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Teach.4 ドキドキを、おしえて。

「いいお天気だなー」

 海をそのままひっくり返したかのようなくもりのない青空の下で、私は1人、噴水の前である人を待っている。

 その相手は、ずっと私が想いを寄せてきた人。

 どれくらいずっとだったのか、もう忘れてしまったくらいだけど…

 でも今、その人を待てるということは、どんなに幸せなことなのだろう。

 こうして待っている間でも、既に胸のドキドキがおさえきれなさそうになっている。

 自分の心でさえもコントロールできなくなるほどに、どうしようもなくなってしまっている。

 こういう時は、どういうことを考えたらいいんだろう。

 少しでも、緊張をおさえなきゃ。

 

 それは、とても急いでいた日。

 あまりに寒くて、もう少しだけとふとんをかぶったのがいけなくて、今その分を取り戻さなければいけなくなってしまって。

 学校に遅刻しないための電車の時間ギリギリになってしまっていた。

 本当はもう1本遅い時間でも間に合わないわけではないのだけど、私の歩くスピードではかなり厳しいし、何より時間ちょうどだからか道がすごく混んでしまって、思うように歩けない。

 だから、私の間に合う時間は普通の人よりも1本前。それなら駅までの道のりは特に混んでいるということはないから、私ががんばれる場所は家から最寄りの駅までのこの部分しかなかった。

「間に合う、かな…」

 左手の手のひらを自分に向け、時計を確認する。

「あ…」

 すでに、その電車が出発する時間だった。

 

 いつも乗っている電車もけっこう混んでいるけど、やっぱりギリギリの時間はますます混んでいる。

 人の動きに身をまかせないといけないほど。

「おっ、どうした。珍しいな、このタイミングで会うなんて」

 私がつり革の下の部分にようやく手をかけるようにして流されないようにバランスをとっていると、横から聞き慣れた声がした。

 それは、私とクラスが一緒の人。

「あ、お、おはよ…」

 だけどそれ以上の気持ちがある私は、かなり心が揺さぶられた。

 それはもう、心臓が飛び出てそのまま落ちてしまうんじゃないかってくらいに。

「ま、おおかた寝坊したってとこだろうな。そうじゃなきゃわざわざ混雑するこの電車に乗るわけないしな、うん。おれはなんともないからこの電車でいいけどな」

 勝手に言って納得しているけれど、本当のことだから何も言えない。

 ただ、最後の一言に対しては彼も単なる寝坊なんだろうと、頭の上の髪のハネ方で思った。

「…何がおかしいんだよ」

 私はそのことを思って笑ってしまっていたみたいで、私のひたいに指ではじかれる軽い衝撃が走った。

「いったぁ…もう、こんな狭いところでやめてよ」

 私の特別な想いとは逆に、彼はどうも私のことをおもちゃか何かとカン違いしている感じがある。

 私たちは、普通の友達。そんなスタンスでの付き合いだった。

 

 電車を降りて、学校までの通り道。

 さっきも思っていた通り、この電車では早く歩かなきゃいけない上に人をすり抜けていかなくちゃいけない。

「何やってんだよ、早く行くぞ」

 すでに少し先に彼がいる。いつの間に、と思ったけどどうも私が遅いみたいだ。

 それでも人の流れがうまく読めなくて進めない。すると彼は私のところまで戻ってきたかと思うと、

「まごまごしてんなよ、行くぞ」

 そう言って私の腕をつかんで歩き出す。

「え…えっ?」

 私は心の整理もつかないままに、引きずられるように、つまずきそうになりながら、彼の後ろ姿をずっと追っていく。

 その背中はなんだか頼もしくて、大きくて。辺りの雑踏は私の耳には入らず、ひたすら顔も見えないのに見続けていた。

 

 …ドキドキを、おしえて。

 

 私たちは、遅れることなく教室に入ることができた。

「なるほどな、いつもあの電車に乗っていないワケが分かったわ…」

 彼は私のとなりで机にべったりと体をくっつけて突っ伏している。

「べつに…連れてって欲しいとか頼んでいないけど…」

「な…たまたま気が向いて親切心で連れてってやったっていうのにそんな言い方あるか」

 つかまれていた腕をさすってみる。もう腕は離されているというのに、なんだかまだ熱く感じた。

「急に腕をつかんで連れ去ろうとしたり、ひたいをキズモノにしたのが親切心なの?」

「おい…その言い方確実に誤解を生むからやめてくれ」

 突っ伏していた体を起こして焦っているように見える彼に、私はさっきの頼もしさとのギャップを感じて、おかしくて仕方なかった。

 だから、こんなことも冗談っぽく言えたのかな。

「誤解を解きたかったらこれからも今日と同じ電車で遅刻しないように連れて行ってよね。その分寝坊できるんだから」

 

 考えてみれば、かなり強引なことを言ったと思う。

「本当に待ってるのかよ…」

 彼が私の前にやってくる。

 そう…私はまだ、彼に何も気持ちを伝えていない。

 強引なことをあの時には言ったけど、それはまだはじまりにしか過ぎないわけで。

 きっとその時は彼といれば、必ずやってくる。こうして彼と一緒にいる時間が続くかぎり。

 だから、その時は。

 

 もっとドキドキを、おしえて。

 

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