波瀾でした、パーティー。・1
なんだかんだでクインティー様や皇太女殿下方との挨拶と世間話を終えて、そろそろお開きの時間に差し掛かる頃合い。
やっぱり私の“なんとなく”は、何となくなのであって何でもなかったみたい。滞りなくやり直しパーティーは終わるようで安堵しました。
「やっぱり何となくはなんとなく、でしたね」
隣のリオン様を見上げて微笑めば、リオン様も微笑み返してくれながら。
「でもクインティー殿下は大事にした方がいいと仰っていたから、何事もなく終わって良かったってことでいいと思うよ」
やっぱりリオン様は優しいお方です。私のことをこんな風にフォローしてくれるのですから。まぁ確かに何も無かったことに越した事はないですしね。
そう笑い合った時、でした。
「ヤダ! もう終わってしまったの⁉︎」
こんな広い会場で、しかもそこそこにまだ人が残っていて騒めくパーティーの終わりだというのに、よく響く声が聞こえました。
女性の声です。
パーティーが終わる頃にやって来てしまったのでしょうが、遅刻以前の問題です。終わる頃なんて前代未聞というやつですよ。
貴族令嬢ならば、その家の当主に恥をかかせたどころの問題ではなく、淑女教育も怠っているばかりか、本当に貴族なの? というレベルの問題です。
だって、帝国の、それも皇家が主催するパーティーを遅刻するという事は、自分は皇帝陛下より身分が上の人間だ、と言っているようなもの。
主催者より招かれた招待客が先に来るのは当たり前のことですが、これが皇帝陛下主催ではないパーティーだった場合、道が悪かったとか天候が悪かったとか親族に不幸があったとか、そんな理由があれば許されます。
でも、皇帝陛下主催という事は、身内の不幸以外はどんな理由があっても招待状に記載された開始時刻に余裕を持って到着するものです。その上爵位順で広間に入るわけですから、男爵位から入場し、公爵位が最後になるわけで。
その後、皇家の皆様方が入場する。それも皇帝陛下が最後です。という事は、身内の不幸以外はどんな理由でも出席しなくてはならないこのパーティーに、皇帝陛下より後に入場することは、即ち、皇帝陛下より身分が上、と豪語していることに他なりません。不敬そのものですね。
招待されている他国の王族や貴族でさえ、皇帝陛下より後に入場なんて失礼というか無礼というかマナー違反以上の問題です。
うっかりすると国際問題になりかねません。
皇帝陛下より遅い入場をして許される存在なんて、多分、クインティー様のお父上にあたられるフレーティア国王陛下くらいなものではないでしょうか……。
そんな貴族であれば他国出身の私でさえ分かるような現状で、それも終わり間際にやって来た女性って……何者なのでしょうか。
というか、帝国の貴族の方なんですか?
なんだかあまりにも不敬で帝国の貴族の方であってもなくても恐ろしくて考えたくないんですが。
「あれは……」
リオン様が呟き眉間に皺を作られました。ご存知の方のようです。
「リオン様?」
「うん……、ルイーザの何となく、という感覚はやっぱり大切だね」
「ええと、どういう意味でしょうか?」
「多分、君が最後までパーティーに居た方がいいと思った“何となく”は、あの女性のことだと思うよ」
そうなのですか。
と言われても、私はあの方がどなたか存じ上げませんが。
「どなたですか?」
「皇帝陛下の第一側妃殿下の従姉妹に当たられる方でね。少々変わった女性なんだ」
リオン様が物凄く濁した言い方をしてますが、パーティーの終わり間際に現れて、あのように大きな声で発言をしている時点で“少々”どころか“だいぶ”変わった方だと思います。
入り口から広間に入って来た姿を見て、ちょっと言葉を失ってしまいました。
いくら夜会の意味合いを持つパーティーとはいえ、あのように豊かな胸が零れ落ちそうなくらい開いたドレスなんて格式ある皇帝陛下主催のパーティーで許されるのでしょうか。
しかも、キョロキョロと周りを見渡しているというより身体全体で周りを見ている姿なので背中側のドレスも大胆に腰まで開いてます。
「リオン様」
「うん」
「帝国は、あのような破廉恥なドレスが流行でしたでしょうか」
「違うからね⁉︎ 流行じゃないからね⁉︎ あんなはしたないドレス、あの女性くらいしか着ないからね⁉︎ 私のルイーザに、あんな大胆なドレスを着せるわけがないからね⁉︎」
私の呆然とした声での問いかけに、必死にリオン様が否定しておられるようですが、同性とはいえ、お胸のボリューム感に見事に目を奪われている私の耳には、通り過ぎていくものでしか有りません。
「いいなぁ……お胸」
「えっ、そこ⁉︎ いやいやいや、ルイーザの慎ましやかな胸もきっと成長するから大丈夫だから!」
ええと、リオン様、一体何のお話ですか?
