そんなわけで合同挙式・5
本作はこれにて完結します。
全員が確認してそれでも私の元に手紙が届いたのであれば、それは悪意の無いものという判断でしょう。通常は手紙の中身など見るわけのない家族ですが相手がエミリオ様ですからね。中身に目を通して悪意が有れば私に知らせることなく破り捨てるか燃やしてしまうはず。
私はペイッと手紙を開きました。
そこには率直に謝る文章が記されています。
幼馴染で婚約者の私を傷つけてごめんなさい。他の女の人にフラフラしてごめんなさい。婚約破棄なんて言ってごめんなさい。流行だからって言っていいことじゃなかった、と。
ようやく
ようやくエミリオ様の反省が見えます。
ドゥール元侯爵夫妻に、なぁなぁにされかけて怒りましたけれど、そのこともごめんなさいと書かれています。
読み進めていくたびに、やっぱりエミリオ様は貴族に向かない人だなぁ……と苦笑します。
頼りなくて騙されやすくておかしな人で。この人に恋することは無いだろうけれど、幼馴染の情として、死ぬまで支えてあげなくては、と思っていました。
でも、その考えが今なら傲慢なんだなって分かります。
多分、エミリオ様に対して無意識に私は上位に立っていたのでしょう。
“仕方ないから私が彼を支えてあげなくては”
“面倒だけど婚約者なのだから引っ張っていってあげなくては”
“頼りなくて騙されやすい話のつまらないエミリオ様なんて私しか相手が出来ない”
ーー今から思えば傲慢な考えばかり。
「ルイーザ?」
イーシュお義姉様が心配そうに声をかけてきて私はハッとします。同時に涙がポロリと溢れ落ちました。
「ルイーザ、大丈夫か? 何か嫌なことが書いてあったのか!」
焦るイーシュお義姉様に首を振ります。
「率直に謝る手紙でした。読んでいて気づいたんです。私、幼馴染のエミリオ様のことを無意識に下に見ていたんだなって。私が何かをしてあげなくてはならないって偉そうなことばかり、考えていたように思います」
イーシュお義姉様が何とも言えない表情を浮かべて
「でも、まぁ彼はなんて言うか。生まれを間違えたような、とても貴族に向かない性格をしていたからなぁ」
「そうですね。それは私も思ってます」
お兄様と長く婚約しているお義姉様ですから、エミリオ様とも顔を合わせたことは何度かありますし、四人での交流もありました。
だからイーシュお義姉様もそれなりにエミリオ様のことをご存知です。
「それでも。それでも私はエミリオ様を対等の存在にしていなかったな、と後悔しているんです。多分エミリオ様は対等な存在ではないことに無意識に気付いていたんじゃないでしょうかね」
私の言葉に「そうか」 とイーシュお義姉様が一言返してくれました。何を言ってももう壊れた私達の関係ですから、言わないことにして下さったのでしょう。
その優しさが伝わります。
「文末に私が結婚することを聞いた、と書かれておりました」
「ドゥール家は侯爵の地位から男爵の地位まで身分を落としたのだったか」
エミリオ様の借金やらドゥール元侯爵夫妻のアレコレが国王陛下のお耳に入り、オキュワ帝国に審議を図って男爵まで地位を下げられました。それが我がバントレー伯爵家の報復……もとい仕返しの結果、だったのですが。
「それが。エミリオ様からの手紙で初めて知りましたがドゥールご夫妻が見栄のために借金を作ったらしく。返せなくなりそうだ、と気付いたエミリオ様が男爵の爵位を売ったそうです。それでも足らなくておばさまが持っていたドレスや装飾品におじさまが持っていた嗜好品など、売れる物を売って借金を返し僅かに残ったお金を持って平民になられたそうです」
「えっ……領地経営は無能そうだな、とは思った夫妻だったが……自らの状況判断も出来ないような人達だったか」
イーシュお義姉様が驚いた顔を浮かべて辛辣な評を下します。……まぁそうですね。
「そのようですね。で、エミリオ様はそれを機にご両親と離れることを決めた、と手紙に近況が書かれていました。なんでもとあるお店で売り子をやるそうですわ」
「売り子ってあれか、店頭に立って商品を紹介したり販売したり」
「そのようです。……元気そうでよかったと思います。そのお店で私の結婚の話を聞いたそうです。合同結婚式なんて、平民でも貴族でも聞かないですものね」
幼馴染として長く一緒だった相手。
一度は一生隣にいると思っていた相手。
元気そうで安心しました。
……我が家からの仕返しがちょっと過激だったから余計ですね。
「そうだな。まぁ心おきなく結婚出来そうでよかった。明日はきっと最高の結婚式になる」
「そうですね」
憂いなく、とはこういう気持ちのことを言うのでしょう。
ーーそして多分、今日この手紙が届いたわけではなくて。
お父様辺りがだいぶ前に届いたのを持っていて今日、エドに渡したのでしょうね。
