天より降りたるは吉兆か凶鳥か
重戦車の二匹の喧嘩から命からがら逃げ出すとここは…
「しまった…森だ。」
さんざんタロス氏に行くな、と言われていた場所に入ってしまった。
まあ入ったから即死するわけでもないのでとっとと出たいのだが問題があるとすれば帰り道が一切わからなくなったと言う事だろうか。
背も高く幹も太い大木の群れは容赦なく日光を遮り薄暗いが故に帰りの道しるべになったであろう足跡を見えづらくしている。
加えてこの土地にしばらく雨が降っていないのか地面に沈み込むはずの足はしっかりと跳ね返されてしまい跡は殆ど見えやしない。
「…ふむ、成る程…ピンチだな。」
私は元来ビビりでこんな状況に泣き出してしまいそうだ、しかし前の世界での経験が生きた。
どんな意地悪な教授からの質問も理不尽な課題もなめられないように顔色一つ変えずに当たってきた、そんな私ならばこの程度の状況涼しい顔で解決策を探せる。
「…ひっく…お腹すいた…」
よってこの情けない状況は断じて私の本意ではない!
くそぅ、先程まで味方ならば確実に安心する2人と居たからか心細さが半端ない、拭いても拭いても涙がこぼれてくる。
「タロス氏…イザベラ氏…カウリ…」
「何だモリチカ。」
誰だ!
ああ、カウリか。
おうわぁカウリだ!?
「か、カウリぃ!」
「汚え!」
「がぺっ!?」
地獄に仏ならぬ森に牛だがこれほど頼りになる牛は少ない、巨大な体躯に石器を用いた斧を地面に下ろすとズドンと音を立てて足を伝って衝撃が届く、何てパワフルな筋肉妖精なんだろう、こんな状況だからかとても愛らしく感じる。
泣きながら取り敢えず抱きついてみたら紙屑のように放り投げられた、汚いとは何だ汚いとは…あ、鼻出てた。
「何しでんだよごんなとこで…入んなってタロスが言っでながったか?」
「返す言葉もない…ちょっとギユウ氏とビフン氏の喧嘩に巻き込まれかけたから全力で走ってたらこんなとこに…随分走った気もするけどここはどのあたりだ?」
感覚的には3kmは走ったとは思うし送ってもらうのも申し訳ないがどうするか…
「村出てすぐだ…送ってやるよ。」
当てにならないものだな自分の感覚は。
「折角ならこのあたりを見て回りたいが…危険か?」
「まあ…このあだりなら。」
「一緒に来てくれると嬉しいんだが。」
「…お前ぇ…何か図々しくなってねえか?」
失敬な、私ほど謙虚な男はそういないぞ。
「悪ぃげど俺はもう少しで行がねえどいけねえから…今度なら聞いでやる。」
まあ、仕事だと言っていたから仕方あるまい。
「…このあたりに人を殺せるようなのは滅多にでねぇ、俺達が見回ってるがらな…でも水っぽい奴には気を付けろ、噛まれると治りづれぇ。」
水っぽいやつ…ああ。
「スライムって奴か?」
「ああ、何だ知っでんのが?」
「知ってると言うか…仮定だが魔物に名前を付けたのは私と同じ転移して来た人間だろうな、全部私の世界で架空とされていた生き物にちなんでいる。」
「良ぐわがんねえけど…まあ気を付げてな。」
そう言うと斧を肩に背負って行ってしまう、ああさらば筋肉の妖精…寂しさがぶり返すよ。
さて、探すか。
はっはっは!すまんなカウリ!
研究者ならばそんな面白い生き物研究しない手はないからな!
