武器の嫌いな男の子は存在しない
目を覚ます、すると最早見慣れたような天井に此方を見下ろす見知った牛の顔。
「おはようございますタロス氏。」
「ん、起ぎだか。」
さっさと仕事に取り掛かろうかと思ったがまだブルゴ氏の仕事がすんでいないらしく1日暇になってしまった。
否、この原始的な世界で暇と言うのもおかしな話で厳密に言うと私ができる仕事が無いのだ。
若い雄の仕事は警備や大工仕事、製鉄なんかもあるがその全てにおおよそ適性のない私は1日の休暇と共に役立たずのレッテルを貼られた。
「あれ…タロス氏はどこか行かれるんですか?」
「んだ、おらぁは村の周辺で見回りをする…おめぇは家で休んでろ。」
そんな、ヒモじゃないかそんなの。
「…私に出来ることがあるなら何でも言ってくださいね?」
「ん、森にはいくでねえぞ…お前ぇ1人じゃ死んじまうがらなぁ。」
それだけ言い残すとタロス氏は家から出て行った。
暇だ、やることがないと言うのはなかなか前の世界では得ない時間だったが実際体験してみるとこうも暇だとは思いもしなかった。
「…村の中なら…大丈夫だと信じたいな。」
流石に白昼堂々刺される事は無いだろう、そう願いながら大木の窪みに建てられた家を出る。
「イザベラ氏は…まあ嫌われてるだろうし多分あの人も戦士の類だな…カウリもまあ戦士だろう…んー…村回るか。」
結局ぶらぶらする事に決めた、この村に何があるかとか知らないしな。
この村は改めてちゃんと見てみると実に良く出来ている。
建物もそうだがそうではない、頭があり手足があり民がいる、これでは一種の国のようなものではないか。
自分達より圧倒的に戦闘力に優れ鉄を操り言葉を話す知的生命体…考えれば考えるほどにこの世界の人間がわからなくなるな、何故挑んだ?
何かきな臭い、と言うか訳が分からん。
頭が悪すぎるのだ、昨今のアニメーションでは現地人の頭が悪いことは鉄板らしいが、こんなもの非合理的を通り越して自殺行為だと言うのが本当に理解できてないのか?
まあ、今は考えてもわからない事だろう…と言うかそう言う人間の心理とかは私の分野では無い。
ミノタウロスの生態についてはまだわからない事が多いが1つ昨日カウリに言ってわかったことがあった。
困ったことに乳製品と呼ばれる物は存在しないらしいと言うことだ。
何でも牛乳は子供を育てる際に少しの期間だけ飲む神聖なものでそれを大人が欲したり加工をしようとするともれなく全女性陣から非難を受けそれどころか度し難い変態の称号をいただけるとのことだった。
やっとイザベラ氏やタロス氏の反応の理由がわかった、と言うか普通に人間の女性に貴方の母乳で料理をしたいと言ったら十人中八人はビンタをし残りの二人は拳骨を飛ばすだろう。
しかしまずい、それは非常にまずい。
何がまずいかと言うと私は元の世界ではたいそうな変食でレポートの提出期限が近い時など全てのカロリーをチーズと飲むヨーグルトだけで済ませるくらいには牛乳加工食品が好きなのだ。
イザベラ氏の言葉に家畜という単語があった、ならばこの世界にもミノタウロス族じゃなくて普通に牛と呼べる生物がいるのかもしれない。
まだ希望はあるのだ、頑張れ一葉!
