本はいいぞ
空いている部屋を確認し、使用者名簿に名前を書くと、私は二人と共に談話室に入った。
「でもっ、なんでぇマルコ様が?」
「ロバーツ侯爵家は代々王家の懐刀として有名な御家よ。それに領地にいた私と違ってマルコ様は王都で成長されたの、普段からユリウス殿下とも親しくしている。そういうわけで国の中枢に伝をお持ちだからこういう相談に乗ってくれると思ったの。どうでしょうマルコ様?」
実はマルコ様は小説にも王子と公爵令嬢の幼馴染として登場する。まぁ、それはどうでもよくて。
「チネリ嬢からの信頼を嬉しく思うよ、そしてそれには応えたい。さて、モーリッツ嬢、詳しく話を聞いてもいいかい?」
「わかりましたっ。お役に立てるのなら答えます。」
マリアは事の大きさがわかっていないようで、素直に質問に答える。だが、話を聞くほど大問題だ。マリアが言ったことは男爵が国に偽ってまで彼女を入学させたということ。本来ならば貴族の縁者でなければ学園に入れない、つまりそうしてまでも男爵は彼女を入学させたかった。しかし、何故?メリットはあるのだろうか?マルコ様も疑問に思ったらしく、眉間に皺が寄っている。
「そういえば、最近の男爵の羽振りが妙に良いと兄上が言ってたな。」
思い出した、そうマルコ様が口にした。
「私の知る限り、モーリッツ男爵が何かで成功したとは聞いていませんね…。マリア、何かしらない?」
「私は男爵家のことはよく知らないんですっ。」
「どこの商会を贔屓にしているとかはわからないかしら?」
「贔屓かは知りませんけど、学園の近くの赤い看板のお店と同じマークの商人さんが来ていましたよっ。」
「あそこは有名な商会だ、うちも世話になっているし、怪しい噂も聞かないから、関係はないだろうね。」
恐らくリーノ商会だろう。王都で多くの富裕層を相手に商売しているそうだ。私の家では利用したことはないけれど、マルコ様が言うのであれば信用出来るだろう。
「あ、そう言えば男爵様がそれはそれは丁寧に相手をしていた方がいらっしゃいました。お金のやり取りをしていたのでその方もきっと商人さんですよねっ!」
「あら、どこの方でしょうね?マリアさんわかりますか?」
「知らないですよぉ。男爵様が『わざわざ帝国からいらっしゃっているのだから無礼なことはするな。』って散々言ってくるので覚えていただけですっ。」
マリアよ、それは知っていると言うのだ。
「帝国から…?」
「急にきな臭くなったわね…。」
「あれっ?どうかしましたか?」
「帝国よ、帝国はうちの国と国交がないって授業で習わなかったかしら?覚えていない?」
「まったく絶たれていると言って良い。だから男爵が帝国と関係を持つなんて普通じゃありえないな。」
帝国は我が国の隣国だが鎖国体制なのでその内情がまったくわからない未知の国である。二百年くらい前なら小競り合いもあったが今はなく、彼の国がわずかに貿易をしているのは私のいる国とは違う国である。正直二か国の関係は悪い。だから帝国が本当に干渉していたら滅茶苦茶ヤバい。
「マリアさん、あなたが男爵の実子でない事や男爵が帝国とつながっていることは他の人には言っちゃ駄目よ。」
「えぇー。」
「そうしてくれ、この話は責任を持って父に伝えておくよ。その後再びモーリッツ嬢に話を聞くと思うから、その時はまたよろしくお願いする。」
「わかりましたぁ。」
それから三日間くらいはマリアと出来るだけ一緒にいた。注意したとはいえ、この子のことだからうっかり口を滑らせかねないからだ。そして、王宮から使者が来て、マリアを引き取りに来た。残念ながら、貴族であるという入学条件から外れてしまったマリアを今後も学園に通わせ続けるわけにはいかないようだ。男爵関連の事情聴取も兼ねてしばらく王宮が預かってくれるらしい。だからマリアとはここでお別れだ。
「エレナ様ぁー!寂しいです!一緒に来てくださいよぉ!」
「それは出来ないのよ、ごめんなさい。」
「でもっ、エレナ様いないと私、いつポカするかわからないんですよぉ!不安で不安でぇっ。」
自分の短所を理解するのは良いことだ。しかし、それに私を巻き込むな。
マリアは私から中々離れようとしない。寂しがってくれているみたいだ。…仕方ないか。使者の人に一言いい、寮の自室に一度戻った私は一冊の本を抱えて戻った。
「マリアさん、この本を持って行きなさい。物語で、あなたも読めると思うの。私は行けないから代わりだと思ってちょうだい。」
私は持ってきた本を手渡す。一週間前に本屋で買った本だ。既に読み終わったが主人公の成長が楽しい読みやすい一冊である。
マリアは本を受けとると、それを強く抱き締めて、名残惜しそうに学園を去って行った。
マリアがいなくなると私の学園生活はとても静かになった。私が寂しがっているのではと心配してくれる優しい友人もいた。しかし、私は変わらず楽しい青春生活をするのだ。
さてさて、今日は図書室に来た。貴族の学園なだけあって蔵書数は素晴らしい。絵本も専門書も様々ある。私は目当ての本を探して物語の書架のあたりを歩く。
「あっ。」
その中にとてもよく知る背表紙を見つけた。
「誰か読んでいるんだ…。」
全部で六冊ある内の一から三巻までがない。
それは、その本は、私が書いた本だった。
転生する前から物語を読むのが好きだった。沢山の登場人物に想いを馳せた。そのうち、自分の頭の中で様々なキャラクターが動きだし、物語を紡ぐようになった。誰にも言わなかったが、小説家になりたいと考えたことだってある。
せっかく転生したんだからなにか書いてみよう。乳母の妹の伴侶が出版社に勤めている人だと聞いたのがきっかけだった。書いた原稿を試しに送ってみたら本として出せることになった。するとありがたいことに評判が良く、さらに本を書き続けることができ、今も続けている。ペンネームで活動し、プロフィールを徹底的に隠しているので、巷では筆者の人物像も様々想像されているらしい。ちょっと歯痒さも感じるが、好きに妄想すればいいと思う。