何しろ手紙の方は紙が結構硬いのに封筒の方は紙が柔らかいので。これはおそらく平民となったエミリオ様が買った封筒と手紙が、こういった硬い紙質なのに封筒は貴族が買うような上質な物なのだと思います。
……封筒、破いたのかしら。
あらでも、封筒の宛名書きはエミリオ様の文字に見えますわね。私の勘違いかしら。
この時の私の疑問に答えが出るのは一年後。
……この手紙が届いた時、お父様は手紙が来たことに怒って破り捨てようとしたのをお兄様が止めて、何とか手紙の内容を皆で確認した時、お父様が
「今頃謝ってきてももう遅い!」
と怒りを露わにして封筒を破いてしまったため、お母様が仕方なくご自身の持っていた封筒の中で一番質素なものにエミリオ様の字を真似て私の名前を書いた、と。
お母様は筆跡を真似るのが特技だそう。知りませんでした。
……というか、手紙を勝手に読むことに対する謝罪はないのでしょうかね、皆さま。
結婚式当日は快晴。
私達やお兄様達を祝ってくれるような綺麗な青空で前日にエミリオ様からの手紙が来ていたことで、憂いの一つもなく、結婚式に臨むことが出来ました。
大好きなお兄様とお義姉様と一緒に初恋のリオン様と結婚式を挙行するなんて、ちょっと前の私には信じられないことでした。
でも。
「ルイーザ・バントレー。リオン・バルセア子爵と生涯を共に歩むことを誓いますか」
「誓います」
私のちょっとばかり厳かな空気を破るような元気な返事も、今日は許してもらえると思いながら、隣のリオン様も誓ってくれたことが、嬉しい。誓いは約束とは違って破ることを許されないもの、です。
これを破るのであれば誓った相手と教会の神父様と神様に破るだけの理由があることを知らしめなくてはなりません。
離婚は出来ますが、簡単ではないのです。
それ故に誓い、は大切で尊いものなのです。
まぁ逆に考えますと、破るだけの理由となるような証さえあればいいわけなのですけどね。つまり第三者が納得するに足る理由、ということです。
支払い能力を超えるような借金だったり、後継ぎ問題に発展しそうな愛人だったり。没落しそうなくらい無能だったり、暴力や暴言を振るう人だったり……等々です。
それが第三者も納得出来るような形ならば離婚は出来るけれど、そこまでいかないのであれば結婚式の立会人が夫婦の間に入って仲裁役を担い夫婦が誓い通りに添い遂げられるように話合わせる。
それがノーディー王国を含めたオキュワ帝国近辺の結婚・離婚事情です。
合理的と言えば合理的なのでしょうかね。
取り敢えず、私達の間には多少の波風が立ったとしても、立会人の方を呼び出す程の大きなイザコザが無ければ良いな……と多少は不安に思いつつ、私は新しい名前、ルイーザ・バルセアとして、子爵夫人という地位と共に新たな生活のスタートを切ることになりました。
ーー思えばエミリオ様が相手だった時は、ワクワクした期待感など無くて。迫り来る結婚式について幸せになれるかどうかは分からないけれど、でもこの人を支えていかなくちゃならないのが私の役目。
そんな風に結婚生活を捉えていました。
でもリオン様となら、ちょっと貧乏になってもそれはそれで苦しくても楽しい生活になりそうだし、お互いが支え合う生活ならば何とかなりそうね、という前向きな捉え方をしています。
エミリオ様に婚約破棄された時は、悲しいというより呆れと腹立たしさしか無かったですけれど。
今となっては、流行の最先端だとか言って、流行りに乗らなくては、と意気込んで婚約破棄を告げてくれたエミリオ様にちょっと感謝しておきましょうか。
おかげで初恋の素敵な旦那様をゲット出来ましたから!
(了)
お読みいただきまして、ありがとうございました。
本作はこれにて完結ですが、辻褄が合っていない所がありますのでその穴埋めとして、以下に辻褄合わせとして少し追加します。
***
一度はエミリオを含めた婚約破棄やらかし組が帝国の第五騎士団に入れられた後。
やはりというかなんというか。
ディバードやエミリオ達やらかし組は、剣など扱えず泣きながら扱かれていた。
更に騙されやすい性格のエミリオに至っては騎士ではなかったのか?と疑われてしまうほど、剣の扱いは壊滅的だし、直ぐに人に騙される。これはもう賢さとは程遠く、死に直結してしまう、と現場で判断されて、帝国からエミリオだけがノーディー王国へと強制送還された。
その後、ノーディー王国での自分のやらかしや、ルイーザが幸せな結婚をすることを知り、ようやく現実に目を向けたエミリオ。
侯爵家だった実家が男爵の位にまで落ちたのも自分のやらかしのせいだと分かって責任を感じたが、両親たちの借金で貴族であることも危ぶまれていることを知り、爵位を売ることを決めた。両親を説得し、爵位を手放し、そしてエミリオは甘ったれの自分を変えるべく両親と離れて自立の道を歩む決意をした。
……というエピソードを辻褄合わせで残します。
以上、完結しました。
ありがとうございました。




