後悔先に立たず
頭の左上に出来たデカイたん瘤がジンジンと痛む。
俺の横に座る幸だってきっと同じぐらい痛いのだろう、未だに涙ぐんでいる。
「まったく、貴方達はまともに仕事もせずに何をやっているんですか?」
我々の頭にたん瘤を作った張本人である般若…もとい麗子がピリピリとした表情でこちらに言葉を向ける。
「いや、仕事もせずにって言ってもな…そもそも依頼が来ないんじゃ動くに動けないじゃないか」
「そ、そうだよ!」
「来ないなら取ってくる!何ですか?このまま仕事が来なければ貴方達はずっとそうやってぐうたらと過ごしている気なんですか?」
「そうは言ってないだろうが…」
「あら、私にはそう聞こえましたけど?」
「俺達に依頼が来る時は何か良からぬことが起きた時、何も依頼が来ないって事は平和だって事だし悪い事じゃないだろ…」
ここはこの街で唯一の探偵社。警察で厄介に慣れないような事は大概うちに相談がやって来る。
つまり仕事が無い今は街が平和だという証拠なのだ。
「ものは言い様ですね。でもね、先生?だからといってぐうたら過ごして良いというわけでも無いんですよ」
「そんなこと言われても…なぁ幸」
「うんうん!依頼が来なかったら私達やる事ないじゃん?」
「だぁかぁらぁっ!無ければ探しなさいって言ってるのよ!今月に入ってからまともな仕事ひとつもないんですよ?わかります?稼ぎが無いの!」
「わ、わかってるって!わかってるから、そんな怖い顔するなよ!」
「誰が怖い顔させてるんですかっ!」
麗子はこの探偵社の秘書であり、勘定を担当している。彼女からすれば赤字を垂れ流すこの状況を許せるはずがないのはわかる。
しかし現実に仕事が無いのだからしょうがない。
「でもさ麗子さん、仕事取って来るっていったってどうやったら良いの?事件ないですかーって聞いてもすぐに見つからないよ?」
「幸?探偵社っていうのは何も事件を解決するだけが仕事じゃないのよ。人探しや素行の調査だってその仕事の範疇なのよ」
「うーん…人探しねぇ」
「旦那様、この前酔ってお家の鍵失くしちゃったよね?」
「あぁ、まだ見つかってないな」
「自分の物だって見つけられないのに人探しなんてできないよね、旦那様…」
そういえば、一週間前に酔っ払って家の鍵を失くしてたんだったな。
失くしてた事すら忘れてたが…
「グダグダ言わない!とにかくこんなところで座ってないで外出て仕事探して来なさい!」
我々の反論は麗子の怒りに油を注いでしまったようだ。
見る見るうちに麗子の目尻が釣り上がる。
「わかったわかった!とにかく今から外出て仕事探して来るからっ!」
「あっ、待って旦那様っ!私も一緒に行くから!」
もう一度、痛い一発を貰う前に外に出なくては、そう思い発した一言に幸が乗っかる。
こういう所、コイツは本当にうまいな。
「言っときますけど、仕事探すふりして由紀ちゃんの所に行ったら…わかってますね?」
「当たり前じゃないか、サボる気なんて無いって」
「よろしい、とにかくお願いしますよ?次の仕事が見つかるまで珈琲はお預けですからね?」
「わかってるって」
「旦那様可哀想…」
「幸、あんたも次の仕事が見つかるまでおやつ抜きだからね?」
「えぇぇぇぇ⁉︎待ってよ!そんなのひど過ぎるっ!」
「働かざるもの食うべからずよ」
まさか自分のおやつまで無くなると思わなかったのだろう。
幸はさっきのゲンコツの時よりも一層多くの涙を目に浮かべて抗議するが、この状態の麗子の前じゃ何を言っても無駄だ。
「諦めろ幸。仕事が見つかるまでの辛抱だ」
「旦那様のせいだよっ!こんな事ならもっと早く麗子さんに言えば良かったよ…」
後悔先に立たず。歌舞伎という餌につられて敗軍についた幸の嘆きには力が無かった。