第8話
楽しい夕飯が終わり、3人で食堂から出る。
やはりずっと周りからの目線は絶えなかったが、それもある程度受け続けると全員それなりに慣れてきたのだった。
「じゃ、私とマホはこっちだから」
「また明日ね、ペイルくん」
「また明日な」
そう言って2人は女子寮へと向かって歩いていく。
男子寮と女子寮はほぼ正反対の位置にあるので学院のほぼ中央にある食堂からは、出てすぐに別れることとなる。
俺は2人が見えなくなるのを待ってから男子寮側へ向かう……のではなく、学院の出口へと向かった。
「いやー、ずっと気になってたんだよなぁ。どっからどう見てもアレが無いし」
そう、山を降りてきてからずっと感じていた違和感。
新生魔法総会アルトメティアの総本部、『アルトメティアの塔』がどこにも無いのだ。
アルトメティアというのは、200年前、俺が上が甘い汁を啜るためだけの腐りきっていた旧魔法総会をぶっ潰して作った新たな魔法総会だ。
国を超えて魔法技術を高め合うことを目標に設立した総会で、魔法研究の成果の共有や研究設備の提供などを行い魔法研究全体の発展と活発化のために活動していた。
その活動は『極魔法皇』である『俺』がトップとなり、『超魔法使』の4人が取りまとめていたのだが、その拠点となる場所が『アルトメティアの塔』である。
この『アルトメティアの塔』、ミランダ王国の中ならばほぼどこからでも見えるくらいの高さを誇った塔だったのだ。
まぁそこまで高くなったのには色々と経緯もあるのだが。
とにかく、今大事なのはそれがどこにも「無い」ということだ。
実家にいる時は山中だし木や地形が邪魔で見えないだけかと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
確かにあれから200年以上経っているし、魔法総会も無くなっているかもしれない。
しかし、あの塔は『俺』が作ったのだ。たかだか200年程度で壊れるくらいヤワには作ってない。
実際幾度もあった世界の危機ですら傷一つなくそびえ立っていた。
それが、今はどこにも無い。
考えうる可能性は2つ。
1つは、なんらかの魔法で見えないようにされている。
そしてもう1つの可能性は、俺よりも凄い魔法使が破壊した。
こんなの、確認しに行くしかないだろう。
◇
突然なのだが、魔法学院では自主練習を好きな時に好きに行えるように自主練習場がいつでも空いている。
第1から第8まであり、1番広くて行きやすい第1が最も人気で、とても行き辛い第6が最も不人気だそうだ。
そして、食堂から『アルトメティアの塔』があった場所に向かおうとすると、ちょうど第6自主練習場の真横を通るのが近道になる。
何故こんな説明をしたのか?
それは、そこに見知った少年の姿があったからである。
「あれ……ケイ、だよな?」
そう、ケイ・ウィンドレア。同じSクラスの生徒であり、先程の試合で俺が圧勝した相手。
そのケイが、入学当日だからだろう、他に誰もいない自主練習場で1人、2つの魔法を並列起動する練習をしていたのだ。
練習を始めてもう既にだいぶ経っているのだろう。魔力をかなり消費していて息切れしている。
「僕が、平民、なぞに、負ける、わけには、いかん!」
狙いを定めて2つの魔法陣を展開するケイ。
しかし、魔法陣の空間固定が甘い。
これでは魔力の流れを制御出来ず、発動する前に霧散してしまうだろう。
「ぐ、う、僕の、魔力なら、僕の言うことを……!」
苦悶の表情を浮かべるケイ。
だがそれを嘲笑うかのように魔法陣はパキンッと音を立てて壊れて消えた。
……っておい、倒れたぞ!?
最初はそっとしておこうかと思ったがこれは放って置けない、慌てて助け起こしに行く。
と、そこで気付いたらしい。ケイが話しかけてくる。
「き、貴様……平民か。僕を、笑いにきたのか……?」
「バカ、喋るな」
パッと見軽い魔力不足か。
汗と息切れはあるが熱は無い、これなら少し休めば治るはずだ。
「おい、ケイ。お前本当にバカか?」
「急に、何を言うかと、思えば……。この僕に、バカ、だって……?」
「バカだからバカなんだよバカ。魔力ってのは人の生きる力でもあるんだぞ? 1人でこんなになるまで使ったら、下手しなくても死ぬぞ」
「貴様には、関係、無い、だろ」
「ある、同じSクラスなんだぞ? 目の前で死なれたら寝覚めが悪いなんてもんじゃない」
「おかしな、奴め」
それに、コイツは『俺』を目標にしてくれてるし、実際将来有望だしな。
本人には言えないけど。
魔力切れを治すには、とにかく安静にして魔力が回復するのを待つしかない。
一応魔力の譲渡は出来なくもないがそれは最終手段だ。
とりあえず、ケイの近くのベンチに座りぼーっと周りを眺めてみる。
もうとっくに日は沈み、辺りは暗くなっている。
魔力灯の光がぼんやりと道を照らしてはいるがそこに人影は無かった。
まぁ入学初日だしな。在校生も今日は休みだと聞いているので、尚更ここを使う人間はいないのだろう。
そんなことを考えていると、倒れっぱなしのケイが口を開く。
「平民、貴様こんな所で何をしていたんだ?」
「ちょっと塔を探しにね」
「塔?」
「いや、まぁ分からないならいい。というかお前こそ何してたんだよ」
「見れば分かるだろ、魔法の練習だ」
「練習?」
「あぁ、貴様に負けたからな」