赤の乙女との出会い
レインハーゲン王国の城下町。石造りの家屋が並ぶ見事な佇まいのその街は、その美しさでも有名だった。ただ、隅々まで美しい、と言うわけでもなく、衛兵の目が行き届かない所もあった。
スラム、と言うほどでもないが、少しガラの悪い連中の集まる場所。少女のか細い悲鳴が聞こえたのはそこからだった。
「きゃああ!…やめて!私、早く帰らないといけないの」
「良いじゃねえかねえちゃん。ちょっと遊んでこうや」
赤みがかった桃色の髪。長い前髪で何かを隠すように左目は隠れているが、右目は真紅の瞳でまるでルビーのよう。そして、透けるような白い肌。少し強気に見えるその赤い瞳は、幾人かの荒くれ者に囲まれていると流石に怯えているようで。
そのとき、また予言の書が光る。このタイミングで光ると言うことは、やはり。
「おい。女一人にそんなに囲わねえと手が出せねえとか男の風上にも置けねえな」
「なんだお前。やるってのか」
声をかけてみれば激情した男が襲い掛かってくる。振りかぶってきたその拳を躱し、鳩尾にこちらから拳を叩き込む。
「グハッ……!!?」
「……全く。いきなり殴りかかるなんて不敬な奴だな。ま、この辺にいる時点で敬意なんてないか?」
「その銀の髪……まさか」
鳩尾あたりを抑えながらその男が倒れたとき、一人の男が呟く。
この国の王子が銀の髪をしているなんて、この世界では常識である。そして、その王子が爽やかな見た目とは裏腹にとんでもなく強いことも。
「も、申し訳ございませんレイナス王子……!」
「……ん。俺の国でもうこんなことすんじゃねえぞぞ。今回は見逃してやる」
「……は、はい!」
男達が立ち去ったあと、蹲み込んでいた桃色の髪の女性に声をかける。怯えていた瞳も、少し安心感からか微笑んで見える。
「ありがとうございます。レイナス王子。……まさかこのような形でお目にかかれるとは思いませんでした」
「……おう。無事か?怪我は?」
「特にございません」
品のある対応。どこか高貴さを感じさせるような。そんな女性がなぜこんな所をうろついていたのか。
そんな時、また予言の書が光る。
──赤の守護者の乙女、屈強な者に囲まれ路地裏にて怯え…
この一文は男に襲われていたあの頃光ったものだろう。その先にもう一文追記された文章が気がかりだった。
──西。赤の守護者の住まいにて、黒煙立ち上がらん。
「……その本は?」
「悪い、その説明は後だ。……お前の家は西にあるのか」
「……何故、それを?確かに私は西にあるリエラ修道院の者ですが」
よくよく見れば彼女の身に付けた衣と胸元の十字架は修道院のものだ。
「……丁度あの煙の方向か」
「……え!?」
ふと西を見上げると、真っ黒な煙が立ち上っているのが西の城壁の外に見えた。
「嘘、そんな。」
「俺は様子を見に行ってくるが。……お前はどうする?」
「……私も戻ります。……あと、私はラフィス。ラフィス・マイオレートと申します」
「ラフィス、戦闘の心得は?悪い予感がする。あまり経験がないなら、街に残った方がいい」
「短剣ならある程度使えます。あとは、回復魔法も。……危険なのは承知の上です。修道院は私の故郷。多大なる恩もあります。どうか、連れて行ってください。足手纏いにはなりません」
「分かった。なら、行くぞ」
「はい!」
二人は連れ立って城門を出て、道なりに西へと向かう。修道院は、街から馬で20分ほどのところにある
。城から旅立ちのために連れてきていた馬にラフィスを乗せ、レイナスも跨り、そのまま駆ける。
「そういや、んな畏まった口調で喋らないでくれ。俺もこんなんだからよ。……呼び方もレイナスでいい」
「……わ、分かりました」
相手の身分がわかっていれば当然だろう、なかなか切り替えが難しいようで、敬語で返すラフィス。緊張と心配で強張る彼女を少しでも落ち着かせようと、そんな他愛のない話をしながら駆けていった。