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Teach.10 バレンタインを、おしえて。

「はあ、どうしようかな」

 明日はバレンタインデー。私の前には何も手をつけていない板チョコと、道具たちが並んでいる。

 決してチョコ作りが苦手というわけではない。何が問題なのかって、どれくらい気合いを入れていくかということだ。

 周りからはサバサバした性格だと言われる私。自分でも、女らしくないところがあると思ったりする。なにせ、男たちの中に入っている方がむしろ話が合ったりもするし…

 だからこそ、チョコレートを作って渡すなんてギャップがどう映るのかと心配になる。あと、あまりにもあからさまに本気なものを作ると引かれるような気がしてしまう。

 どうしようか…時計の長針が1周するぐらいに考え込んだあげく、考えても仕方ないととりあえずとりかかってみる。それはいいものの、迷いが出てしまったのか…

「なんだか、中途半端な出来になっちゃったな」

 今更新しく作り直す気力もなくて、それを結局持っていくことになってしまった。

 それが私が作った、たった1包みだけのチョコレート。

 

 いざ当日になると、腰が引けてしまうものなんだな…

 こんなもどかしい気持ちは、なかなか味わうことがない。

 何を今になって女らしく振る舞おうとしているんだか…気持ち悪い。

 こういうのはさっさと渡してしまうのが一番なんだよね。そう言い聞かせて、私はある男に声をかける。

「ねえ、ちょっといい?」

 それが、私のターゲット。話していても何の違和感も無くて、とにかく話題が合って…

 いつの間にか、それは気になる存在になっていった。

 まだ、それが世間で言う恋ってものなのかはまだ分からないんだけど…

 でもそのままもやもやして日々を過ごしていくよりも、まずはこうしてアクションを起こしてみるのが一番だと思ってこうして準備をしてきたんだ。

「お、どうした。今日はずいぶん様子が違うな」

「えっ、そう見える?」

「なんか気合いみたいなオーラが見えるけど」

「まさか。そんなことないって」

 今は否定するしかない。でも気合いが入っていることを既に見破られていることに動揺している私がいる。

 何気無しに言っているのかもしれないけど、彼の言うことはけっこう鋭くて困ることもしばしばある。なぜかって、今の自分でもよく分からない彼への気持ちを悟られたりなんかしたら、これからどう接していけばいいのかわからなくなりそうだし…

 今日もできれば、悟られずにいきたい。でもこれから渡すものを考えれば、少しは気付いてほしいという気持ちもある。

 いったい私はどうしたいんだか…

 自分自身でも処理できない複雑な気分に嫌になったりして。

「そうだ、一つ渡したいものがあるんだったわ」

 言い訳をする方が先に出てしまってなかなか本題に入れない私をよそに、彼はそう言うとカバンの中から指輪程度のサイズの箱を取り出して私に差し出した。

「えっ、これ…何?」

「まあ、開けてみなって」

 もはや私の目的は完全に脇に置かれてしまった状況で、言われるがままに開けてみると…

「…えっと、これ、チョコレート?」

 しかもかなり綺麗にまとまっている。ホワイトパウダーまで振りかけられていて、見た目にもおいしそうだと思えた。

「いわゆる逆チョコってやつだな。なんか突然流行った感じだし、どうせだから作ろうと思って。こういうの作るの好きなんだ。意外だろ」

 本当に意外だった。初めて知ったことだった。

 だけど、それはなおさら…

「う、うん、意外…」

 自然と後ろに回した手に力がこもるのを感じる。

 同じくらいの箱に包まれた、中身がほぼ一緒の…でもおそらく出来なんて雲泥の差がついていると思うもの。

「ところでさっきから手を後ろに回してるけど何かあるのか」

 気付かれてた。

「もしかしてチョコレートとか。はは、そんなことないか」

 読まれてた。

 その時には頭の中がよくわからなくなっていて…もうどうにでもなれと思っていたのかもしれない。

「そうよ、何か文句ある?」

 なぜ怒りながら渡すことになってしまったんだろうと思いつつ、箱を乗せたままの手を前に差し出す。

「いや、文句なんか別にないけど」

「じゃあ受け取れば?言っとくけど出来は期待しないでよね」

 自分自身でも余計なことを言っているような気がした。このままじゃ嫌われてしまいそうで。

 彼は何も言わずに箱を受け取り、包みを開ける。

 中身は変わるわけも無い、自分でも中途半端な出来のチョコレート。

 形も整ってなくて、特に何か飾りをあしらったわけでもなくて。

 その中身を見た彼は、何も言わない。

「だから期待しないでよと言ったでしょ。何とでも言いなさいよ」

「いや、なんかすごく考えて作ったのが伝わってくるかな」

「なっ…何よそれ」

「それともオレがそういう風に思いたいから、か?」

 そう言いながら彼は一口、私の作ったチョコレートをほおばる。

 それはチョコレートの甘さにこめられた、恋の魔法。

「また作ってきてくれよな」

 

 バレンタインを、おしえて。

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