つかの間の休息
芽吹く思いはきっと、この後の展開を翻弄していくのだ。
「……レイナス様のお部屋に入れるなんて!」
「王子様の部屋に入れるなんて、前代未聞やないんか」
「んもう、みんな静かにね。お願いだから。」
レイナスが食事の後、部屋に来いと言うので皆揃って部屋へと向かう。警備のついた大きな扉を抜けた左の部屋。そこかレイナスの部屋だという。その扉を開ければ、そこにはテーブルにゲームを並べてわくわくとしながら皆を待っている様子があった。
「こういうの、夢だったんだ。部屋に友達呼んで、遊ぶの。庶民はこういうことしてるんだろ?」
「……え」
今後の作戦会議でもするのではないかと考えていた故にびっくりしている皆の様子を尻目に、次々とチェスなど、テーブルゲームやボードゲームなどを並べていく。若者に人気のある流行りの本も傍らに積んであるのも見て取れる。
隣のテーブルには美味しそうなお菓子やお酒、つまみになりそうなものも並んでいる。
王子という立場柄、経験したことのない事だったのだろう。
「……駄目か?」
「いや、んなことあれへんけども」
「困らせてごめんなさいね。良かったら付き合ってあげて下さいな」
そう言いながら皿に盛られたお菓子を持ってやってきたのはライナだった。
「ライナもやってけよ、ゲーム」
「私は仕事中ですから。皆に遊んで頂きなさい。それでは、皆さんごゆっくり楽しんで行かれてくださいな」
「お母さんみたいね」
「ちっさい頃から一緒にいたからな……。姉貴が居たらあんな感じなのかなって思うぜ」
ライナとは幼馴染であり、小さな頃でこそたまに遊ぶ仲ではあったが、身分の違いもあり、あまりこういった遊びをしたことも無い。王族としての教育を受けるばかりで、あまり同じ年頃の友人と遊ぶ、などという事もなかった。社交界デビューを果たしても、それは表面上での付き合いばかりで。皆で和気藹々と遊ぶと、子供の頃に戻ったかのように楽しめた。
「ちょっと御手洗にいってくるわ」
キリの良い頃合で、ラフィスは席を外す。
トイレまでの道筋の間で、カーテンを閉めて回っているライナとすれ違った。
「あら、ラフィスさんだったかしら。ありがとうございます。我儘に付き合ってくださって」
「ライナさん……。構いませんわ。王族ともあれば、友人と遊ぶ暇なんてなかったでしょうから」
「そう言ってくださって助かります。……レイナス殿下を、よろしくお願いします」
「いえいえ、そんな。こちらが助けてもらうばかりですから」
まるで我が子を預ける母のように深々と頭を下げるライナ。本当に、家族のように思っているのだろう。レイナスは幸せ者だ。
「……ラフィスさん。……有難う。あの子を、支えてやってくださいね。」
「え、ライナさん……?」
そう言ったライナは、少し寂しそうに見えた。
「なんて。……ごめんなさい。あんまり長いこと離れてなかったものだから、感傷に浸ってしまったわ」
ライナは他にも何か言いたげではあったが、それ以上何か行ってくることはなかった。家族同然の思い故の言葉か、それとも。それが何を示しての言葉なのか。ラフィスにはまだ知り得ない。
「お、ラフィスお帰り!次の始めてるぜ!今度はトランプだ!」
「次の回から入れてちょうだいね」
「おう!」
「あ!レイナス様!そのカードダメです!」
「えー?良いじゃねえかよ」
「ほな俺はこれ貰うわ」
「うわ、それはダメだって!」
「知らんわ!ほい、俺は上がりや!」
「くそぉ……」
こう見ていると、その辺にいる若者と何も変わらない。魔王を倒さねばならない宿命がなければ、きっともっと楽しく暮らせたのだろうに。
私が出来るのは、彼の怪我を治し、護り……ここにまた、無事に帰す手助けをすること。ラフィスは、きっとまたこうして、ここに戻れるようにと、切に願った。