驚きました
モザンリア王国。
それが、私たちが今いる国の名前だ。
西側以外の三方を海に囲まれた半島の小さな国。しかし、温暖な気候に恵まれている上広大な海も支配するモザンリアは世界中から一目置かれる存在である。
「あぶぅ……」
壁に貼られた大きな地図を眺めて、私はため息をついた。まあ実際声に出たのは、あぶぅ、なんだけど。
兄とならんで豪華なソファに座っている私は必死で頭を働かせていた。
どうやら私と兄はトラックに轢かれて死んでしまったらしい。そして転生後の姿が今である、と。
それはいいのだが、どうもこの世界は私がナナちゃんから借りた乙女ゲームの内容にそっくりなのだ。
この国の知識は大人たちの話を盗み聞きすることでしか得られないから、まだまだ詳しいことは分からないがあまりにもゲームの世界と似すぎている。
まるで中世ヨーロッパのような風景に人々の姿。そして何よりゲームと同じなのは――兄の名前だ。
「姫君たちよ、元気にしているかい?」
扉を開けて入ってきた上機嫌な男。上位騎士である私の父親だ。
深い青の団服を身にまとい、腰に長剣をさげた姿は父親というより少し年上のお兄さんといった風貌をしている。乙女ゲーム主人公たちも18才位で結婚だ王妃だと言っていたところをみると、この世界では20代前半で父親になるのだろう。
「エメラルド姫、今日もお美しい」
父親はまず、私の横に座っていた赤ちゃんを抱き上げた。
お座りが出来るようになって、ますます美人度に磨きがかかった女神(中身兄)はレースをふんだんに使った豪華なドレスを着せてもらっている。なんとか二つに括れるようになった黄金色の髪も影響して、天使の羽でもつけたい可愛さだ。芸能界いり間違いなしの美貌である。
しかし、等の本人は抱き上げられたまま私を見下ろして視線だけで、助けてくれ、と訴えてくる。お互いまだ言葉が話せないとあって二人の会話はもっぱらアイコンタクトだ。私は、無理諦めて、の視線を送り返して考え込む。流石にアイコンタクトではこの世界が乙女ゲームと同じだということを兄に伝えられない。瞳だけでそれが伝えられるなら、それはもうテレパシーの領域である。一体、いつになったら兄にこの世界のことを伝えられるのだろうか。
エメラルド。
兄につけられた宝石の名前は、この乙女ゲームの主人公であり、モザンリア王国の最重要人物なのだ。
当然のことながら、エメラルド姫と私に血の繋がりはない。
エメラルド・デ・フランデール。
フランデール伯爵の一人娘にして唯一の生き残りがエメラルドなのだ。我が家の人間は、姫を預かっている護衛騎士にすぎない。
なぜ、エメラルドがモザンリア王国の最重要人物なのかというと、それはこの国の王位継承について独特の事情があるからなのだが、
「あうーっ(いつまで触ってんだよこのクソが)!!」
文句を言いながら兄が父の指を噛んだ。当然、歯は生えていないので可愛らしく咥えただけである。父親はでれっと目元を垂らして兄を元のソファに戻した。
「お腹でもすいたのかな? ご飯にするよう言っておきましょう。よし、次はもう一人のお姫様、モリ―だ」
今度は私を抱き上げる。一気に目線が高くなって部屋が見渡せるようになった。ドア側の壁、隅に飾ってある大きな鏡を見つめる。
父親に抱かれている私の姿は黒い髪に茶色の瞳。可愛くない訳ではないけれど、エメラルドと並ぶと雲泥の差と言わざるをえない。せっかくヨーロッパ的な世界に生まれるのなら、日本人特有の黒髪とはオサラバしたかった。あと、兄に便乗して名前もサファイアとかにして欲しかった。エメラルドとモリ―って差別し過ぎだ。
「よしよし、モリ―も良い子だ」
父親がぎゅっと私を抱きしめる。無精ひげが生えていないつるつるの肌に、お酒臭いどころか仄かな花の香り。父というより、恋人に抱きしめられているみたいでドキドキする。恋人いたことないけど。
「ぶっ――(てめぇ、抱きしめるんじゃねぇよこの変態が)!!」
「ははっ、エメラルド姫。そんなに食事が待てないのですか?」
兄が盛大に抗議の声をあげるも、父親は笑顔のままだ。当然だろう、まさか天使のようなこの赤ちゃんが自分に向かって汚い言葉をののしっているだなんて夢にも思うまい。
仕上げにと私達二人の頭を撫でた父親は、最後に名残惜しそうな表情をして呟いた。
「こういう風に私達が過ごせるのは、あと何年でしょうね……一体いつ、私はエメラルド姫に本当のご両親についてお伝えしなければならないのでしょうか」
「おぎょ――――(ええ? 俺この家の子供じゃねーの)??」
何を驚いてるんだ兄よ。鏡見れば一発で分かるだろうが。