「スライムー…出てこーい。」
石をひっくり返したり草群を覗いてみたりするがそれらしき物は見当たらない。
「まあ滅多に出ないとは言っていたが…寂しいものっうお!?」
木陰に甲虫目コガネムシ科の幼体…わかりやすく言うならばまあカブトムシとかの幼虫が鎮座していた。
私も生物学者を目指す者として幼虫の類や虫の類に驚いたと言う事はない、そんな事は無いのだが…うん、でっかい。
それに本来であれば地中にいるはずなのに外で堂々と鎮座している姿は何とも不思議である。
計らないと正確な数値はわからないが多分これ50cmは越えているな。
成体が気になるから捕獲していこうか…いや何か怒られそうな気がするからやめておこう。
何かって言うかタロス氏に、なんならイザベラ氏にも。
「…まあ念のため後でタロス氏に伝えないでおくか。」
虫嫌いって事はないだろうがあのサイズが食卓に並ばれたら正直逃げる自信があるぞ。
結局スライムは見当たらないまま村に戻ってしまった、会いたいときに生物に会えないな本当に…会いたくないときは会ってしまうのに。
風を斬る音がした。
その瞬間には顔が地面についた感触があった。
覚えがあるぞこの状況、腹を刺された時だ。
あの時もこんな風に痛みは無くて最初に衝撃が来る…不思議とアタマはクールなんだ。
衝撃は熱に変わるだけ、じんわり…だが確実に熱を帯びる。
ああ、何をされたかもわからないが…私はどうやら早くも二度目の死を迎えてしまうようだ。
せめて…タロス氏に御礼を言いたかった。
「たすけてー、たすけてー…人間?死んだ?死んだ?」
頭の上から甲高いような声が聞こえてくる、まるでロボットのような抑揚の無い声だ。
ふむ、どうやら私は生きているようだが何らかの要因…恐らく頭上の仮定生物Aの何らかの攻撃行動によって脳震盪を起こしたのだろう、顎がとても痛いのは前に倒れたからか。
「…ってぇ…」
「お、生きてる、人間?人間?」
ややくぐもったような声がのどの奥から零れる、すると仮定生物Aは此方の顔をのぞき込んできた。
見た目の感想は女性の様だ、しかし本当に人間なのかと考えるとどうも顔の側面から生えている羽毛のような物体や、見えてはいないが今まさに背中に突き刺さり続けている棘…恐らくは脚部から伸びる爪か何かが明らかに人間のそれではない事を私に教える。
加えて軽い、見えている頭部から考えるにこの仮定生物Aは16~20歳程度の人型個体だろう。
確かに重たい、だが私の板切れの様な体で支え切れて大して痛くもない重さだ、それはおかしい。
凄まじく血生臭い特徴的な口臭、軽い体、推定脚部の爪…と言うかこれ猛禽類の類だな、だんだんと頭が冴えてきたぞ。
私は今猛禽類の特徴を持つ推定頭部が人型、尚且つたどたどしいながら人語を解している(この世界の言語が何なのか、まず私が話しているのが日本語なのかがわからないため仮定として人語と呼ぶことにした。)
ふむ、まずはコミュニケーションだな。
インコみたいに人間の声を真似ている可能性は大いにあるが私を見て人間と発した以上目で見て確認する程度の知能はあると思われる。
「…殺さないで。」
冴えた頭でもこの状況で命乞いしか出てこないのは些か自分の不甲斐なさには悲しみさえ覚えてくるな、まあそれが私だが。
「殺すない、違う、お前虫?」
誰か虫だ。
「…すまん何て…?」
「人間虫食わない?カカ、貰う?」
何のこっちゃ…虫ってあれか?さっきのでっかいカブトムシの幼虫みたいなの?
「…どうぞ…降りてくれませんか…」
「おう!カカ、喜ぶ」
ふわっと背中から重さが消える、五分やそこらは立ち上がれなかったが頑張って体制を起こしてみたら既に仮定生物Aは居なくなっていた。
妖精だったのだろうか…いやしっかり背中の肉が抉れている事から物理的な生物であることは確かなようだ。
「…何てことがあったんですよ。」
数時間後、仕事から帰ってきたタロス氏を出迎えて事の顛末を話す。
ちなみに背中の傷はミノゥース族のおば様に言ったらよくわからない軟膏をごったり塗られた、体のしびれも無いことから無害ではあるようだが正直匂いが凄まじかったので金輪際使いたくは無いものだ。
「…お前ぇ森入ったんがぁ…?」
やっべ…
「いやその不可抗力と言うか…はい、ごめんなさい…」
謝る、謝るからそんなつぶらな瞳で睨まないで(多分気のせい)。
「ハルピィヤだぁ、お前ぇを襲ったのは…流石に空は対策でぎねぇ、悪ぃな。」
「い、いえ…私が言われたことを守らなかったのが原因ですし…」
「んだら、まあ生ぎでんなら気に入られだかもなぁ…」
「…良いこと何ですか?」
「……」
そっと顔を逸らすタロス氏、何か最近行動が私寄りになってきてない?
「…これからは上空にも気をつけます。」
「冗談だぁ…別に悪ぃ事じゃねえけんど、良いことがあっだって話も聞いたことねぇ…何か餌でも上げたんかぁ?」
「ええまあ…このくらいの虫の幼虫を。」
手でジェスチャーをした瞬間掴みかかる勢いで距離を詰められた、やだ…そんな距離で見つめられたらアタシ…馬鹿やってる暇ないな、え、処刑?
「何であげちまった…お前ぇ…何で…」
すぐに距離を戻すと酷く落ち込んだように頭を抱えた。
え、本当に何?
どうやら話を聞いたところによるとあの芋虫は10年間に数匹程度しか産まれない甲虫の幼体であったらしく。
曰わく、その味は無類で他の種族だろうがプレゼントとして渡せばかなり好感度が稼げてしまう優れものだったらしい。
ううむ、タロス氏に献上したら大層喜んだだろうに…惜しいことをしたな。
あ、でもタロス氏多分まだ消化し辛いからお前食えとか言い出すな、ナイス仮定生物A、君の登場で私の胃は守られたかもしれない。
投稿遅れもうした…すまぬ…




