エミリオ様の借金騒動・2
「お兄様」
「ん?」
「私のためを思って黙っていて下さったのにそこに気付かずごめんなさい。私のためにありがとうございます」
「いいんだ。可愛いルイーザのためだからね。あ、そうそう」
「何か?」
お兄様は何かを思い出したように声を上げて私をニヤリと見る。首を傾げた私にお兄様はとてもとても素敵な笑顔で宣いました。
「エミリオにね。君を頼った女性について教えてくれないか? と頼んだら紹介してくれてね。お相手に会わせてもらったからエミリオが婚約者がいること。君を愛人にしようと思っていることを教えてあげたら彼女はエミリオをこっ酷く振っていたよ」
「あらまぁそれはお可哀想に」
別に本当に可哀想とは思っていない。私と結婚をして更に愛人を持とうなんて阿呆なことを考えていたエミリオ様に同情する程、私は心の広い女ではないのだから。
「ちなみにルイーザに対して婚約破棄を告げたあの日の数日後だよ。あの頃はエミリオってば本当にルイーザと婚約が破棄になると思っていなかったから、まさか愛人候補の女性に振られた上にルイーザからも見捨てられるなんて思っていなかっただろうね。愛人候補の女性に振られた時、エミリオは自分を愛してくれるのはやはりルイーザだけなんだ。って自分に言い聞かせているようだったから笑ってしまったけどね」
それは面白かったでしょうね、お兄様。私もその場に居合わせたかったですがその場に居たら居たでエミリオ様が形振り構わず私との婚約を続行しようと考えていたでしょうから……かなり面倒くさい事になっていた事でしょうね。
やっぱり良かったですわ。その場に居なくて。
それにしても……エミリオ様は、本当はその女性のことも私のことも好きではなかったのでしょうね。自分本位ですもの。自分大好きなのですわね。まぁ私達の場合政略であって互いに恋愛感情など無かったですから私を好きでなくても当然でしょうけれどね。寧ろ恋愛感情なんて面倒くさい関係にならなくて良かったかもしれません。
「つくづくエミリオ様に恋などしていなくて良かったですわぁ」
心底感謝する。
「ルイーザがそう思うならそれで良かったのかもね。お兄様としてもあんなアホが義弟にならなくてホッとしたよ」
お兄様……。無駄にキラキラした笑顔で何気に酷い事を仰せですわよ? 確かにエミリオ様はおバカ……いえ、アホ……じゃなくて、少々思考能力が劣っていらっしゃいますが。
あら? 私もなかなかに酷いかしら?
「まぁ我がバントレー家としては、縁が切れて良かった案件ですわね」
取り繕っても仕方ないので、私は本音を吐き出す。幼馴染みの誼で面倒を見てきたが、何故侯爵家の令息だというのにこんなアホ……じゃなかったバカ……でもなくて、思考能力が劣っていらっしゃるのか疑問だったのですわ。
「ルイーザ。本当に疲れ切っていたんだね。だから早めに婚約を破棄するか解消するか白紙にしようと言ったじゃないか」
「そうは仰いましても。お兄様もご存知のように“破棄”では、こちらの有責になってしまいますわ」
そう。契約なのだから破棄される側に余程の瑕疵が無い限り、此方の有責になってしまい違約金が発生してしまう。違約金の上に慰謝料まで請求されたら目も当てられない。
「エミリオが不貞を働いていたのだから此方の有責にはならなかっただろう」
「お兄様はそう仰いますが、抑、私はエミリオ様が不貞を働くなどと思ってもいませんでしたわ」
本当に。全く。これっぽっちも。
エミリオ様が他の女性とお付き合いしているなんて考えてもみなかった。恋愛感情は無かったものの、親愛の情はあった。結婚したら溜息をつきながらも面倒を見ていくつもりの感情くらいは、あった。だけどそれを台無しにしたのはエミリオ様ご自身。
それどころか恋人が居るなんて思いもよらなかった。思い付きもしなかった。エミリオ様に擦り寄る女性がいるなんて思ってもみなかった。だってエミリオ様だから。
でもまぁ、あんなエミリオ様でも見目は良い方だから、その見目だけで判断して近寄る女性もいるのかもしれない。それでも話せばその残念さは、理解出来るとも思っていた。だから余計に気付かなかったのかもしれないですわ。
エミリオ様に限って浮気などするわけがない。
そんな先入観が働いていました。……まぁ真相を知っても、私の胸の裡は「まぁ! エミリオ様でも言い寄る女性はいらっしゃるのね!」という程度の気持ちしか無いですけれど。
「まぁそうだよね。あのエミリオが浮気するなんて思ってもなかったよね」
お兄様だって考えていなかったに違いありません。まぁ女性は結局のところ、エミリオ様のお金目当てだったようですから。
「あら? でもエミリオ様からお金を巻き上げるつもりでしたのなら、寧ろ愛人は好都合だったのでは?」
「こらこらこら! ルイーザ、どこでお金を巻き上げる、なんて、言葉を覚えてきたんだい?」
「お義姉様から教わりましたの」
お兄様に問われたので、私はあっさりと答えた。お兄様は無言です。そりゃあそうでしょう。愛する婚約者が愛する妹にそんな言葉を教えたなんて、知りたくなかったに違いないのですから。でもね、お兄様。イーシュお義姉様をお叱りにならないで下さいませね?
「お兄様。お義姉様はそういった汚い言葉も知っておかないと、付け込まれる事がある、と仰いましたの。私に何か有った時、相手が話している言葉遣いが上品なものとは限らない。それでは自分の身に何が起きているか分からないからね、と。その通りだと思いましたのよ?」
私の説明に、お兄様は更に黙りになってしまわれます。ですが、一理あると思ったのでしょう。それ以上この件は尋ねる事はされませんでした。
「話を戻そう。その女性は確かに最初はエミリオから金を貰う事が目的だった。だが、エミリオが侯爵の嫡男だと知って、その妻の座を狙ったというわけなんだ」
「あらまぁ……。野心家ですわね。でも、その方情報収集が出来ていないのでは? エミリオ様の家……ドゥール侯爵家は、その爵位だけしか取り柄の無い家だとご存知無かったのかしら?」
「うん。彼女は、まぁ準男爵位の令嬢だからね。きちんとした社交界デビューを果たしていない。一応、男爵位と子爵位の貴族達の夜会やお茶会には出ていたようだけど、力のある家と付き合いは無かったようだよ」
「……よくご存知ですわね?」
「エミリオが愛人にしようとしているって話した時に、色々話を聞かせてもらったからね」
お兄様の笑顔が怖い……。その色々には突っ込みませんが、その方は怖い思いをされた事でしょうね。お兄様の黒い笑顔は、お怒りモードの現れですもの。きっと畏怖という言葉の意味を、身をもって体験されたのではないでしょうか。多少同情はしますけど、元はと言えば、ご自身のやらかしの所為ですものね。仕方ないですわ。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
なるべく毎月更新するつもりなんですが、気付くと3ヶ月とか過ぎています。すみません。




