自己中で何が悪い
さて、この小説は私が特に力を入れて書いた話の一つである。物語はこの世界と似た架空の世界が舞台だ。この世界には一つの特殊な魔法があり、それを利用する道具はとてもつもなく大きなエネルギーを発することができる。しかし、その道具を動かすことが出来るのは生まれつき左手に特殊な紋章の痣を持つごく少数の人間だけである。
主人公はその紋章を持ち、とても愛国心のある少女。国の命令で紋章を持つものは軍に徴集され、彼女も故郷を救おうと軍人になる。やがて起こるべくして戦争が起こってしまう。それぞれの立場や不条理を痛感し悩む主人公、誰もが悪になり善になる戦場で彼女は恋人からの手紙を握りしめて必死に生きていく。
女性が主人公の戦争もの、奥が深いストーリーでこの国では独創性があるとして注目を浴び評判も良い。売れているのは知っていたが、こうして自分の通う図書室に置いてあると、とても不思議な気分になる。
少しフワフワした気持ちのままで目的の本を見つけ、歩いていると、読書スペースの机で眼鏡をかけて読書をするマルコ様を見つけた。普段なら素通りするところだが、その読んでいる本が問題だ。
何故、どうして私の本を読んでいるのだ!
いや、何を読まれようとマルコ様の勝手だから私が気にする必要はないしするべきではないが、それが自分が書いた本なら話は別だ。しかも今読んでいるのは二巻、つまり一巻は読み終わったのか?読んでくれて嬉しい?恥ずかしい?言葉に表せない気持ちがヒタヒタと胸に染みていく。
「あれ、チネリ嬢?」
いけない、ガン見していたらこちらの存在に気が付かれてしまった。
「ごきげんよう、マルコ様。読書中にお邪魔してしまい、申し訳ありません。」
「別に構わないよ。そう言えば、前もそうだけど、よく眼鏡をかけていて僕だとわかったね。よく眼鏡をかけると別人に見えるって言われるんだけど。」
「…実は以前から図書室でマルコ様をお見かけしていたのです。雰囲気が違うとはいえ、よく見れば同じ人物ですから。」
眼鏡をかけるとその人の印象が変わるのはよくある話だが、マルコ様の場合はその差が大きい。殿下のご友人であるということもあるけれど、容姿が整っているので目立つ。だから、読書など一人で居たい時は眼鏡をかけているようだった。恐らく度は入っていない伊達眼鏡、または目の疲れを和らげる魔道具であろう。
「それもそうか。しかし、どうして今日は僕のところで立ち止まったんだい?今の話を聞いたところ、普段は通り過ぎているんだろう?」
「実はマルコ様が今読んでいらっしゃるその本が気になってしまったもので。」
ここは素直に答えておくのが良いだろう。
「チネリ嬢はこの本を知っているのかい。」
「はい、読みました。マルコ様はどのような感想を持たれましたか?」
私が書きましたからね。ここの図書室では小声でのお喋りは可能である。せっかくなので読者の意見をちょっと聞いてみることにした。
「色々な視点で物語を読み取れて面白い。特に主人公が上官の命令で一方的な夜襲をするシーンが印象的だった。彼女がその作戦に反抗的な気持ちに無理やり蓋をしているのも心に残ったが、それよりも涙をこらえながら命令する上官に胸を打たれたよ。」
「そうですか。」
プラスの評価をもらえたことはなんだか自分が認めてもらえたような感じがして、嬉しかった。
「…チネリ嬢、最近の学園は楽しくないのかい?」
「えっ?そんなことはないですよ?」
「そう、思い違いならいいんだ。ただ、この頃のチネリ嬢の表情が以前より暗いような気がして。」
「本人である私にはわからないですが、マルコ様の指摘も大切です。もしかしたらそうなのかもしれません。」
「やっぱりモーリッツ嬢がいないことは大きい?」
ヒリリと、今まで気が付かなかった心の傷を見つけられた気がした。もしかして私は寂しかったのか。私は大丈夫だと気にしないと、自分を可愛がっているつもりだったけど、やっぱりあの子が心配なのか。
「…わかりません、マルコ様。」
「そう。」
「でも、少なくとも私はあの子が可哀想だと思っています。あの子は悪くない。素直に、男爵が差し伸べた手を希望だと思って掴んだ。偶然悪事に巻き込まれてしまった可哀想な子なんです。」
それは今、見つけた傷に残っていた私の思いだった。
「チネリ嬢は優しいんだね。」
「優しくなんてありませんよ。可哀想だと思う自分に自惚れているんだと思います。」
「でも、優しいよ。誰だって優越感は得たいものだ。だから問題なのはその思いの動機ではなく結論だよ。君は優しい。」
優しく微笑むマルコ様をみて、何故か私は強く安堵してしまった。
「…では、私はともかくマルコ様にとって私は優しいということにしておきます。」
