Teach.1 キスを、おしえて。
私には、まだ付き合いたてのカレシがいる。
「あのっ…私とこれからいっぱい、一緒にいてください!」
ほおをなでる風がちょっぴり冷たいキャンパスの秋空の下、精一杯にぶつけた想い。
今思うと、変なコクハクだったけど。
カレは私の言葉を聞いて、にこりと笑って「いいよ」と言ってくれた。
「今日はどこに行こうか。どうする?」
今日も私に、カレはあの時と同じほほえみをくれる。
あれから1ヶ月、これまではただの知り合いだった私たちは、休みになればお互いに行きたいところを言い合ってデートをするようになった。
いつの間にかその行きたいところはカレと私が交互に考えるようになっていて、今回は私の番。
暗黙のルール、って感じなのかな?それも、気持ちが通じ合っているようで嬉しかった。
「えっと…まずは服見に行くでしょ、あ、あとお弁当持ってきたんだよ、一緒に食べよ。その後公園に行って散歩しよ」
お互いにお金はあまりないから、結局行きたいところといっても大して変わらなかったり。
そんな、いつもどおりの2人の時間。
だけど今日は、何かが違っているような…そんな気がした。
「ん…わかった、そうしようか」
その原因はすぐにわかった。カレの視線が私を向いていないような、どこか遠くに気持ちを置いてきているような、とにかく普段とは違った表情をしている。
「どうしたの?なんか様子が変…」
「え!いや、そんなことないよ、いつも通りだよいつも通り」
「そうかなぁ、今日、私に向かって話、してくれないよね?」
「そ、そう?気のせいだよ」
カレはそう言いながら、どう考えてもムリヤリに、私に視線を向けてくる。
その向け方があまりにストレートだったので、私の顔が少しずつ熱くなってくるのを感じていたけど、お構いなしにカレは私から視線を外そうとしない。
「だ、だからと言ってじっと見ないの!ほら行くよ!」
耐え切れなくて、矛盾していること言ってるなぁと思いつつ、私はカレの前を早足で進む。
いったい、カレは何を考えているの?
そんな、嫌な不安を抱きながら。
「ふー、今日も楽しかったね」
夕日が沈みかける時間の公園のベンチ。
日の落ちるのが早いのか、それとも時間の経つのが早いと思っているからなのか…今日はデートのはじまりから不安はあったけど、やっぱりカレといるのは楽しくて。
「そう…だね」
でも、今になって同じ不安がよぎる。
ぽつりとつぶやいたカレの顔を、気付かれない程度に軽く覗き込んでみる。
秋の夕日が斜めに入って、影を落としている。その表情に切なさを感じた。
私の思う、嫌な予感。それは、私を好きではなくなってしまったかもということ。
一度そう考えてしまうと、カレの行動、様子、表情…全てに説明がついてしまう気がして、だから怖くて、あまり考えないようにしていた。
だけどそのことを意識しすぎて他の話が浮かばない私は、覚悟を決めて切り出した。
「やっぱりちょっと変だよ、今日。何か…あったの?」
最後まで言い切る時に、少し言葉がよどんだ。
少しだけ起こった沈黙が心を締め付ける。夜に向かっていくこの時間は確かに寒いけど、それ以上に体が急激に冷たくなっていく。
私がなんとか話をつなごうと、何も考えていないのに口を開こうとした時だった。
「聞いてもらいたいことがある」
それまでベンチに座ってから前だけしか見ていなかったカレが、私の方に向かう。
今までに見たことのない、真剣そのものといった表情が感じ取れた。
たぶん…ううん絶対、これは大事な話。
嫌な予感を1日中ずっと感じてきた私。だけどもう逃げられなくて、そのまま受け止めるしかなかった。
「な、なに?」
「今まで、何回か一緒に出かけるようになって思ったんだけど…」
「うん、楽しいよ私」
聞いてもいないことを答える私。少しでもひき止めようと思って。
「そう、自分も楽しいと思ってる。だから」
「だか…ら?」
カレがよりいっそうに私の目を見てくる。まるで吸い込まれそうなくらいに。
あ、来る…私は、その続きを覚悟して待った。
「付き合って、欲しいんだ」
「…え?」
それは予測してなかった言葉。
頭が考えることを受け付けなくなる。言っている意味がよく分からなかった。
ただ、普通に聞いてこれは私に対するコクハクにしか思えなかった。
「ど、どういうこと?だって、私は既にもう想いを伝えてるはずだけど…」
「…え?」
今度は、カレの方が予測してなかったといった感じで聞き直してくる。
「だって、あの時…」
私が想いを伝えた1ヶ月前のことを、カレに話す。すると。
「あ、あれが告白だってこと?てっきり、一緒にいて欲しいって友達になることかと」
あまりにかけ離れていた私とカレの気持ちに、気が抜けてしまう。
自分でも変な想いの伝え方だったとは思っていたけど、まさか、その意味を間違えられていたなんて…
「これまでの1ヶ月はなんだったと思ってるの?」
おまけに、いらない嫌な心配までしてしまったのに。
「ご、ごめん…」
「責任、取ってもらうからね」
「え…何をするつもり…」
「こう、するの!」
その時のカレのびっくりした顔は、きっとずっと忘れない。
びっくりするのも当然だよ。だって、カレに唇を寄せたのだから。
今度こそ、間違えられないように。友達だなんて言わせないように。
そんな確認のようなキス。それくらいはさせてよね。
でも、これじゃまだ一方的。
だから、今度は私に。
キスを、おしえて。