手紙を書きました
神殿に行きたい。
私達のお願いは周りの大人に一蹴されてしまった。
大人たちもイジワルで断ったわけではない。そもそも神殿に入れるのは7才以上と決まっているのだ。その年になれば正式に神殿で洗礼を受けるので出入り自由になるらしい。
つまり、私達はあと2年は入れないのだ。後2年。もちろんそんな悠長に待っている場合ではない、時は金なりだ。いや、この場合切実に。
「神殿の管理者も攻略対象とかいうやつなんだろ?」
ピンク色の枕にパンチを食らわせながらエメラルドが尋ねるので、私は頷いて肯定した。
今日は私の部屋で二人の会議を行っている。つまり彼女が叩いている枕は私のものだ。別にいいけど。
エメラルドの使っている客間とは劣るが、私の部屋も5才の少女が使うには贅沢な広さだ。なにせ私とエメラルドが二人して三回転はできるベッドが真ん中にどどんと据えられている。よく覚えていないけど、昔の私はこういう部屋に憧れていた気がする。というよりふかふかの布団で寝るのが夢だった気がする。どれだけ貧乏だったんだ、昔の私。
そんな広いベッドの横に置かれたこれまた大きな勉強机から、私は一枚の地図を取り出した。昔、赤ちゃんだったころ寝かされていた部屋に飾られていた地図だ。物心ついた頃から懸命に指を指し続け、めでたく2才になった頃根負けした両親からいただくことができた。後で知ったのだが、コピー機などないこの世界、地図を書き写すのは相当な気力がいることらしく、その労力に伴って地図の値段というのは結構お高いんだそうだ。それを知って申し訳なさで一杯になった。いつかこの地図を写して小金を稼ごうかと考えたのはここだけの話だが。
「今、私達が住んでいるのはこの辺りよ」
そんな貴重な地図、そこに書かれた国土の南を指して私は説明した。
モザンリア王国はざっくりと5つに分けることができる。
フランデール伯爵領は王国の南。
エミリオくんのいるルジオール家は王国の東。
黒幕のはずのローゼイ家は王国の西。
残るは北と中心。これらもそれぞれ選王家の領土だ。
「中心地から少し東に逸れた所にあるのが王都ソラ・モザンリア。ここは王様が治める特別地区ね」
「モザンリア王国はほぼ選王家のどれかの領土ってことだな。となると選王家は5つ?」
エメラルドは指を数えながら聞いてきた。おしい、と私は首を横に振る。ことはそう単純ではないのだ。
「選王家は全部で6つ。残る一つがモンソラ家で神殿を司ってるの」
因みにモンソラ家は領地はないものの、王様の治める特別地区に広大な屋敷を保有しております。
確か、攻略対象はアル・フルウラ・デ・モンソラという名前だった筈だ。
私からしたらピンとこないが、この名前は古代の言語からきているらしい。恐らく、私が高校生といた世界に日本武尊的な名前のクラスメイトがいる感覚なのではないだろうか。
因みに今の年齢は7才のはずだ。私達の2才上だね。
「モンソラ家は王都に住んでるけど、神殿は王国中にあるわね。モザンリア王国の人々は世界各地にいるから、その人の為に各国に神殿があるという話もあるわ」
「よし、そいつ攫おう」
なんでですか。
あっさりと酷いことを言ってのけるエメラルドに私はガクッと転びそうになった。なんですぐ暴力で対処すしようとするのかなこの不良は。あ、不良だからか。答え言っちゃったわ。
「俺らの金を巻き上げてるんだろ? つまりそのモンソラ家が黒幕だ。悪い奴だ。潰しちまおう」
「黒幕はローゼイ伯だってば」
説明したでしょ、とため息をつけばエメラルドはその大きな瞳をぱちくりとさせてからポンと手を叩いた。あ、思いだしたーって顔しないで。無駄に整っている顔だからよけい腹がたつ。
「じゃあ、モンソラ家は黒幕の下っ端だ。よし潰そう」
「……」
モンソラ家、ねぇ。そんな風には見えなかったけどな。
私の記憶に残っているアルの姿が浮かび上がる。烏の羽のような真っ黒の髪にいつも本を抱えている細身の姿だ。なんといってもポイントは眼鏡。攻略対象に一人はいるいわゆる高圧真面目委員長ポジション。成績優秀。実は前世の私の一押しだったりする。ほら、兄がアレだから真面目な人に惹かれるんです。真面目な委員長風お兄さんだったらどんな感じかなとか想像したりするんです。
「思いっきり黒幕じゃねーか。俺そういう奴嫌いだわ」
アルの人物像にエメラルドが舌打ちする。確かに、アルは不良と対局にいるような人物だ。実際、将来不良のエミリオとは仲が悪かったはず。ん?
「あ、エミリオくんのお兄さんと仲が良かったかも」
パッと霧が晴れたようにとあるイメージが浮かび上がってきた。それはゲームのスチールの一場面。エミリオくんのお兄さんとアルが図書室で一緒に勉強しているシーンだ。攻略対象ではないエミリオ兄はむしろ攻略したいとナナちゃんが息まくほどの美青年で、人気も高い。一部のファンでは、アルはエミリオ兄のものだから攻略しないと謎の誓いを守っているとかなんとか。
「エミリオか。使えるな」
そういうと、エメラルドはさっそく私の机から紙とペンを取り出し、何やら書き始めた。話の流れからいってエミリオ君への手紙だろう。伯爵家同士の手紙だから、まずは紋章の入った上質な紙に……ああ、書き終わったのね、「兄貴を使ってアルを連れてこい」ね、季節の挨拶も何もなく一行だけですか。そうですか。
仕方なく私が手紙を代筆する羽目になった。
上質な紙を探し出し、羽ペンを取ってできるだけ丁寧に書き進む。この世界の言葉はどことなく英語に似ている。言葉は何不自由なく喋れるんだけど、書くのは未だに違和感があるのだ。
まあ、所詮5才の子供の手紙だからある程度は多めに見てもらおうと開き直る。もちろん、エメラルドの書いた手紙は渡せないが。
その際、ふと思いついて私は手紙に書き加えたのだ。
港町 ソラ・シーガイで会いたい。と。
ソラ・シーガイならルジオールくんの住む東よりでもあることだし、そこまで無理な距離ではない。
何より、選王家の人物が町に来ているなら私達もきっと外に出してもらえるはず。実は今まで、碌に外に出してもらったことないんだよね。
「生まれて初めての町観光だ、やったぁ」
私は浮かれて手紙を持ち、くるくる回った。
なんて頭いいの私、なんて自画自賛しながら。
この思いつきの行動が、エメラルドではなく、私モリ―・アナベルの運命を変えるとも知らずに。




