恋する乙女は美しき
「その髪飾りって、なにか意味があるの?」
レイナスの髪についた髪飾りについて気になったらしく、ラフィスが尋ねる。アシンメトリーに伸ばしたもみあげの右側片方にひとつ、長めの後ろ髪を纏めるのにひとつ、嵌められた赤い玉。それが気になる様子のラフィス。
「んーと、な。俺らレインハーゲンの王族は、年頃になると親から二つの髪飾りを貰い受けるんだ。それで、心に決めた相手に片方の髪飾りを渡す事で婚約の契りとするしきたりになっててよ。まあうん、この旅で一応、俺の結婚相手も見つけてこいって話になってる」
「王族って、許婚とかそういうイメージなのだけど、違うのね」
「いや、昔居たらしいんだけどなあ。……なんかそのお姫様行方不明になったらしくて破談になったんだわ。もう覚えてねえんだけど、幼い頃は一緒に遊んだりしてたらしいのもあって……心配だな。生きててくれたらいいんだがよ」
そう言ったレイナスの顔は少し寂しそうだった。
「……レインハーゲンは大国だから、結婚望む姫様がた多くてよ。あんまり気乗りしねえんだよなぁ」
「あらあら、おモテになるようだから嬉しいことなのではなくて?」
「俺から吹っかけるのは良いんだけど、向こうから来るのは下心が透けて見えて得意じゃねえな」
王子には王子のつらさがあるのだろう。溜息まじりに答えるレイナス。
「このクエイラの森を抜けたら鉱山だ。そこは街だからベッドで眠れるだろうが……この森深いから野宿覚悟しねえとな」
「構わないわ。旅に出ると決めた時点で覚悟はしてる」
「女ってそういう、なんか度胸すげえよな。俺は正直野宿したことねえからあんましたくねえや」
王族として城で暮らしてきた故か少し抵抗があるのだろう、レイナスはあまり気乗りしない様子だった。気が鬱蒼と茂るこの森で馬を走らせ続けるわけには行かないので、ゆっくりと歩かせながら鉱山をめざす。
「これからそんなこと多々あるわよ。あまりそういうこと言わないの」
「分かってんよ。ただなぁ、いつもぬくぬく寝てたからな……と。あれは」
森の中は気が生茂り暗いのだが、木があまり生えていないところがあった。日がさし、そのせいか美しい花がたくさん咲く花畑となっていた。その中で、水色の波打った豊かな髪とドレスを広げて眠る少女がいた。それはまるでお伽話に出てくる姫君のようで。美しかった。
「こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」
「そうよ、起きて」
魔物が居ないわけではないこの森の中。放っておくわけにも行かない。二人はその少女を揺り起こした。
「……んん。あら……私、眠ってしまっていたのですね。ここ、あまりに暖かかったものだから……」
少女は起き上がり、レイナスの顔を見上げる。
「ああ!レイナス様ですね!!お待ちしておりました」
「何故俺の名を……」
「王子が美しい銀の髪をしていらっしゃるのは有名なことです。……そして私、貴方が本日いらっしゃること、分かっておりましたの」
「それは何故……?」
少女は鞄から布に包まれた大きな水晶玉を取り出した。
「私、この水晶で未来を見ることができるのです。自分の見たい未来を見ることは敵わないのですが……。それでも、貴方様がここを通ることは随分前から存じておりましたわ」
「そうだったのか……俺も同じような力の本を持ってるから不思議ではないが」
そんなことを言っていたら、予言の書がぽっと光を帯びた。パラリと開いてみる。
──青の守護者の娘と、花咲く広場にて出逢う。
その娘、王子に想いを告げん。
「私、この水晶玉で貴方を見たその時から、ずっと想っておりました。私を旅にお連れください。ずっと、……ずっと、お慕いしておりました」
「お、おう……」
見ず知らずの乙女に告白されるなど初めての経験。それに驚いたのと、この水色の髪の少女が青の守護者であると告げるこの書の文章に、驚きを隠せなかった。