少女は誉め殺す
由紀にしてやられてから一時間程してからだろうか、少女の恋人を名乗る今回の依頼主が冠堂の扉を開いた。
店に入るなり由紀の方に一直線に向かって来るその青年の表情はとても険しい。
恋人を殺され、そして遺体を見ることすら叶わない現状を考えれば、それもまた仕方ない事だろう。
「こんにちは草介さん」
俺達の目の前までやって来た青年に由紀が声をかける。
「早速ですがご紹介を、こちらが今回草介さんの依頼を引き受けて頂いた、探偵の鴻池先生と助手の未神幸さんです」
「どうも、探偵の鴻池です」
「助手の未神です!」
「あなた達が、探偵さん…ですか」
由紀からの紹介を受けた青年が静かに答えてから俺達を見る。
男は無精髭に袴姿。女の方は異国人と思える様な髪色の少女。
恐らく彼が想像していた探偵像とはかなり乖離があったのだろう、少しばかり不安そうな表情が感じ取れる。
「思っていた探偵とは少し違ったかな?」
「い、いいえ。決してそんな風には…探偵の方とお会いするのは初めてで緊張してしまって」
俺が問いかけると青年–草介−が焦った様子を見せた。
「こんな無精髭によれた袴の男と、小娘の二人組じゃそんな顔するのも無理はないさ、でも仕事の方はしっかりするから安心してくれよ」
「ちょっと旦那様?小娘ってまさか私のこと?」
「お前以外に誰がいるんだ、えっ?馬鹿娘」
「ば、馬鹿娘ぇ?ひっどい!どうして旦那様はすぐにそうやって意地悪な事言うのかな⁉︎」
「事実だ事実。俺は本当の事を言っているだけだろう」
「んっ!んーっ!」
本題から逸れる俺と幸との会話に由紀から咳払いで牽制が入る。いかんいかん依頼主を前にしてこれでは示しが付かないな。
「おっと失礼、とにかく受けた仕事は責任を持たせてもらうよ、よろしく草介さん」
「草介さん?先生はとっても優秀な探偵さんなんですよ!この街一番、ううん帝都一番と言っても過言じゃないんです!」
帝都一番は流石に褒めすぎな様な気がして体がむず痒いが、そもそもこの街にはウチしか探偵屋は無いのだから、この街一番の探偵という言葉は間違ってはいないだろう。
「そんなに凄い先生なんですね…」
「それはもうっ!どんな依頼でもすぐに解決するすごい方なんです」
おい、やめてくれ由紀…いよいよ恥ずかしくなって来たじゃないか。
「うーん、由紀ちゃん。確かに旦那様はスゴイ探偵さんだけど、帝都一番っていうのはちょっと言い過ぎなんじゃないかなぁ?」
「なんだろう、お前に言われるとカチンとくるな?」
「いーい、旦那様?帝都一番って事はもうそれほとんど日本一って事だからね?旦那様そんな風に褒められて痒くならないの?」
「にっ、日本一…」
帝都は日本の中心、帝都一っていう事になれば確かに幸が言う様に日本一なんて言う風に捉えられるな。
どんなに自分に自信がある人間でもここまで言われると勘弁願いたくなるんじゃないだろうか。
「あの…由紀ちゃん、良いかな?」
「はい先生、なんですか?」
「帝都一って言うのは少々言い過ぎだから、帝都で二十番目…ぐらいにしておいてもらっても良いですかね?」
幸の言葉を受けて一気に弱気になる自分が自分でも情けなくなりながら、俺を楽しそうに褒めちぎる由紀に問いかける。
「そんな謙遜しないで下さい先生!うちのお父さんだって先生は優秀な探偵さんだって言ってたんですから!」
「國松さんにそう言ってもらえるのも大変光栄なんだが、もう本当にその辺で勘弁してくれ…本当にもう恥ずかしいから…」