ドゥール侯爵家の慰謝料・3
まぁ何にせよ、子爵家と男爵家には申し訳ないですが、お父様の報復は理解致しました。キリキリ締め上げた、というその中身がどれほどのものなのか分かりませんが。……エドに聞くと、胃痛が進みそうなのでやめておきますわ。聞くならお父様本人か、お母様かお兄様ですわね。
寧ろエドの胃痛の原因は、お母様の所業でしょうか。
「お母様、久々に剣をお持ちになられたのですわね」
「ええ」
私がポツリ溢せば、エドが最速で相槌を打つ。お母様は元々騎士の家柄でお育ちになられました。お母様のご両親……つまりお祖父様とお祖母様は、お母様にきちんと淑女教育を施しましたが、淑女たる者、という考えの元に、お母様に「淑女でも剣を握れ」と教えられた、と伺っております。
ですからお母様は普段は剣を持たず、いざ、という時が来たら動けるように練習だけは欠かさなかったようですが。そのお母様が剣を握られた。……相当なお怒りようでしたわね。
「でも丸坊主はやり過ぎだと思いますわ。尽くドレスを布切れに、宝飾品は売ってしまったお母様の行動力は、素直に感嘆にあたいしますが。そして使用人を一斉に引き取って来たのは、明らかにやり過ぎですわねぇ」
その使用人達をどうするおつもりなのだろう。
「カルディス様のご結婚祝いにされるおつもりらしいですよ」
成る程。お兄様のご結婚祝い。……お兄様は、我が家の跡取りですわよね?
「大量の辞職願いでも、有りましたの?」
「いいえ、そのような事は」
「……お兄様、我が家の跡取りですわよね?」
「はい」
「お母様、もしや、何も考えずに行動をされたのかしら、ね」
エドがそっと目を逸らした。……やっぱりですか。そうですか。お母様、後先考えずにやらかしましたのね。
「お母様が帰っていらしたら、私が話し合います。お父様とお兄様についても同様です。報告をありがとう」
「お嬢様っ! やはりお嬢様が居て下さって良かった……! どうかこのままバントレー家に留まって頂きたく!」
エドが歓喜の表情を浮かべてくる。ああ常に冷静なアナタが取り乱す事態にして、ごめんなさいね。責任を持って3人に反省を促すから。
「でも私がバントレー家に留まっていたら、お荷物になりかねないわ」
暴走した3人を叱る役なんて、早々無いですし。エドは、私が嫁ぐ年齢を超えてしまっても良いのかしら。エドもその辺を考えているのか、黙ったまま。まぁこれ以上は、今は何とも言えないので、私はお父様達の帰りを待つ事にしましょう。
それから程なくして意気揚々と帰っていらした3人を捕まえて、説教をしたのは仕方ない。
「お父様もお母様もお兄様も私を大切にして下さるのは分かりますわ。それ故の暴走という事も。ですが、度を超えた報復は要らぬ復讐心を育てます。相手が悪いのに、如何にも報復したこちらが悪者になる。そのような考えになれば、向こうはまた何を仕出かすか分からないじゃ有りませんの?」
「しかし、ある程度心は折らせておく方が良い。誰に対して、何をしたのか」
「お父様の仰る通りですわ。私だけでなくバントレー伯爵家の家名に泥を塗ったも同じ行為をされたのですもの。ですが、何事も程々という言葉がございますでしょう?」
お父様が黙ってしまい、代わりにお母様が言う。
「でもね、私達の可愛いルイーザに対して非もないのに一方的なのよ?」
「お母様のお気持ちは有り難いですわ。でもご存知のように、私は別にエミリオ様をお慕いしていたわけでは有りません。何れ結婚するから、友人や兄弟的な愛情でも育てばいい、と努力はして来ましたが。でもその努力を無にしたエミリオ様には怒っておりますわ。怒っておりますけれどもやり過ぎは良くないと思いますのよ?」