成長? そりゃあしてもらいたいとは思ってますが、慎ましやかと表現される程、無いわけでは有りませんわよ⁉︎ ちょっとは、ちょっとはありますわぁ!!!
「リオン様。……その件に付きましては、後ほどじっくりとお話をするとして。特にリオン様がそのように思われているということについて、色々と話し合う必要がありそうですけども。取り敢えず、今はあの女性のことですわ」
リオン様が私の胸に対して慎ましやか、と思っている件については、後ほど話し合うとして、そんなことをリオン様に言われてしまった私は冷静さを取り戻して、遅れて来た女性……令嬢と言っていいのかしら、どちらかと言えば妙齢の女性ですよね。夫人でも無さそうですけども……の様子を窺うことにしました。
「もう! 折角わたくしが綺麗に着飾って登場してあげたのにもう終わりってどういうことなのかしら」
わぁ……。まさか遅れて来た謝罪もなく、身の竦む思いもしておらず、堂々と上から目線の物言い……。うん、メンタル強い女性のようです。それにしてもさっきからあちこちを見て回ってますけど、何か或いは誰かお探しなのでしょうか。
「あらぁ……見知らぬ顔がチラホラと居るわねぇ。……ああ、婚約破棄された哀れな令嬢達とその家族をご招待した、とかって話でしたっけ。ヤダわー。帝国で玉の輿にでも乗るつもりなのかしらぁ……身の程知らずねぇ」
コレ、私達に対する当て擦りですよね。えっと……売られたケンカは買ってあげる方がいいのでしょうか。
「リオン様」
「うん。あのね、関わらない、が一番なんだ。さっきも言ったけど、第一側妃様の従姉妹でね。若く見えるだろうけど、第一側妃様より十歳以上は年上の、女性なんだ。でもずうっとあの調子でね。親世代では歳を取らない呪われた女性と言われている」
「呪われた……?」
年齢を推察するに、あれだけ若く見えるのは羨ましいのですが、奇跡ではなく呪われた、と言われてしまうのは何か訳あり、というやつでしょうか。
「事実は知らないけれど、あの女性は占い師という側面を持つ。占いをしてもらった人達は皆がみんな、占いが外れたことがない、と口を揃えて言う。当初は神様に愛されているのだ、と噂されていたのだけど。十数年時が経とうとも変わらない見た目と、思ったことを全て口にしてしまう性質から、神様に愛されているのではなく、呪われているのではないか、と噂になった。貴族の教育を受けている者が露骨に心情を吐露するとは思えないから、という理由でね」
「ああ、なる、ほど……」
なんだかリオン様の口から占い師という、とてもインパクトのあるワードを聞いてしまったからか、先程、当て擦られたことを、うっかり流しそうになりました。
いや、忘れてないですけども、インパクトあり過ぎて。
それなら仕方ないかな。
なんて、よく分からない納得をしそうになりました。まぁ関わらないのがベスト、というのは分かるような気がします。
でも忘れませんよ、当て擦りについては。
あの女性に対して何かやり返す気はしませんけども。
何となく、関わりたくないなぁ……という気持ちも有りますからね。言われたことは覚えておく。それであの女性に対する対処方法を避けること、としておけばいいんです。
そうです。そういうことにしておきましょう。
空気的に厄介なことになりそうなので、関わらないことがベストでしょうね。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




