パーティー前夜と新たな婚約者・3
「び、ビアンシェ様のお怒りは分かるけど、それが正しい怒り方?」
現実逃避している場合じゃなかった。話を戻そう。なんか、凄く嫌な予感がするから、この先を聞きたくないんだけど、ビアンシェ様が常に殺意を向けているのが正しい怒り方なら、クイン様の怒り方は、どんな感じなのよ。聞きたくないんですけど⁉︎
「そう。ビアンシェの怒り方は正しい。俺もナーシュも同意する怒り方」
怒り方に同意っていうのもあるのね。……なんて再び現実逃避してる場合じゃなかった。
「じ、じゃあ、クイン様の怒り方は?」
キリルは、フッ……と意識を何処かにやってからゴッソリと表情を消し去って、目に宿っていた生気を一瞬で干からびさせて……言った。
生気って一瞬で干からびるのね。初めて知ったわ。
「ポルグウィウス殿下が交際していた令嬢や、側妃候補に考えていた令嬢を調査して、その令嬢達全員だけじゃなくて、側妃候補に成り得る貴族家の令嬢全てにお茶会の招待状を出して、側妃になりたいならどうぞご自由にって宣言してた。但し。自分も政略結婚で此処に来た身だから、自分に子が出来てからだって細かな条件も付けた上で。側妃候補として招かれた令嬢達の誰よりも若いクインティー様を、誰一人として侮ることなんか出来ない、堂々としたお姿だった、と」
ヒィッ。
怖っ。
クイン様、怖っ。
側妃に成り得そうな令嬢達全員集めて、政略結婚だから側妃になりたきゃどうぞご自由に。って宣言⁉︎
いや、そうか。それはビアンシェ様の怒り方が正しいって言いたくなるキリルの気持ちが分からなくもないわ。
いくらなんでも大国の王女とはいえ、十五歳の少女が言う言葉じゃないよね⁉︎ それを宣言しちゃう辺り、クイン様のお怒り具合が分かるというか。
でも。
クイン様の仰ることは分かる。
気持ちも全てではないけど、分かる。
「不敬だと重々承知で……ポルグウィウス殿下って、とんでもないことをしてくれましたね」
クイン様のお怒り具合を考えると、私はついそんなことを言ってしまいました。いやだって正妃になる少女が結婚前から側妃の管理って、そりゃあ正妃が側妃達を纏めるのは分かるけど。それをやってのけるクイン様は凄いけど。
何度でも言うけど。
まだ十五歳だよ?
そのクイン様に何をやらせてんの?
としか、言えない。
多分、クイン様だって結婚に夢は見てたと思うんだよね。多分だけど。結婚に期待とか希望とか持ってない人もいるから、クイン様がそういう人かもしれない。でももし。結婚に夢を見ていたら?
政略結婚とはいえ、愛し愛される関係を築けるかも、とか。信頼しあって良い家族になれるかもしれない、とか。そんなことを考えてオキュワ帝国に来ていたら?
それなのに来て早々にお相手は側妃候補を探していたなんて知ったら?
……結婚に夢や希望を持っていても消え失せるだろうし、ただの令嬢が一家の夫人になるのと違って、大国の王女が皇子妃として、それも正妃として嫁ぐわけだから、速攻で思考を切り替えて“正妃”として“側妃”達を牽制し、舐められないように威圧しながら、統率しなくちゃならない、と考えたなら……?
私ならきっとクイン様のように、側妃候補達を集めて釘を刺しつつある程度の自由を与える発言なんて、出来ただろうか。
私は。
それをしたクイン様のお怒りを、怒り方を全面的に支持する。
だってそれは。味方の少ないこの帝国で、令嬢達をある程度の束縛と自由という飴と鞭を使い分けて、従えた、ということなのだから。
キリルの「正しくない怒り方」 という言葉は、きっとキリルもビアンシェ様もナーシュ様もクイン様の有り様を理解した上で、この結婚を突っぱねていいはずだ、というのに、クイン様が受け入れたことの悔しさや悲しさや怒りなんだろう。大切な主人であるクイン様を蔑ろにされた、ということの表れなんだと、思う。それでもクイン様の味方だから呑み込んだ。呑み込んだけど消えない感情が「正しくない怒り方」 って言葉で表している。クイン様の立場や気持ちを理解しているからこそ。
ああだから。
「大丈夫だよ、キリル。私は絶対にクイン様の味方だし、何があっても、たとえオキュワ帝国の殿方に嫁いでいても、クイン様を全面的に支持するし、それで離婚になろうと構わないよ」
私は、キリルがクイン様の味方になって欲しいって言ってきた理由に気付いた。
どんなにキリルとナーシュ様とビアンシェ様が居ても、彼らは公的には使用人だから。公的にも支えられる人が欲しいんだね。
「頼む」
キリルが頭を下げる。私も深く頷いて固く約束した。そしてキリルに、何をどこまで皆に話していいのか確認する。ポルグウィウス殿下が側妃候補を探していたことや、その側妃候補達を集めたお茶会の話は、帝国に仕える大臣達とか、政務官達や護衛騎士達に侍女に侍従まで知っている話だから、話して構わないそう。
……それってポルグウィウス殿下の評判、大丈夫なの?
それをつい確認したら、元々武力の方で名が通っている上に脳筋なのは知られているらしくて「まぁあの方は仕方ないお人だ」 で、流されているらしい。それもそれでどうかと思う。
まぁそんなわけで、その辺は話してもいい、と言われたから、エリジア様達皆さまにお話をしておこう。
「それにしても、ポルグウィウス殿下。クイン様に失礼だわぁ」
まぁ政略結婚だし、年の差あるし、仕方ないのかしらね。恋も知らない王女が可哀想って気持ちによる側妃探し。うんまぁ、何とも言えないけど、一応クイン様に同情したからってことは認めるわね。
私が溜め息を溢したら、キリルがまた微妙な表情になった。えっ、今度は何?
