ほどよい素直さって必要だと思う
近頃、マリアと話していて気が付いたことがある。マリアは確かに空気が読めないが、それ以前に庶民なのである。
この世界、いくらジャパニーズファンタジーとはいえまだまだ身分差は大きい。貴族と庶民では物の考え方があまりにも違う。そしてお互いにその差をよく理解していないのだ。だからこそ根っからの庶民だったマリアには貴族が理解出来なかったのだろう。勿論彼女に貴族を教えようとした人もいるけれど、その人も庶民を知らないからマリアの心にはその人の言葉がちゃんと届かない。なんというすれ違いが起きてしまったのか。
でも、マリアだって一緒懸命な子だ。彼女の勘違いをしっかり分析していって、細かく丁寧に教えて上げれば彼女だって理解してくれた。彼女は自分が元庶民だからと蔑まれていると思っていたらしいが、そうではない。そして彼女を初めから非難するのもよろしくない。彼女の意見に同意しつつ、彼女が納得できるように心がけている。
私の努力もあってか、明らかに浮きまくっていた彼女も段々とクラスメイトと話が出来るようになっていた。周りも彼女を少しずつ理解してきている。小説のストーリーなんて知ったこっちゃないが、クラスの雰囲気が悪くなるのは御免である。私は青春を穏やかに過ごしたいのだ。マリアを諭すのも結局は自分の為である。
さて、これでマリアも友達が出来て私という存在から親離れするだろうと思っていたのだが…。全然離れてくれないわけで。そりゃそうなるか。必要な他の友人との交遊は保たれているし、別に悪い気はしないのでそのままなつかせている。妹分が出来た気分だ。私は一人っ子なので少し新鮮な気分である。
「しかし、マリアさんも大分落ち着きましたね。皆様とも仲良くやれているようですし、私物凄くホッとしているわ。」
「うー、あの頃の私が世間知らずだったんですよぉ。思い出させないでください。」
放課後、開放されている食堂の隅での雑談で少し前の彼女のことを話題に出せば、彼女は黒歴史に触れられたくない様子であった。
「ごめんなさいね、ついあなたの成長を感じてしまったの。」
「エレナ様のおかげですっ。」
貴族に馴染んできたとはいえ相変わらず元気な姿は微笑ましく思えてしまう。
「そういえばマリアさん、殿下のことはもういいの?あんなにお熱だったのに。」
「はい、よくよく考えれば、私が殿下の目に留まろうなんてなんて身のほど知らずの行為だったのか。」
入学してしばらくは小説同様、殿下にしつこくまとわりついていた彼女だったが、最近はそんなこともしなくなった。
「私、貴族とはいえ下位の男爵令嬢ですし、上位貴族の仲間入りをするほどの器もありません。それによくよく考えれば、男爵にのせられていただけで、私は王子殿下のことを好きでも何でもなかったんです。あっ、王族としての敬意はありますよっ!」
「男爵にのせられていた…?」
貴族初心者のマリアはともかく、男爵がそうした?殿下と公爵令嬢は婚約こそしていないが、殿下が公爵令嬢にぞっこんなのは社交界ではそれなりに有名な話だ。
「…ええ、男爵は私に、『お前なら確実に殿下に気に入られるだろう。だからなんとしても好かれろ』って。」
「なんかそれ、変じゃないかしら?」
「私もそう思ったんですけどねっ、まぁ孤児院にいた私を引き取ってくれたわけですし、言うことは聞こうと思って。」
「孤児院にいたの?私てっきりお母様と一緒に男爵様に引き取られたのかと。」
「何言っているんですか、私、母親どころか親の顔も知らない孤児ですよぉ。」
ん?あれれ?
「…でも、マリアさんはモーリッツ男爵の庶子なんでしょう?」
「あぁ、あれはただの建前ですよ。そう言えば私でも入学できるって。」
つまり本当はマリアは貴族じゃないと?この学園は貴族だから入れる学園だ。庶子だというのはそこに無理やり入れるために男爵が言わせた嘘なの?
「マリアさん、あなた正直すぎるのも良くないわよ…。」
「え、いきなりなんですか?」
「あなたの話を聞いて思うことがあったの。ちょっとついてきてくれる?私が許可するまでちょっと黙っていてちょうだい。余計なこと喋られたら困るから。」
周りに人がいなくてよかった。他人に聞かれて噂になって話に尾ひれがついたらよろしくない。私はマリアの腕を掴んで人を探す。フリースペースとして開放されている食堂には大勢の生徒がいるが、その中でも上につながりがある信頼できる上位貴族の生徒を探す。殿下が目に入ったがダメだ、公爵令嬢と一緒だし、何よりも周りの目があり目立つ。他にいないのか…。
ふと、壁際で眼鏡をかけて本を読む地味な生徒を見つけた。私はこの生徒を知っている。マリアを連れて私は彼のところに行った。
「マルコ・ロバーツ様。私から話しかける無礼をどうかお許しくださいませんか?」
「チネリ伯爵令嬢…?何か用だろうか、構わないから話してくれるかい。」
私が話しかけた男子生徒はロバーツ侯爵家の四男マルコ様。本来下の身分である私から彼に声をかけるのは無礼だが、今回は仕方がないし、許可が出たからいいことにしよう。えっ?マリアはいいのかって?いいことにしてくれ。
「マリア、あなたが先程言っていたことをもう一度言ってくれるかしら?」
「え、どの話のことですか…?というか、えっ、マルコ様…?」
マリアが吃驚した様子で私を見る。彼は普段は眼鏡をかけていないから、眼鏡をかけて雰囲気が変わったマルコ様に驚いたようだ。
「眼鏡をかけていらっしゃいますがマルコ様ですよ。」
「あぁ、そうだよ。モーリッツ嬢、驚かせてごめんね。」
「いえいえ、私が気が付かなかっただけなので。それで、エレナ様ぁ、さっきの話っていうのは私が男爵様と血が繋がってないってやつですか?」
「それよ。」
「なっ。」
マルコ様の表情が驚きを表す。マリアは何故こうなっているのかわからない様であたふたしている。
「マルコ様、そういう訳なんでお話がしたいのですが、いかがでしょう。」
「あぁ、聞くよ。しかし、内容が内容だから場所を移りたいな。」
「それなら、個室利用の回数券があるので談話室に行きませんか?」
「いいだろう。」
寮に隣接する談話室には個室があり、生徒が借りることが出来る。マリアと貴族のお勉強をするのによく利用するので、私は回数券を持っている。
「エレナ様、さっきの私の発言ってそこまで重要なことだったんですかぁ?」
「ええ、大変なことになったわ。」
移動のために荷物をまとめようと私は一度席を離れた。