アリスと三月と眠り鼠
弥生さんは何やら神妙な顔をして、またそっぽを向いた。
「さーてと、早く帰ろうっと。」
「あ、そう、ですね。」
気付いたら、昼過ぎになっていた。午前中に行事関係は終わっていたはずだから、お茶会、のことを考えても結構長居していたようだった。
「本当にこういうの苦手なんだけど。」
「何がですか?」
「…人を傷つけないように言葉選ぶこと。」
「ああ、確かに難しいですよね。」
「ただ面倒ってだけだけど、って。」
弥生さんは言葉を止めて私を見た。
「どうかしましたか?」
「いや、お前さっきまでクソ落ち込んでたのに、もう通常運転なんだなって思ったの。」
「回復は早いんで!」
「そんなRPGの宿屋じゃあるまいし。」
「どっちかというと、ポーション」
「あーもう、はいはいわかったから。」
面倒くさ、と弥生さんは言ったけれど、今なら本気で言ってる訳じゃないと確信が持てた。
「ああ、あと、ツレはどうしたんだよ。」
「玲音さんのことですか?それなら最初帰る途中で別れたじゃないですか。」
「んじゃ、やっぱりあいつか。」
「誰のこと言ってます?」
「ネズミだよ。」
「ネズミ…?」
ネズミってあの鼠だろうか。ああいう類いのは苦手でしかない。
「鼠が居るんですか。」
「ああ、でっかくはないけど小さいのがな。」
それって結局小さいってことかな。どっちにしても嫌だけど。苦手なものって大きさ関係無しに居るだけで怖いし。
「仕留めるんですか?」
「仕留めたいけど、逆に喜びそうだから無理。」
ドMな鼠って意味がわからない。死にたくないから逃げるのが筋だと思う、生物的に。
「ちょっと下がってて。」
弥生さんはそういうと、教室の隅のごみ箱を蹴った。というよりは蹴り飛ばしたのかな。
ごみ箱が倒れて、蓋が外れたと思ったら、それに続いて人が心太のごとく、するっと出てきた。
もう、何から言えばいいか分からなすぎて、状況の整理だって追いついてないのに、その子は喋った。
「痛いよー、弥生ー!」
ひょいという感じで軽々立ち上がって、弥生さんに抗議した。
「そんなの知らねえよ。」
「…どちら様です、か。」
「え、私?」
寝癖のついたままの髪を2つにくくった私より少し背の低い女子がそう返してきた。
ごみ箱から出てきた方を気にしないっていう方が無理だと思う。
「それで、誰なんですか。」
「ネズミだけど、これが。」
「鼠って、人じゃないですか。」
「あっ、もしかして弥生、この子に名前言ってないの?」
「名前?」
女の子はこっちに向き直って、少し申し訳なさそうに言った。
「えっと、名字がネズミなんだ、ややこしくてごめんね。」
「ネズミってどう…」
そう言いかけた時、女の子はいきなり私の手を取ったかと思うと、器用に逆から“根住”と、手の平をなぞるように描いた。
「名字が根住で、名前が夢の花って書いて夢花、根住夢花っていうんだ、よろしくね。」
さっきのが無かったかのような笑顔で、彼女はそう言った。
根住夢花
・先天的に急に眠気に襲われる病気が持病の少女。
・弥生とエドワードと友人関係。(弥生からの当たりが強い)
・起きてる時はテンション高いけど、寝起きは大人しい。
・弥生の家に忍び込んだのが、扱いの酷さの原因。(弥生のことを知りたかったから)