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プロローグ

 天気予報では晴れだと言っていたのに、見上げた空は曇っていた。


「くそっ、痛ってーな」


 私の隣を歩く兄が頬をさすりながら舌打ちをする。いかにも『殴られました』といわんばかりの口元のアザのせいで、顔の怖さがいつもの三割増しだ。

 だらしなく着た制服に、自分で染めたためムラのある茶色の髪。喧嘩上等が服を着て歩いているような我が兄はいうまでもなく高校でもダントツの問題児である。『壱校いちこうの魔物』という誰がつけたのか気になるあだ名で呼ばれる兄の所為で、同じ高校に入学したばかりの私も周りから遠巻きにされる日々が続いている。唯一、小学生から仲良しのナナちゃんだけが私の話相手だ。


「そうだ。ナナちゃんに返すゲーム、ちゃんと持って来たかな」


 ふと思いだして、私は歩きながら鞄を開ける。歩みが遅くなる私に合わせて、兄も進むのがゆっくりになる。因みに入学してまだ一カ月なのにすでにボロボロの鞄は兄のお下がりだ。「俺、鞄使わねーから」とくれたのは良いが、血の染みがあるのが難点である。『壱校の魔物』が鞄に辞書を入れて武器にしていたという噂は本当だったらしい。

 私が取り出したのは、所謂乙女ゲームというもの。ナナちゃんは何を隠そうオタクである。物心ついた時から貧乏で、ゲームどころか漫画も買ってもらった記憶のない私は今までナナちゃんから借りた物で遊んできた。兄曰く、「その遊びは偏っている」らしいが、タダで貸してくれるものに文句をつけるわけでもなく、私が遊ぶのをどこか遠い目で眺めている。


「夜中ずっとやってたもんな、クリアできたのか?」

「うん。ずっと借りてるのも悪いからね。ちゃんと全ルートクリアしたよ」


 なにせポータブルゲーム機本体ごと借りてるのだ。「これは布教用だから気にせず使いたまえ」とナナちゃんは言うけれど、こんな高価なもの、家に置いておいて壊してしまったら大変だ。


「ただ、隠しルートがあるって聞いたんだけど、よくわからなかったからナナちゃんに聞いてみるよ」

「ふーん」


 興味なさそうに返事をする兄の横で、私はゲームの絵を眺める。

 中世のヨーロッパのような世界で黄金色の髪を持つ、絶世の美少女が主人公。彼女は多くの男性から与えられるアプローチを受け、やがて王妃へとなるシンデレラストーリー。

 

 羨ましいな。


 素直にそう思う。高校生にもなって何言ってるんだって言われるだろうけど、幼い頃に母を無くし、着る物一つ好きに買えない身としてはシンデレラストーリーは永遠の憧れだ。


 もし、もし生まれ変わったら。


「……眩しいな、太陽が出てきたのか?」


 生まれ変わったら、このゲームの主人公のように。


「何だ? あの太陽、色が――」


 珍しく焦ったような兄の声に私はトリップしていた思考を戻して空を見上げる。

 空に浮かんでいるのは、夕焼けのように真っ赤な太陽。光でこの世界を包んでしまいそうなぐらい眩しい。私は思わず目を閉じた。

 だから、気づかなかったのだ。


「おいっ! ―――――!」


 兄が私の名を呼んだ。

 目を開くと、すぐそこにトラックがあった。恐怖にひきつった運転手の顔が見える。

 真っ白になる頭。

 動かない足。

 背中から抱きしめられる感覚。


――――――暗転。




 ……もしも、もしもこの日をやり直せるのなら。

 私は生まれ変わりなど望まないだろう。


 神様なんて、中途半端にしか願いを叶えてくれないのだから。

 

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