炎を纏う四天王
馬で駆けること20分ほど。橋のかかった川を渡った先で、予定通りたどり着いた修道院。めらめらと燃え盛る炎が、凄惨な現状を物語る。ラフィスは声も出ないような様子で、燃える炎を眺めていた。
「シスターは……?子供たちは……?」
やっとのことで絞り出した声。
この修道院は孤児を引き取り育ててもいる。幼い子供たちが沢山いるはずだ。
「……」
すぐそばに流れる川の水をばしゃりと浴びるレイナス。
「……え」
「まだ生きてる奴がいるかも知れねえだろ。……行ってくる」
「……私も行くわ」
そう言って、ラフィスもバシャバシャと水を浴びる。そして、レイナスに向けて右手を翳す。
「気休めにしかならないかも知れないけれど……。聖なる護りの壁を、ここに」
眩い、それでいて温かな光が互いの体を包み込む。
「すげえな。これなら、行けそうだ。ありがとう。ラフィス」
「ええ。いきましょう、レイナス」
2人は今にも燃え落ちそうな扉を開け、修道院内へと乗り込む。中は火の海だった。その中でも弱いところを選び中へ中へと進んでゆく。
「非常用の避難場所が地下にあるのよ。皆がいるとしたら、きっとそこ。この奥の大聖堂の裏にあるわ」
「奥……なあ。炎がどんどん激しくなってる。急ぐぜ」
2人は燃える炎を躱しながら、大聖堂へと進んでゆく。あともう少しで大聖堂、と言う時。その大聖堂の扉の向こうで声がする。
「……どこにいるの?ここに赤の守護者の娘がいるのは分かっているのよ。隠すなら……」
「きゃああ!」
「やめてください!子供達にだけは手を出さないで!」
見知らぬ女の声。誰かを探している様子だ。そして悲鳴は、孤児の声だろう。それを守るように叫ぶ声も聞こえる。
「……何をしているの!!?」
「ラフィス!不用意に開けるな」
そう止めるのも聞かず、ラフィスは耐えきれずその大聖堂の扉を開けた。
その向こうにあったのは、脅すように子供達に手を向けた、髪が燃える炎でできた女性だった。化物の類である、という事はその姿から容易に想像がつく。この修道院に火をつけたのが、きっと彼女であることも。
「……あら。その服。この修道院に住む娘ね?……その赤みがかった髪……」
ラフィスの姿を見て、炎を纏う女性はぶつぶつと呟く。
「分かったわぁ。……魔王様が仰ってた守護者の小娘って、貴女でしょう」
「守護者……?魔王……?何を言っているの」
ただ分かるのは、その守護者というのがラフィスのことだとすれば、それを探して修道院を襲いにきたということ。……つまり、この惨状は、私のせいか。ラフィスがそう確信した瞬間、ラフィスに炎の矢が飛ぶ。あの女性が放ったものだと理解した時には遅かった。
「きゃあああ!」
──ザンッ
剣が風を斬る音。恐ろしくて思わず閉じてしまっていた目蓋を開けば、女性との間に立ち塞がり、身の丈ほどの剣を構えるレイナスの姿がそこにあった。
「……ラフィス。無事か」
「え、ええ」
「俺の後ろから出るなよ」
そう言った彼のなんと頼もしきことか。ラフィスも装備していた短剣に手を伸ばし、ゆっくりと立ち上がる。
「でも、あいつは私のことを」
「俺はお前を護る義務があんだよ」
義務。義務って?なんて疑問を挟む余地は今はない。
「ふん。私の魔法を剣で弾くなんてね。……何者なの?」
レイナスのその行動は、炎を纏う女性の怒りを買ったらしい。魔力がさらに強まり、髪に纏う炎がより一層燃え上がる。
「一応名乗っておきましょうかね。私は魔王軍四天王が一人、フェイラよ」
「……魔王の手下って訳か。俺はレイナス。その魔王を倒す男だ」
「減らず口を。……黙りなさいな!!!」
フェイラがこちらを見ている隙に、シスターと子供たちは避難場所へ逃げたようだった。フェイラは既にラフィスにしか興味がない様子。そんなことなど気にも留めていない。叫んだと同時に、炎の魔法が幾らかこちらへ飛んでくる。レイナスはそれをまた剣で薙ぎ払う。
「……ふん。流石は王子、といったところかしら?でも、これならどう?」
先ほどよりも大きな炎が襲い掛かる。流石に、剣では弾けはしないし、レイナスは身を守る魔法を持ち合わせてはいない。躱してはラフィスに当たってしまう。ラフィスがかけてくれた魔法と、浴びてきた水……もう乾きかけてはいるが。……これに賭けるか?などと考えた矢先。予言の書がポッと光を帯び、その光がラフィスへと飛び、その身を包む。
「ラフィス……!?」
「……足手纏いにならないって、言ったでしょう?聖なる力よ!王子を護れ!」
ラフィスから放たれた光がレイナスの目の前に壁を作る。それが全ての炎を吸収したのだった。
「な……なんですって!?目覚めたというの!?」
「ラフィス。ありがとうな。……と。」
光った本を確認しようと開いてみれば、追記された文章を見る前に、光とともに短剣が現れる。華奢な装飾のその短剣は、ラフィスの瞳によく似た赤い宝石がついていた。
「……その短剣は……」
「お前のだ、きっと。」
──聖なる赤の守護者、目覚めん。
短剣を手に取り炎の魔女に立ち向かわん。
「……すごい魔力を感じるわ」
レイナスはそっと、その短剣をラフィスに手渡す。
手に渡った途端に、ラフィスの魔力が増幅されたのを感じる。
「……まさか、守護者の力が目覚めてしまうだなんて。魔王様もそんなこと仰ってなかった……」
「今度は私達の番よ!!」
「はあぁ!!!」
レイナスは雷の魔法、ラフィスは聖なる光の魔法を使い、フェイラに向かってそれを放つ。
「ぎゃああああ!!……畜生、覚えてらっしゃい!!!」
フェイラは、その魔法を防ぐことも出来ず浴びてしまい、ボロボロになった体を引きずるように少しだけ歩くと、瞬間移動の魔法を使い姿を消してしまった。