話し合いました
中庭のベンチは私達二人のお気に入りの場所だ。
伯爵家の屋敷ともなれば庭といえども迷子になるほどの広さを誇るのだろうけれど、護衛騎士の家であるここは慎ましいものだ。といえども、安アパートの二階に住んでいた前世と比べると十分豪邸である。
アナベル家は代々フランデール伯爵家に仕えてきた一族らしい。それ故、唯一の生き残りであるエメラルド姫の身柄を守る役目を授かったというが理由はそれだけではないだろう。
「父様ときたら、騎士なのに何というか、こう、のほほんとしてるのよねぇ」
ベンチの横にあるオリーブの木を見上げながら私は呟いた。
「とりあえず皆元気で暮らせればいいじゃないか」、が口癖の父親は幼馴染で大恋愛の末結婚した母様といつものんびり過ごしている。そんな母様の口癖は「生きていればなんとかなる」だ。似た物夫婦とはこういうことをいうのか。
生活に不満はないが、選王家の護衛騎士ならばもう少し贅沢ができる給料を貰ってしかるべきなのだ。それなのにこんなにも慎ましやかに暮らしているということは、誰かにお給金をかすめ取られているのではなかろうか。
とにかく謀反とか悪だくみとかいう言葉とは無縁の家族だから任されたのだろう。面倒を押し付けるにはうってつけの家である。
「もう少し、世の中を渡る強さというか、ずるがしこさを持ち合わせてもいいと思うのよねぇ」
頼りないのが玉に傷ね、愚痴る私の横でエメラルドは黙って前を向いていた。が、意を決したように尋ねる。
「あのさ、お前は……前世の事どれだけ覚えてる?」
肩まで伸びた黄金色の髪がふわりと風に揺れた。同じ長さの自分の黒髪を眺めて、答える。
「結構覚えてるって言いたいトコだけど。よくわかんないんだよね」
例えばナナちゃん。言わずと知れた私の友人だが、その顔は曖昧だ。確か、耳元で二つ括りにした髪には水色のゴムがついていたと思う。推しキャラのイメージカラーなんだって言ってたっけ。
そんな細かいことを覚えている一方で、じゃあ、ナナちゃんは教室のどこの席に座っていたのかと考えると何も覚えていない。
学校に行くためには、家を出て左に曲がるのは覚えている、では次の角は? どこかで左手に公園がみえるはず。それは家から何分くらい歩いた所?
「俺も、似たようなもんかな。通っていた高校の名前すら覚えてねぇ」
横でため息が聞こえる。言われて気づく。確かに、高校の名前が出てこない。
「『壱校の魔物』ってフレーズは覚えてるんだけど」
「それは速攻で忘れろ」
だから壱がつく高校なんじゃないか、と口にするが全力で睨まれた。理不尽。
いいよ、もう知らないもんねー、と口を尖らしてベンチから降りようとすると、再びお兄様が口を開いた。
「あれは、覚えてるか。ほら……赤い太陽」
真剣な声に、あの瞬間が蘇る。今まで見たことのない光だった。そういえば、あれのせいで事故にあったのだ。いや、事故にあった瞬間のことは覚えていない。そもそも、あの光がすべての始まりだった。
再び兄が何か言いかけた。その時、
ガサガサッと庭の木をかき分ける音がして同じくらいの年の男の子が現れた。
ブラウンの髪に気の強そうな吊り上がった瞳。来ている服はグレーの上等な生地に細かい刺繍が施されている高そうな代物だ。
エメラルドの姿を見た瞬間、吊り上がった目を大きく見開いたその少年は暫くの後気を取り直したようにその場に仁王立ちになって言った。
「誰だお前ら」
え、ここ私の家なんですけど。
あとエメラルド様、「あ”?」とか言わないでください。相手はまだ子供ですよ。