恋をするということ
『ねえ、レイナス様っ!』
愛らしい姫君が俺を呼ぶ。
これは、10年以上前の記憶。いなくなった姫君はどこに行ったのか。姫君と、時折遊ぶ機会があり、その度とても楽しかったのを覚えている。……今思えば初恋だったと思う。
政略結婚だとは分かっていた。だけれど、俺は彼女と一緒にいるのが楽しかったし、幸せだった。
だけれど、ある日届いた手紙に書かれていたのは残酷な真実。姫君が拐かされ消えたのだということ。
なので、婚約は白紙にして欲しいということが淡々と描かれたその手紙。
ショックを受けはしたが、仕方がないと納得した。
それに、姫君を自分に縛り付ける事は、ひとつの不安要素でもあったから、ある意味、解放してあげられたのかな、なんて思えたりもした。
姫君が、無事でさえあれば。いいのだけれど。
「……」
「レイナス様、どうされたのですか?」
「いや、なにも」
昔の思い出に浸り、物思いに耽っていただなんて言える訳もなく。セシリアの問いに適当に答える。セシリアは、何を言っても俺についてくる。冷たい対応をしても、だ。……物好きな奴だと思う。というより、自分が最低過ぎるのだが。こんなに可愛らしい娘さんが、好意を寄せてくれている。それは有難い事で、幸せなことであるのだが。どうしても気乗りしないのは、まだ忘れられぬ彼女が胸の中にいるからか。……それとも、他に……なんて、馬鹿馬鹿しい。俺にはそんな色恋に時間を費やす暇などない。不要なものに時間を割いて何になるというのか。
「レイナス様は……わたくしのこと、お嫌いですか?」
「え」
水色のふわふわした髪を揺らしながら、セシリアは尋ねる。不安によるものかほのかに濡れたその瞳は、それでも真っ直ぐにレイナスを捉えていた。
「嫌いではねえさ」
「……でも、好きでもないと言うわけですよね」
「まだ出逢ったばかりだろう」
「それはラフィスとだって同じはずです」
「なんで、ラフィスの名前がそこで出るんだ」
レイナスは素直に聞き返した。今はセシリアとの間柄の話をしていたはずだ。何故そこでラフィスの名が出るのか、訳が分からない。
「レイナス様は、ラフィスがお好きではないのですか?……レイナス様がラフィスを見るときのその瞳が、優しく見えます」
「え」
全く無自覚だったところを指摘され、間抜けな声を上げてしまう。
「……違いますか?」
「……俺は誰も好きになんてならねえよ」
「それは、どういう……」
「好きになっちゃならねえんだ。……つう訳で、お前を好きになる事もねえ。気持ちは嬉しいけどな」
レイナスはそう言うと立ち上がり、部屋へと戻っていった。
「どういう、意味なのですか?レイナス様……」
振られたのだ、ということは解る。だが、好きになってはならない、とは?何か王族の仕来りでもあるのか?だが、王と妃殿下は恋愛結婚だと聞いているし、誰かと恋をしてはならないなんてことはないはずだ。なのになぜ、レイナスはあんなことを言ったのか。振られた悲しみよりも、その疑問の方が大きくて。セシリアは軽く頭を抱えた。