「本当に、その通りなんだが。更に事態はややこしい」
「は?」
まだ何か?
「実は、ポルグウィウス殿下は、クインティー様に一目惚れしたんだ」
「はぁ⁉︎」
確かにクイン様は可憐な王女様だったけど、一目惚れ⁉︎
「その瞬間から、ポルグウィウス殿下の頭の中には側妃候補の話すら消え失せたらしい」
「……えっ」
「きちんとポルグウィウス殿下の口からクインティー様に側妃候補の説明をしていればまだ良かったのに、全然無くてさぁ。クインティー様も歓迎パーティーでアルアーニャとかいう侯爵令嬢に喧嘩売られて、それにも何のフォローもされないしさぁ。すっかりクインティー様の中でポルグウィウス殿下の評価は下がったわけ。で、調査して側妃候補の件をこっちは把握してるのに、何の説明もない。だからクインティー様が候補達を集めてお茶会して。結婚前から尻拭いさせられてさぁ。もうビアンシェが激怒してて大変」
おー……うわぁ……なんて言うか言葉が出ないわ。成る程、ポルグウィウス殿下が脳筋と言われる理由が理解出来た。
そりゃ確かにややこしいわ。ポルグウィウス殿下、おバカさんなの?
「今はそんな状況なんだが、その上でクインティー様の歓迎パーティーをやり直すんだ」
色んな意味でやり直しだわ、そりゃ。というか、アルアーニャ様、ホントにやらかしてくれてましたのね……。そのやらかしパーティーのやり直しって。オキュワ帝国の威信をかけてでも今度のパーティーは成功させないと拙いやつ。というか成功が当たり前のパーティーを失態させたアルアーニャ様とバルセア侯爵家ってもしや、崖っぷちってやつですか。
「まぁ取り敢えず、バントレー伯爵家がバルセア侯爵家と親密なのは分かったから、バルセア侯爵家には軽いお咎めで終わらせておいた」
あ。やっぱりその辺も調べられてますよね。そして軽いお咎めで《《終わらせておいた》》って言い方から察するに、クイン様が大らかな対応を求めたんでしょうね。でもバルセア侯爵家は、かなり皇家から睨まれたんだろうなぁ。
「ちなみに、軽くで、どんな?」
ちょっと興味本位で尋ねました。……聞くんじゃなかった、と後悔しました。
「侯爵家の資産の半分を慰謝料で皇家に支払うのと侯爵領の2/3を皇家に返上させただけ」
ヒィッ!
それ、ほぼバルセア侯爵家が瀕死になるやつでは⁉︎ だけ、じゃないよ⁉︎
「でも、大国から第二皇子殿下の正妃として嫁いで来た王女殿下への侮辱行為だから。寧ろそれで済んで感謝して欲しいくらいだよね」
それは、そう。確かに。
リオン様……、アルアーニャ様の所為で随分なとばっちりを受けられて……。
でもホント、軽い処分なんだよね。爵位を取り上げ、領地を取り上げ、侯爵家の資産を全部取り上げられた上に貴族籍から抹消されて帝国から追放されてもおかしくないレベルだもん。いや……一族全てが公開処刑でもおかしくない? 確かに命はあるし、資産は半分残ってるし、領地も1/3残ってるもんね……。軽いお咎めと言えるよね。
アルアーニャ様、きちんと反省しているのかしら……。
取り敢えず言えるのは、もし、リオン様が私に婚約を申し出ると言うのなら。そんな状況でも、私は受け入れたい、ということ。
というより……。
「まぁチャンスだよねぇ」
私の思考を読んだようにお兄様がポツリと溢した。な、な、なんで⁉︎ お兄様は、何故私の心を読んだような発言を⁉︎
「そうねぇ。ルイーザはリオン様が初恋だものねぇ。でもウチは属国の伯爵家。相手は帝国の侯爵家。あまりにも身分差があったものね」
お母様まで、な、な、なんでご存知なんですの⁉︎
「あら、ルイーザ。リオン様には恋する女の子全開だったわよ?」
ニコッとお母様が仰る。……ウソ。お兄様がコクコクと頷き、お父様が渋った顔になりました。ディールもニコニコしていて、どうやらバレバレだったようです……。
そうです。リオン様は私の初恋。身分差は大き過ぎて、どうしようもなかったし。リオン様は見目麗しい上にさすが帝国の高位貴族だけあってノーディーの王太子殿下にも見劣りしないような堂々とした立ち居振る舞いに、他者を圧倒する雰囲気を合わせ持ったお方。でも押し付けがましくない程度の柔らかな態度に引き際も心得ていて、女性に親切でも一線を引けるという、まさに貴公子なんです。
侯爵家の跡取りですし、婚約の釣り書きは山程というか、おそらく冗談でもなんでもなくテーブルが釣り書きで埋まる程のお方でしょう。但し。……アルアーニャ様の存在が足を引っ張っておられましたけど。以前バルセア侯爵家を訪問した時に、全てアルアーニャ様のことを受け入れられる方が条件、と返事を出したら、以降釣り書きがパッタリ途絶えた、と仰ってましたからね。
それに加えて、今回のアルアーニャ様のやらかしによる、とばっちりは……リオン様の縁談が更に纏まりにくくなったはずです。
そう。これはチャンスなんです。
私も傍迷惑な婚約者と婚約破棄をしました(されたわけですが心情的にはした側ですわ)から、何も憂いはないのです。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




