Teach.5 クリスマスを、おしえて。
街に流れる、毎年おなじみのクリスマスソング。
相変わらず気が早くて1ヶ月も前から流れていたけれど、時間はどんどん追いついて、気がついてみれば今日はクリスマスイブの3日前。
あえてカウントダウンする理由も意味もないけれど、どこか意識してしまうのは、私に彼氏がいないからなのかな。
「去年のクリスマスは、楽しかったなー」
ふと、つぶやきながらその時のことを思い出す。男女問わずに誘い合わせた人たちで集まって、話をたくさんして…
その途中で、ある女の子に『恋なんて絶対しないんだからねー』って、恋することを否定するようなことを言われた時に困った覚えがある。
だって、友達が連れてきた人の中に私の好きな人がいたのだから。
誰にも、言ったこともなかったのに。
いつも遠目で見ているだけで、声をかけることのできなかった人。
でもその日から、あの人とは会うと言葉を交わすようになったし、時には話し込むこともあった。その時のメンバー数人で集まって、デート気分を味わったりもした。
…それでも、距離は相変わらずだけど。
なんだか、今までのことを振り返るだけでも顔が熱くなってきてしまう。
「それにしても…そもそもなんで私、ここを歩いてるかなあ」
人の多いファッション街。またクリスマスにみんなで会うだろうから、服くらい準備しとけば?と去年のクリスマスの時に集まったメンバーの一人に言われて出かけてみたものの、特に欲しいと思うものはないし、カップルだらけで居心地が悪い。
「ま、いいか。少しぶらつこ…」
そうして歩き始めようとした矢先のことだった。
あまりにも偶然?それとも必然?
あの人が、前から歩いてくる。
「あ…」
私が声を漏らすのと同時に、あの人と目が合った。
「偶然だね、ここで会うなんて」
人を通しての付き合いや、会うと分かっている場所…例えば大学のキャンパス内とかだと数え切れないほど会っているけど、街角で心構えもなしに突然会ってしまうと、なんとなく気恥ずかしかった。
それが表情に出て相手に嫌な印象だけは与えたくなくて、表面的にだけでも冷静にあいさつしなきゃ。
…というつもりであいさつしたけど、できてるかな。
「そうだな、けっこう久しぶりに会う気がするよ」
どうやら、あまり心配しなくても良さそう。ちょっとほっとした。
「今日はどうしたの?」
「いや、もう3日後がクリスマスだろ?服でも用意した方がいいんじゃないかって言われて」
「そうなんだ。私も同じように言われたの、考えることは同じなんだね」
「そっか。どうせだから一緒にまとめて見て回ろうか」
流れていくような話のペース。だからその言葉に何も考えずに「うん」と答えてしまった。
けれど、その後によく考えなくても分かることが一つあった。
…これって、デートじゃないの?
それからどれだけの時間が経っただろう。
それほどまでに時間を意識しようとする気持ちが向かないほどの短い時間だった。
ただ、こんなにゆっくりと2人だけの時間を過ごしたことは今までになかった。
服を買う以外にも休憩に喫茶店に入ったり、ソフトクリームを買って食べたり。
冬に買うソフトクリームはさすがに冷たかったけど、顔がずっとほてっていたせいか、ちょうどよく冷ましてくれた。
自分でも気持ち悪く感じるくらいに、良い雰囲気になっている気がした。
だけど、日の沈むのもこの時期では早くて…
「そろそろ帰ろうか」
あの人の口からでるその言葉が切なく響いた。
「…うん、そうしよっか」
本当は、もっと一緒にいたいけど。
そんな考えをめぐらせる。こんなに楽しい時間が、簡単に壊れてしまうような気持ちを感じた。
…だから、やっぱり引き止めなきゃ。それにこのまま終わって帰っちゃったら、今度いつチャンスがあるか分からない。
「あのっ…!」
私が言葉を続けようとする。と、同時にさえぎる電子音があった。
それは、ケータイのメールの着信音。
そのまま話を言い切ってしまってもよかったかもしれないけれど、あまりにも間が悪くて仕方なく話をそらした。
「…ごめん、メールが来たみたい」
すると、あの人もケータイを取り出しはじめた。
「オレもだ」
2人で、それぞれメールの内容を見る。
『やっほー♪どう、会えた?なかなか行動に出ないから、ちょっと出会えるようにしかけてみたよ。うまくいったカナ?』
ご丁寧にも、そのメールは同時に数人に送る時にそれぞれ誰に送られているのか分からないようにするBCCでやってきたけど。
少なくとも他の一人の送り先は、同じタイミングでメールを見ている…
「…あいつらにしてやられたか」
吹き出した顔につられて、私もほおがゆるむ。
そうだ、同じ内容のメールが届いたということは。
「同時送信するなんて、会えてたらBCCにしても意味ないのにね」
「まったくだ。何考えてんだか…」
「返信しようか、会えたって」
私はケータイをカメラモードにして、インカメラをかかげる。
液晶画面に映る、2人の顔。
その距離が遠すぎて、とぎれていた。
だから私は思い切って。
「えいっ!」
ピースサインをしながら、カレの肩に顔を密着させる。
とまどうカレの顔を画面に見たけど、そのままボタンを押した。
…もう、カレって呼んでもいいんだよね?
そんな意味もこめながら、私はカレの目を見る。
「ん、いいんじゃない?」
カレのやわらかい笑顔が嬉しい。
私もじっと見つめることができることに幸せを感じながら、返事のメールを書いて送信した。
「おどろくかな?」
「予想通りと思ってそうだけどな」
辺りは真っ暗になり、2人きりでいられる束の間の時間。
でも、今日1日の中で一番満たされる時間。
「…じゃあ、続きは3日後にでも」
「え…」
一緒にいたいという私の想いがつつぬけているような気がして、恥ずかしい。
でも、それも心地よかった。
いったい、3日後をカレと過ごしたら、どうなるんだろう?
そんな、期待しちゃってもいいくらいの。
ステキなクリスマスを、おしえて。
「…ん?」
私たちの寄り添う写真を送信したメールの返信があった。
『うんうん、1年前のクリスマスの時、気になってそうだから呼んだのは正解だったね♪』
「ええっ!」
同じタイミングでカレまで驚く。
今のメールを確認すると、またもBCC。
と、いうことは…
「まさか、1年前からしてやられてたのか」
私の様子も見て、カレがつぶやく。
相手の方が一枚上手みたいだった。