破れた約束
次の日の朝のこと。
皆とあんなに夜遅くまでゲームを楽しんだというのに、レイナスは早々と起きて仕事をこなしていた。
脱税の疑いのあるトリニダード侯についての報告が上がってきていたためだった。結果は黒。実際とれている採掘量と報告されている採掘量の差異が明らかに存在し、勿論税として納品されている石は報告の量を元にしているので、その分の石をどこかに流している形跡もあるようだ。
「ファルドの情報は正しかったって訳か。……この報告書と、この書類を陛下に渡してくれ」
制裁を加えるための書類を仕上げ、報告書と共に父に渡すよう使用人に預ける。あとはトリニダード侯に強制の取り調べが入り、何らかの制裁が加えられるはずだ。
他にも、王子としての権限で済む書類に次々とサインをしていく。明日、船の準備が出来たら、海を渡り、隣の大陸へゆく。そのあとも、いくつかの島国や大陸を渡ることになるため、しばらく国に戻ることは出来ないだろう。なので、出来ることは今のうちにしておきたい。
「ふう。……これが最後の書類か。なんとか昼までには終わったな……と」
最後の書類……というか、こちらには手紙が着いていた。とはいえ、他国とのやり取りもあるため珍しくはない。が。
「婚約の願い出かよ……要らねえ。いやでも……この国……」
ソシアバーデン王国。海を超えた先にあるラスティア大陸を統べる国だ。レイナスは、この国のお姫様と昔婚約していたことがある。だが、その姫君が行方知れずとなったため、その話自体は破談となったのだが。
「……この年齢の姫様ってえと……あの姫の妹、だよな」
婚約していた姫とは、何度か顔合わせした記憶があるが、その妹となるとほとんど記憶にない。そもそも、歳の頃も5歳も下だ。婚約者の姫は同い歳か1つ歳上だった記憶があるが、そもそも顔を合わせたのはレイナス自身が6歳前後の頃。その頃はまだ赤子ではないか。
「……なんつう物送ってくるかねえ……。俺これから命懸けで戦うんですけども」
とはいえ、無碍にすることも出来ない。お断りの手紙を丁寧に認める。念の為父上にも確認を取ったが、レイナスの好きにして構わないと言うので、お言葉に甘えてそうさせていただく。
この日の仕事で1番時間がかかったのがその手紙を書くこと出会ったのは言うまでもない。
書き終わると封蝋で封をし、使用人へ手渡した。
「あのお姫様、どこいっちまったんだろうな。つーか、まだ13歳の姫君を俺にって。俺も流石にそんな幼い姫に手出せるような趣味してねえんだけど……」
というより、あの国はそもそも、3人の姫君がいる。
レイナスが婚約していたのは、第二王女。第一王女との婚約を望むならまだしも……。なんとも言い難い状態だ。
「いずれソシアバーデンにも行かなきゃならねえだろうし……その時なんて言われるやら。……あー!めんっどくせえ!!!」
そう言いながら、イライラをぶつけるように書類を仕舞う引き出しを蹴り閉めた。それとほぼ同時に開く扉。
「お行儀が悪くてよ?レイナス殿下」
「……ラフィス。……俺だって荒れるときもあるっての」
「王子様なんだから、多少は弁えなさいな」
「……ライナから解放されたと思ったのに……お前もそう言う性格かよ……」
「ライナさんに貴方のこと、頼まれてしまったからね」
「……余計なことしやがって。俺の事なんてどうでもいいのに」
レイナスはどかっと執務用のデスクの椅子に腰掛ける。ラフィスはどこか投げやりな態度のレイナスにため息を吐きながら、手に持っていた軽食に持ってきたサンドイッチと紅茶をレイナスのデスクに置く。
「そんなこと言わないの。……子供じゃないんだから」
「…………」
レイナスはムスッとしながら、軽食に手を伸ばす。
「どうでもいい訳なんてないでしょう」
「……」
口に運ぼうとしたサンドイッチを皿に戻し、ラフィスを見据えるレイナス。ラフィスはレイナスのデスクに両手をつき、真っ直ぐにレイナスを見据えながら、静かに言葉を向ける。
「私達は、仲間なのだから」
「……仲間、か」
うつむき加減にこちらを見据えるラフィスの肩から流れ落ちる髪にそっと手を伸ばし触れながら、レイナスはポツリと呟いた。ラフィスはといえば、不意に伸ばされたその手に戸惑い、目をぱちくりとさせていた。
「……ん、ありがとな」
レイナスがすっと手を引くと、レイナスの指にかかったラフィスの髪がするりと逃げるように流れた。
有難うと礼を述べているのに、何故だか悲しみが篭ったその声は、どうして?
「レイナス様ー!どこにいらっしゃいますかー?」
「セシリアか。……何だろうな。行ってくる」
他愛もない用だとは分かり切っていた。
だが、レイナスはわざと、そのまま席を外した。このまま傍にいてはいけない、そんな気がして。恋なんて馬鹿げている。どうせ、散り行くのなら。……そもそも、王族には基本は恋愛結婚などあり得ない。国益になるようなものでなければ、それ以外は、無駄なのだから。
「……なん、なのよ」
ばたん、と音を立てて扉が閉じたとき、ラフィスは呟いた。セシリアとは距離を置いているくせに、こういう時には口実に使う。……なんて、狡い人なのか。セシリアもこんな男やめておけばいいのに。
でも、ラフィスは知っていた。人の感情など、好意など、一度そうと自覚してしまえば、そう簡単に消し去ることなど出来ないということを。
自分が、既にその扉を開きかけているということを。