王子の旅立ち
その大国の名はレインハーゲン。
世界の中で一番の領土をもつその王の子に生まれた子は、髪の色でその子の運命を占う、そんな風習があった。強い魔力を持って生まれるレインハーゲンの血筋は、たとえ親子でもその髪色は遺伝せず、その子の抱えた運命によってその色を変える。占うといっても、ほぼ必ず当たるその予言のような風習は、国民の混乱を避けるために王家でのみ知られていた。
今現在王位を持つレオナルドのその髪の色は金。それら国の発展と平和を約束された色だった。その色に倣うよう、レインハーゲンは発展を重ね、今のこの世界でも強い権力を持ち、それ故か下手に戦ごとを持ち込む国もなく、平和な国となっていた。
「……おぎゃあ!おぎゃああ」
「おお!生まれたか!!」
冬の夜に生まれた王の子。待ちに待ったその瞬間は、産声により知らされた。
王は産婆に呼ばれ愛しい妻とまだ見ぬ御子に駆け寄った。
「でかした!男の子か!……して、髪の色は……?」
うっすらと生えたその髪の色は銀色に輝いていた。
「銀……これは……」
「申し訳ありません、殿下」
「いや、仕方が……あるまい。お前のせいではないのだから……」
銀の髪に生まれし子は、魔王を倒す為旅立ち、仲間と共に戦う運命だという。
今は以前勇者が倒したために魔王は存在しない。つまり、近い将来魔王が復活することも運命付けられていた。
これは、生まれたその時から戦いを宿命付けられた、レイナス王子の物語。
そして、18年の時が流れた。
王子は逞しく成長し、剣の腕と生まれつき持った魔力による天を操るとも言われる雷の魔法は国内で並ぶものが居ないとも言われるレベルだ。靡く銀糸の長髪は、王家の印の赤い珠の髪飾りに映え、美しい。頭もよく、既に王とともに政治の仕事にも励む素晴らしい王子の噂は国内外に轟いていた。
「……レイナス王子。準備が整いました」
「有難う。ライナちゃん」
「……いくら幼い頃から一緒に育った姉弟みたいな間柄とはいえ、愛称で呼ぶのはほんと、どうかと思うわよ。今は周りに誰もいないとはいえ、弁えなさい」
彼女はレイナスに仕えており、小さな頃は遊び相手として、今は躾係兼身の回りの世話をしてくれている。実際に姉がいたらこんな感じなのだろうかと、いつも甘えさせてもらっている。
「へいへい。……まあ、今日で最期になるかもだし?あんまお堅いこと言いなさんなって」
「……ほんっと外面だけ良いんだから。あんた自分の評判知ってる?爽やかで優しいイケメン王子で、あの方と結婚できたら必ず幸せになれる……だって。全く、そんなこと言ってくれてる王女様方もこんなこと言ってる姿見たらどう思うかしらね?」
「知らね。騙されてる方が悪いんじゃねえの?」
外交をする時などの礼節はきっちりと弁えているが、親しい友人などに対してはこの様な態度のレイナス。ライナはそんなレイナスの将来が少し心配だった。
「はいはい。……とりあえず……気をつけて行ってらっしゃい。レイナス王子」
「ライナも魔王倒した頃には結婚してろよな」
「……式見るためにちゃーんと戻って来るのよ」
「……オウ」
そう返事をして、レイナスは鞄と剣を背負う。そして、机に置いていた少し古びた本を、ぱらりと開く。するとちょうどその時、ぽっとその本が光った。そうすると白かった頁に文字が浮かび上がる。
──王子の旅立つその時。
赤の守護者、城下町にたどり着かん。
「……おー、なんか仲間が今城下町に来てるみてえ」
その本は予言の書。レイナスの身の周りにこれから起こりゆくその全てが、その書に次々と書かれていく魔法の書だ。レインハーゲンの王族はその魔力の篭った本を10歳の時に受け取り、己の運命を知りながら、もし悪いことが書かれればリスクを出来る限り減らすために動くように教育を受ける。書に書かれるのは必ずしも起こる事。いままで外れたことはない。
書によれば、レイナスはこれから、7人の仲間を揃え、魔王に立ち向かうことになるらしい。そのうちの1人、赤の守護者が城下町にいる。早速、出向かなければ。レイナスは本を腰につけたホルダーに差し込み、駆け出した。
「つーわけで、運命に倣って行ってきますわ。じゃあねライナちゃん。まあ、船取りに一度戻りはするだろうし、あんま心配すんなよな、ライナ!」
「……気をつけてね。レイナス」
平和だったこの世界に魔王が復活を遂げたのが3年前だったか。城下町の外には魔物が蔓延り、街の外に出るだけで命を落とす者もいる。レイナス程の腕があればそう簡単に死ぬこともないだろうが、この3年、何度も腕利きの騎士達が魔王に挑んだが帰って来る者はいなかった。
「なんで、あいつが行かなきゃならないんだろうね。……そうでなきゃ、王宮で普通に、幸せに暮らせてるんだろうに」
ライナがぽつりと呟いた言葉は、悲しみをはらんでいた。