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帝国からの手紙・2

少し長めです。

「元々、ルイーザがエミリオと婚約している時からリオン殿に内々で婚約したい、と打診は受けていた」


「えっ? そうなのですか?」


侯爵家(向こう)に利は有ってもこっちに利益の無い婚約だったし、ルイーザがエミリオと婚約を解消若しくは白紙にしたい、と言えば考える、と答えたのだが」


 私は家同士の契約に基づいた婚約なので、エミリオ様のことが嫌でも解消したいと言い出せるとは思ってませんでした。その上、白紙にまでするつもりだったとは驚きです。解消は円満なもの。白紙は婚約そのものを《《していなかった》》という事。つまり婚約していた事実を無い事にするわけです。


 破棄だと余程のことでも無い限り、通常は破棄された側に瑕疵が有ると言われているようなもので、つまりエミリオ様のやらかしが噂されなければ、私が悪くなくても私が婚約破棄される程の何かを仕出かした、ということになります。


 解消は、婚約していたけれど、お互いの家の都合や婚約が無くても問題無いなどの意味合いで円満に婚約を終える事。この場合は、どちらかに理由が、若しくは両方に理由が有ったけれどお互いの仲は悪くない、という対外的なアピールにもなるので、通常婚約を終える場合は、この手段を取ります。多少はどちらの家や本人に“婚約が無くなった”という瑕疵になりますが、それはお互い様ですし、破棄とは違って大した傷でも有りません。


 白紙は、正に婚約の事実が無かった事に。婚約をしていた事が周知の事実で有っても、婚約に関する契約書が無くなり、王家も認めたのであれば、婚約はしていなかったので、私は瑕疵が有るどころか、婚約していなかったので、何一つ婚約に関する経歴に傷が付いていない真っ新な状態となります。この場合は、元々関係が有ったならともかく、あまり関係が無かった家同士の婚約でしたら、互いに仲良しアピールをする必要も無いのです。貴族として社交上の挨拶くらいなもので、敢えてのアピールは不要。


 男性と女性では婚約が破談になった場合は大抵女性が、或いは爵位に上下が有った場合は大抵爵位が下の方が、何もしていなくても“悪い理由が有った”と見做されてしまいます。なので、破談になった場合の女性は大抵が“悪女”のレッテルを貼られた“傷物”ですので、婚約が破談になる場合は、白紙に出来るのが1番理想的なのです。


 いくら婚約していた事が周知の事実でも、契約そのものが無かった事になり、貴族の婚約は家同士の契約ですが、それを王家……もっと言えば国王陛下がお認めになったものと見做されているものが、無かった事になりますので。解消は国王陛下は関わりませんが、白紙だと国王陛下が認めた婚約そのものが無かったという事になりますから、国王陛下が「婚約はしていなかった」とお認めして頂かなくてはなりません。国王陛下が婚約していなかったとお認めするに足る理由がなければ、白紙には出来ないので、現実的には婚約を終えるなら解消の方法が1番なのに。


 お父様はエミリオ様との婚約が無かった、と国王陛下にお認め頂ける理由を示して、白紙にも出来た、と仰るわけです。家族や使用人達から愛されているとは思っていましたが、婚約していた事実を無かった事にしよう、と国王陛下にお認め頂く手筈も整えていた、と言外に仰るお父様に、そこまで愛されていると実感して、エミリオ様との婚約が無くなっても愛されている喜びに歓喜します。


 まぁ、あの報復……いえ、正当な慰謝料請求(という事にしておきましょう)でも愛されていると実感していましたけどね。……やめましょう。あの出来事を思い出すのは精神的に良く有りません。


 お父様の愛情を受け止めておくだけにしておきます。


 それはさておき。


「本当にリオン様が私との婚約を望んでいらした、と……?」


 驚き過ぎてお父様のお言葉ながら疑ってしまいます。

 だって、《《あの》》リオン様ですわよ?

 オキュワ帝国の侯爵家の跡取り息子ですわ。現当主の妹が皇帝陛下の第三夫人ですのよ? まぁその第三夫人様とお母様がご友人なのも凄いですけど。


 あら? そういえば、お父様はリオン様のお父様とご友人ですから、私の両親はリオン様のお父様と叔母様とご友人同士なのですわね。今になって気づきましたわ。……だ、だって、第三夫人様とリオン様のお父様は兄妹というより主人と臣下みたいなんですもの! よそよそしいとは言いませんけど、お互いに分を弁えているようで……。


「考えてみますと、お父様とリオン様のお父様はご友人。お母様と第三夫人様もご友人。凄い事ですわね」


「あら、なぁに? 急に」


 私が言葉を溢せばお母様がコロコロ笑う。


「いえ。何と言いますか。リオン様のお父様と第三夫人様はご兄妹なのに距離を置かれている気がしまして。だからでしょうか。第三夫人様がリオン様の叔母様という気が致しませんでしたのよ。それで改めて気づきましたの」


