よく出来た話
この事件。
帝都とは言えら外れに位置する小さな町の事件としては異質なものだったから新聞でも大々的に報じられたのも記憶に新しい。
しかしその物珍しさも、次の事件で搔き消え、しばらくすると多くの人の頭の中で小さくなって言ったのだろう。
今では新聞紙面でこの事件を報じるところはないし、俺自身も由紀からこの件を聞くまですっかりと抜け落ちていた。
「しかし由紀ちゃん、そう言った事件となると俺らがどうこう出来る範疇を超えている様に感じるんだが」
そう、探偵屋が出張る様な仕事ではない。
ただ一方で警察が今も丁寧にこの件を追っているかと言うと微妙なところだ。
数多くの事件が舞い込む警視庁の本部がいつまでもこの事件に注力しているとも、小さな町の警察に対処が出来る事件とも思えない。
「そうですよね、だから私もお話しようか悩んでいたところだったんですけど…」
「警察から進展が聞こえないから、依頼が来たって事か」
「はい、その通りです!」
「じゃあ今回の依頼人っていうのは殺された女の子のお父さんとかなのかな?」
少し冷静を取り戻した幸が口を開く。
「いいえ、そこもまた悩ましいところなのですが、親御さんじゃないんですよ」
「なら一体誰なの?働いていたところの人?」
「残念ながらそれも違います…」
親でも勤め先の主人でも無い。あぁ、なるほどそうなってくると。
「恋人か…」
「さすが先生、その通りです」
「私が潰していったからわかっただけじゃん!痛いっ!」
何やら、ぶうたれる幸の鼻をつまみながら話を続ける。
「依頼主は幾つなんだ?」
「十八歳、近くの八百屋さんで勤めている男性です」
あまり対価が期待出来そうにない身分ではあるが。
「依頼はそれなりにかかるって事も承知なのか?」
「それは最初に伝えてありますよ、でも…」
「それでも良いから探して欲しいと、死んでいると分かっていてもか」
「はい、場合によっては私のお父さんも依頼料を立て替えても良いと言ってはいるんですが…」
この話をするまで、話の中身を言い淀んでいた割には随分と話の流れが出来上がっているじゃないか。これはもう断れる様な選択肢は残されていないな。
「そういう事ならわかった、國松さんや由紀ちゃんにはいつも世話になってるし、この件引き受けさせてもらうよ」
「ちょっと待って旦那様!この話引き受けるの⁉︎」
俺が引き受けるとなった途端、大きな声を上げて幸が椅子から立ち上がる。
「聞こえなかったのか?引き受けるぞこの話」
「死体っ、死体探しなんだよ⁉︎解決する時は死体が見つかった時って事なんだよ⁉︎」
「何をわかりきった事を…」
「ぜぇーんぜんわかってない!嫌だよ幸っ、死体なんて見たくない!」
「俺だって見たく無い、しかし仕事ならしょうがないだろう」
「ならっ…」
「状況考えろ」
「わぁ先生!ありがとうございます!でも…無理に引き受けて頂かなくても大丈夫なんですよ?」
話の最中、終始神妙な顔持ちだった由紀の顔がパッと明るくなる。無理に引き受けなくて良いなんていう言葉を使ってはいるが、もう俺たちが断るとは全く思っていないだろう。
「君もなかなか、なんというか良い性格をしているよ」
「えっ?何のことですか?」
俺がこの場で出来る精一杯の皮肉もこの少女の前では空振りに終わる。
流石は國松さんの娘といったところだろうか。
「気にしないでくれ、それじゃあ早速だが依頼主、その八百屋の男っていうのと会えるかな?」
「後ほどお店に来ることになってますので大丈夫ですよ」
やはり、良い性格をしているなこの子。