お兄様は、既に私が怒っている事を理解しているから何も言わない。まぁこれだけ言えば、お父様もお母様もお兄様も冷静になるでしょう。冷静になってくれさえすれば、後の事は自分達で考える事でしょう。
やらかした後始末も最後まで責任持って務めて下さいね。
3人が反省した姿を見た執事のエド達上位使用人(直接主人と関わる仕事が出来る者達をこう言います)と下位使用人(こちらは直接主人と関わらない仕事の者達です)全てが、涙したとかしなかったとか……。何にせよ、私に叱られた事が応えたのか、それから数日後。
先ずはお父様が、ドゥール侯爵家の親族にあたる子爵家へ詫びとして、オキュワ帝国で人気のパイプ(タバコで使用するアレです)を子爵に、奥方と令嬢には子爵家に相応しい価値の装飾品を贈ったそうです。男爵家? 男爵はタバコを嗜みませんの。ですからワインを贈り、奥方には男爵家に相応しい価値の装飾品で令息には高価な書物だそうです。かなりの読書家らしいですわ。それで手打ちになりました。
……まぁそうですわよね。爵位が上の我が家から詫びを入れられたのですもの。胸の裡は色々溜め込んでいるでしょうけれど、受け入れるしかないですわよね。でもまぁ本家がやらかした、とばっちりだと諦めて下さいな。
続いて、お母様が、ドゥール侯爵家から召し上げた使用人達を帰しました。但し、おばさまが所持していた宝石等を売っ払ったお金を持たせて。使用人達がそのお金をどうするのかは、自由という事ですが。それなりの金額を渡された方達が、やらかした主人達がいる家に再び雇われるものなのでしょうか……? まぁおじさまもおばさまもエミリオ様も、ちょっと言動がおバカさんでは有りますけれど、悪辣では無い人達ですから、情があれば、再び戻る使用人も居るのかもしれませんわね。
正直、戻るか戻らないか、までは、私には関係ない事ですわ。そこまで面倒は見切れませんもの。
そして、お兄様ですが……。邸の権利書が有る以上、お兄様がドゥール侯爵家の当主も同然ですが。如何なさるのかしら? 最もエミリオ様が借金を返さない限り、お兄様も権利書は返却出来ないと思いますが……。
それにしても、そもそも本当に、エミリオ様ってば、何故そんな大金が必要でしたのかしら? 侯爵家の権利書ですわよ? 例えば私のドレス代とか装飾品とかの購入……なんて訳が無いのですわ。どこかの土地を購入する、とか、そういった規模の大金ですわよ?
「お兄様、お伺いしても宜しいでしょうか?」
反省モードのお兄様は、ずっと意気消沈していらっしゃいます。それこそ、ご婚約者であるイーシュ様がお顔を見せにいらしても(この騒動は社交界で即、噂になってしまいましたので、イーシュ様のお耳にも入ったそうですわ。お恥ずかしい)復活しません。お兄様が妹大好きなように、私もお兄様大好きなので、そろそろ復活して欲しいものです。
それに、私の為を思って報復して下さったので、甘やかしましょう、とも思っていました。……という事で、エミリオ様の借金の件と共に、甘やかしましょうか。
私、お菓子は割と作りますので、パウンドケーキを焼きまして、お庭でお茶の準備をして、お兄様を誘い出しました。涙ながらに(ええ、少し引く程泣いていらっしゃいますわ、お兄様)お茶を飲んで落ち着いたお兄様に、私は先のように切り出しました。
「なんだい? ルイーザ」
お兄様、復活です。パウンドケーキを切り、お皿に盛ったのを見届けて、そのお皿を神に感謝する、と叫びながら天へ向かって掲げている姿を見て、漸く安堵しましたわ。……私が作ったお菓子を食べる時は、この儀式をしてから召し上がるのですわ。安定の妹愛溢れる、ちょっと残念なお兄様が復活致しました。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