「ああ……そういうこと、なのね。お名前を軽々しく呼ぶのはいくら友人とはいえ不敬に成りかねないから、第三夫人様と呼ぶわね? この場に居るのが私達だけでもそういうものなの。それでね。元々第三夫人様は、別に婚約者様がいらっしゃったのよ。現皇帝陛下の護衛騎士だった。帝国はあれだけ大きいけれど、その大きくなるに辺り色々と有ったのよね。それで陛下のお命を狙う者も居て。第三夫人様の婚約者様は暗殺者に狙われた陛下をお守りした際に命を落とされてしまい……それで、陛下が傷心の第三夫人様を婚約者様の代わりにお守りする、と召し上げられたの」


「まぁ……そのようなことが」


「第三夫人様としては、婚約者様の喪が明けて早々に陛下の元にお嫁入りでしょう? 貴族の令嬢として、皇帝陛下のお言葉は命令と同じ。お断りも出来ない。それは家にも迷惑がかかる。だから傷も癒えないうちに陛下の元へ。第三夫人様のご実家は、第三夫人様が家のことを考えて陛下の元に嫁入りしたことをきちんと解っておられたの。だから、せめて第三夫人様を通して陛下の権威をお借りするようなことはするまい、と必要以上に第三夫人様に近づかないことにしたのよ。いつの時代もどこの国のどんな貴族も中傷する者は居ますから。下手に第三夫人様とご実家がベッタリだと第三夫人様を通じて陛下の権威を借りるために売ったも同然……などと口さがない者達も居ますからね」


「それでよそよそしいとは言わずとも、距離が有ったのですね……」


「他の貴族達の前ではたとえどれだけ仲の良い者が相手でも、その態度を崩しませんけれど、心配していた私にはこっそりと教えて下さったのよ? 家族だけの時は普通の兄と妹なのよって」


「そうなのですか……!」


 切ない事情に胸を痛めましたが、家族だけならば昔と変わらない兄妹でしたなら、良かったですわ! それにお母様にお教え下さったのは、ウチが帝国に無くて帝国の属国だからなのでしょう。帝国内のご友人にお話をしたら何処で誰が聞いているか判らないですものね。帝国の王宮内の第三夫人様付きの中に敵対する者でも居たなら、あっという間に噂が流れてしまうでしょう。


 それに引き換えお母様は帝国内の者では無いし、属国の貴族だから、こう言ってはなんですけど。万が一どなたかの耳に入れたなら、バントレー伯爵家ごと、お母様を潰せますもの。そしてお耳に入れたどなたかも消せますものね。


 貴族とはそういうものですわ。

 でも、私はそういう考えを否定しません。それくらいでなくては、たとえ陛下に同情心から望まれたとはいえ、帝国の皇家に入ったのですもの。それくらい強くなくては第三夫人様自身が儚くおなりでしょうからね。


 お母様もその辺のことも含めてご理解していらっしゃるし、それでもご友人なのでしょうね。……やはりお母様は逞しいお方ですわ!


「でも、本当にリオン様が……」


 何しろ帝国の“侯爵家”であるリオン様のご実家。我が国ですと公爵家と同等です。逆を言えばバントレー家は伯爵家と言えど、帝国から見れば子爵家程度。とても釣り合うとは思えません。


 あら? でも内々で打診されていたとはいえ、それだけ身分差が有るわけですから、お断り出来ないですよね? 寧ろエミリオ様との婚約は円満に解消して、リオン様と婚約していてもおかしくなかったと思いますが。というか、貴族の婚約なんて家同士の契約みたいなものですもの。どう考えてもリオン様のご実家の方が縁続きになった方が良いと思いますのに。


 私が思ったことをお父様に伝えれば、お父様が深く息を吐き出しました。


 何かおかしなことを言いました?


「ルイーザ。少し政治事に疎すぎる。帝国と我が国とは、どういう関係なのか知っているか?」


「もちろんですわ。我が国は帝国の属国でございましょう?」


 私はお父様の質問の意図を掴めず首を捻る。


「属国とはどういうものだ、と理解している?」


「属国とは……?」


 お父様の質問には考えた事も無かったもので、答えに詰まります。


「……成る程。子息だけでなく令嬢にもこのような知識は授けるべきなのかもしれん。これは国の教育方針を変えねばなるまい……」


 言葉に詰まった私にお父様が深々と頷きながら教えて下さいました。


「属国とは帝国には逆らえない国。簡単に言えば常に向こうの機嫌を損ねないような言動を心がける。反抗した時には速攻で敵認定されて《《国》》が潰されるな」


 私は初めて知った現実に身震い致しました。


「つまり。爵位のズレだけではなく、例えば我が国が何処かの国に攻められたとする。帝国は守ってくれるだろうが、これが大国と呼ばれるフレーティアだった場合は、もしかしたら我が国を切り捨てる……かもしれない。まぁ今のオキュワ帝国とフレーティア王国に措いてその可能性は無いだろうが。何しろフレーティアの王女が第二皇子妃として嫁ぐわけだからな」