「ヴぅぉ!…ヴぅぉ!」
「っは!そいやぁ!」
しばらく歩くと甲高い金属音と雄々しい叫びが交互に聞こえる場所に着いた、まあ所謂鍛冶場だ。
「凄い迫力だな…」
近くまで行くと誰かが気付いて一言二言話す、するとどうしたことか仕事を止めたミノタウロス達が続々と此方へ集まってきた。
…と言うか囲まれたのだった。
「…人間の兄ちゃんじゃねえか、昨日の宴見てたぜ。」
「半信半疑なところあるがな、親方が言うからにゃあ協力してやるよ。」
「だが俺のイザベラに手出したら炉に投げ込む。」
ガヤガヤと全員が口々に思い思いの言葉を話す。
懐かしい感じだ、これはそう…男子校。
馴染めそうで馴染めないような雰囲気で汗臭い男たちが語り合う、嫌いではない、嫌いではないが暑苦しい。
すると助け船が入る
「…離してやんなぁ、困ってるじゃねぇか…」
誰よりも屈強な角に鋼のような肉体、そして底に刻まれる傷と隻眼は否が応でもこの人物の詳細を私に知らしめた。
強い、それも規格外に。
「…悪かったなぁ、あんちゃん。」
「い、いえそんな…」
「俺はギユウ、ここで鍛冶の頭領をやってるもんだ…昨日の演説…痺れたぜ。」
「こ、光栄です。」
恐れている訳ではない、ただ純粋に平伏せざるを得ないような、そんな気配を感じるのだ。
「あんちゃんが見せたあの道具…ああいや、譲ってくれだなんて言わねえよ…ただ…そいつぁ、使っちゃなんねえ…この世界の理から外れちまう。」
理?
「それってどういう…」
「…まあ追々わかる…他はどうだかわかんねぇが、俺は歓迎するぜあんちゃん…良けりゃあ仕事、見ていくかい?」
「っ!是非!」
ミノタウロスの使う武器防具…みたいに決まっている!
「おうおう、行ける口だな?」
「武器防具が嫌いな男なんざ存在しませんよ。」
「っは!いいじゃねえか、付いて来い。」
ギユウ氏に連れられて鍛冶場の最奥部に辿り着く。
地獄の口のようなサイズを持った炉に、人類が持とうとするならば途端に腰や膝をやりそうなハンマー、そして壁に立てかけられた武器防具の数々が目に入る。
「これは…凄い。」
思わず声が出た。
私は昔から戦隊ヒーロー物をみるとまず装備に目がいく子供であった、はたしてそれが可愛いのかと言われればそんなことは決して無いだろうが構造やギミックを確かめ、解剖したくて仕方なくなる。
まあそれが転じて生物学に行ったのだが…というかこれは…
「ふぁっはっは!だろぉ?やっぱり武器ってなぁ男のロマンだよなぁ!」
大笑いしながら背中をばしばしと叩かれる、一撃ごとに鼻から内臓が吹き出しそうなのでそろそろやめていただけるとありがたい。
「…まあ、こんなもん使う奴はいねぇんだけどな。」
「…それはどういう…」
「…材料がたけえ、鉄を使って作るものなんざ武器以外にも嫌ほどあらぁ…」
そう、私が感じた違和感はこれだ。
武器を持って歩く者は何人も見た、しかし金属製の武器を持つ物など一人たりとも見ていない。
「前まではよぉ…この辺りに出るたってコボルトやゴブリンの類だけだったがな…最近はオークやトロールなんかも出てきた…叩いて治そうにもそんな時間も稼げねえ戦場じゃ重たすぎるんだよこんなもんは。」
武器が金属製の方が木製や石製なんか選りすぐれてるのは誰でもわかる、しかしそれは人間同士での話だ。
何度も打ち合いができる膂力ならばそれも納得だろう、武器が壊れた方が死ぬのだ。
しかしミノタウロスやオークは違う、その膂力に耐えられる武器など大して存在せず金属で出来ていようがただの一振りで砕けてしまっては武器とは呼べない。
ならば壊れる前提で安く軽く武器を作った方がいいのだ。
「…弓などの飛び道具は?」
「弓…ああ、あることはあるが…槍を投げた方が強いからなぁ…連射するんなら素手じゃ敵わねえが…飛距離じゃこっちのが断然上だ。」
「他の種族と戦うのに文句は言えねえが…こいつらが日の目を見ねえで錆びてっちまうのが情けなくてなぁ…」
ふむ…
「ギユウ氏…いや親方…どうにかできるかも知れませんよ、それ。」
こうして私はよせばいいのにまた仕事を引き受けてしまったのだった。
あらかじめ言っておくと親方ことギユウ氏は某漫画とは一切関係ありません。