「わかった、それでいいよ。そうだ、君が感じたモーリッツ嬢への思い、父上にも話しておくよ。確かに彼女は悪くないのかもしれない。」
それからしばらくして、マリア達の処分が決まったとマルコ様から聞いた。調べによるとモーリッツ男爵は帝国に秘密裏に買収され、マリアを利用することで王家の力を弱体化または掌握をしようとしていたそうだ。男爵は裁判にかけられ法律で厳しく罰せられる。帝国からは謝罪文が送られたそうだが今回の事件は内容が内容なので両国の関係は悪くなることは避けられないだろう。しかし、外交官の腕がよかったのか血は流れずに済みそうだ。
そしてマリア、やはり彼女はモーリッツ男爵家から出ることになる。私の意見が組み込まれたのかどうかは知らないが、彼女は巻き込まれた被害者として扱われるそうだ。
私はあれからマルコ様と話すようになった。マリアとは文通を続けているが、気軽に会えるような仲ではなくなったせいもあり一人でいることが多くなったところに、マルコ様が話しかけてくれることが増えたのだ。マルコ様は友人である殿下が公爵令嬢に付きっきりなので学園では遠慮して二人から距離を置いているそうで、友達と離れている者同士でお喋りをした。マルコ様との話題は本の話が多く、二人で様々な本について意見交換した。そういえば、マリアに渡した本をきっかけに彼女も読書にハマったと手紙に書かれていた。孤児院ではあまり多くの本を読めなかったそうで、いっぱい読んで知識をつけているそうだ。そのうち私の本も読むかもしれない
それからの学園生活は大きな事件も起きず、穏やかにかつ楽しく過ぎていった。あれからマリアは庶民向けの高等学校に特待生としての編入を決め、そこで勉強をしているそうだ。充実した生活をおくれていると手紙には書かれていた。なによりである。
月日は流れる。
私は無事に学園生活を謳歌し、そして卒業をして数日が
経った。私は小説の仕事でまだ王都の伯爵家の別邸に残っていた。侍女が淹れてくれた美味しい紅茶を片手に自室でマリアからの手紙を読んでいた。最近、町で恋人ができたそうで、手紙の内容は恋人の話が多い。春ですね。彼との仲は順調なようで、幸せですという感情が手紙に詰まっている。読めば私の乙女パワーも増すだろうか。そんな風に手紙を微笑ましく読んでいた時である。廊下を誰かが急いで歩いてくる音がした。
「お嬢様!マリア様がいらしております!」
ノックをして入ってきた侍女がそう伝えてくれた。いきなり訪ねてくるとは何事か。私は彼女の案内でマリアが待っている部屋に向かった。
「マリアさん、来る前には連絡をいれてくれないと困るわ。」
「ごめんなさい、エレナ様。焦っていたんです。」
「まぁ、いいわ。正門ではなくちゃんと裏口から訪ねてくれたのはいい判断だったわよ。」
我が家には3つの入り口がある。一つ目の正門は文字通り館の正面にある大きな門で、そこから伸びる道は館の正面の入り口につながる。この入り口には広い車止めもあり、パーティーなどでお客様がいらっしゃった時に使う入り口である。二つ目は正門の隣にある正門よりも小さな門で、私など伯爵家の人間が普段使う入り口。そして館の裏側にある裏口は使用人や出入りの業者が使っているのだ。
「それで、どうして急に私に会いに来たのよ。」
「ニコルがわからないんです。」
「ニコルさんって確かあなたの彼氏よね?彼がどうしたの?わからないってなによ。」
「えっとですね、エレナ様、これを見てください。」
「これってお見合いの写真?」
「はい、そしてそれがニコルなんですよ。」
「恋人から見合い話がきたってこと?」
「いいえ、他の話と同じように送られてきたんです。釣書にはリーノ商会の経営者の息子で跡継ぎだと。」
マリアが庶民に戻るとき、国から与えられたものがある。それが貴族の社交界への参加許可。彼女が学園に通っていたことを考慮した結果だそうだ。普段貴族以外の者が貴族のパーティーに呼ばれることはないが、大きな力を持った商人などの一部の人間が参加出来るように作られた制度である。いくらブルジョアの中でも金持ちだったとしても簡単には得られない権利なのでこれを欲しがる人間は山ほどいる。だからマリアとの縁を結び、権利のご利益を得ようと、日々見合い話が絶えないと彼女は手紙でも訴えていた。
「あら、良いところの人だったのね。」
「でもっ、ニコルは自分が商会の息子だなんてことは言ってなかったんですよ!今まで黙っていたの!それがなんということか!突然見合い話だなんてどうかしていると思いませんか!」
マリアは鼻息荒くこちらに身をのりだして訴えている。
「そうね、恋人との見合い話がくる時点で変な話よね。…じゃあ、マリアさんは自分が以前貴族をやっていたってニコルさんに話したことはあるの?」