 でも、それは《《今》》の事で有ってもしかしたら今までは、可能性が否定出来なかったのかもしれません。そうなった時。他の国ならば守ってくれた帝国も、フレーティア相手では我が国を切り捨てた方が良い、と判断したのかも。そういった可能性を含めるのが属国なのだそうです。オキュワ帝国に守ってもらえている間は、その恩恵に与れるけれど、ということ。私は全く考えもしませんでした。


「ああ……だからお父様はリオン様からの申し出を断っていらした……?」


 万が一、何かが有った時。帝国に切り捨てられてしまったら、リオン様に嫁いだとしていたら、私は、どうなっていたか解らない……という事なのでしょう。


「そうだ。リオン殿に離縁されてバントレー家に帰って来る可能性も有ったが、バントレー家との縁を切られてルイーザと会えないまま一生を過ごす可能性も、有った。まぁ今の皇帝陛下はそのような方ではないが……後は、ルイーザが人質にも成りかねた。尤もフレーティア王国との間に争いが無いように、今回の婚約が整ったのだろう。フレーティア王国と何も無ければ、属国とはいえ、我が国は帝国との関係は友好的で余程の事……つまり帝国に逆らう意思でも見せない限りは、問題無いからな。今ならばリオン殿から婚約を打診されても受け入れられる。まぁ正式なものは受けていないから何とも言えないが、な」


 お父様のお話は、帝国との関係をきちんと理解していなかった私としては、恥ずかしい限りのものでした。もう少しきちんと勉強をしてみるべきでしょう。リオン様と婚約する、かもしれませんが、たとえ他の方だとしても。勉強をしておかないと、私が恥を掻きます。


 エミリオ様の事をアレコレ言えませんわね。


「まぁ、先ずはオキュワ帝国に参りましょう? 招待状を見るに、フレーティア王国の第一王女であらせられる、クインティー殿下の歓迎パーティーのやり直しみたいだから」


 お母様がサラリとお父様のお話を流しました。……という事は、お母様は属国の意味もきちんと理解されていたのですね。もしかしたら万が一の時の覚悟が常に有るのかもしれません。そんなお母様を私は尊敬しますわ。


 ……って、ちょっと待って下さいな。今、お母様、聞き捨てならない不穏な事を仰いませんでしたか?


「あ、あのぉ……お母様?」


 私は聞き間違いで有って欲しい、と思いながら恐る恐るお母様に呼びかけます。


「なぁに?」


「いえ。今、不穏な言葉を仰いませんでした?」


「あら、不穏?」


「だ、だって、クインティー王女殿下の《《やり直し》》歓迎パーティーと、仰ったではないですか」


 聞き間違いで有って欲しいからか、私の語尾が消えかけました。


「ええ、合っています。やり直しの歓迎パーティーですわよ?」


 あっさり肯定されたお母様。

 イーヤー!!!

 お母様の言い間違いでも、私の聞き間違いでも無く、肯定されてしまいましたわー!!!

 コレを不穏と言わずに何を不穏と言えば良いんですか?

 クインティー第一王女殿下は、大国フレーティアの王女なんですよ⁉︎

 和平のための婚約のち婚姻なのに、歓迎パーティーの《《やり直し》》って、オキュワ帝国とも有ろうお方達が何をやったんですの⁉︎


「な、何故……やり直しなど、と」


 聞きたくない。非常に聞きたくないけれど。属国の貴族令嬢である私は知っておいた方が良い案件(こと)ではないでしょうか?


「それがねぇ……。第三夫人様から内々に頂いたお手紙に事情が書いて有りましたけれど」


 ハキハキ物を申すお母様にしては、やけに曖昧な切り口です。さすがのお母様も口にするのも憚れるというのであれば、とんでもない何かが有ったという事ではないでしょうか。


「その話は、帝国に行って真実をお聞きした方が良いだろう。第三夫人様も簡単な事しか書いていなかったのだろう?」


 お父様がそのように口を挟んで来ます。滅多にお母様の話に口を挟まないお父様ですのに。何か余程の事が有ったというのでしょうか。


 その答えは、帝国に行き、彼に会って教えてもらいました。


 クインティー第一王女付きの侍従、再従兄弟のキリルから。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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