いるタイプのは苦手だ、いくら生物専攻してても生理的に無理なものは無理だ。
「子供…?それか別性個体か?」
「殺すと、小さいの、出てくる、ほっとくと、死ぬ。」
親から産み落とされたら死ぬ…と言うことはあまり考えられないから形態の違う別個体だろうか?
サンプルが少ないな、機材も欲しい…だが贅沢は言っていられないからひとまず仮説を立てよう。
仮称スライム。
カカが溶けると言っていたことから恐らく酸性液体で満たされた胃袋のような物に重要器官を詰め込んだ生物であると考察。
叩き潰したら何とか殺すことはできたが体を覆っている膜を破ったと言うよりは我々で言う口のような自分の意思で開閉できる体表組織から内部の重要器官を圧迫により吐き出したのが原因と考える。
皮膜はとても丈夫で堅くは無いが尖った石でいくら叩いても穴が開く素振りが見えない。しかしゆっくり押し当てたら裂けたことから成分は不明だがダイラタンシー流体のような性質のあるものが詰まった細胞膜のようなものなんだろうか、研究不足。
死骸から溢れるように現れた小型の物体、仮に小型スライムと呼ぶ。
小型スライムはしばらくは私達から逃げようとしていたがいつしか動かなくなり死んでしまったようだ、この事から幼体ではなく雌雄の違う別個体が共生しているものと考えた。
私の見立てでは仮に私達が見えていたハンドボールサイズのスライムが雌、所謂女王蜂のようなクイーンであるとするならば仮称小型スライム達はそのクイーンを文字通り支えている雄個体と言う事になる。
雄個体はクイーンから出れば長くは生きられないが雌個体は雄個体がいなければ満足に移動を行うことが出来ない、といったところだろうか?これも研究不足
しかし今までの仮説を統合するとつまりこの生物は個にして群、一匹のように見えるがこの生物そのものがコロニーであり王国なのだ。
「仮説だがこのあたりが無難か…クラゲ的な何かだとするならば何を思って陸上に出たかはわからんが、何とも不思議な生物だったな。」
ちなみにバックパックも無いし袋も無いのでサンプルは諦めた、あれを素手で持って行くのは流石にごめんだ。
「そろそろ行こう、カカ。」
立ち上がり尻の土を払う、まだ体感で言えば昼頃だが流石に日が暮れるのは困る。
「おう、行く。」
どこから採ってきたのか見たことのない果物?を齧っているカカがそれを咥えたまま助走をつけて翼で風邪を拾うと高く飛び上がった。
「…そういうのあるなら…一口欲しかったな。」
正直生物考察書いてる時が一番楽しいまである。




