望みしものは厳粛なる“夜”
・千堂陽太はまた、手でカオを覆った。
屋上で横になると、嫌なこと全て忘れられる。
制服がかすかに汚れたが、気にもならない。
(これで、もう日の沈みきった夜だったら、言うことねぇんだけどな......。)
「まーた、日の沈みきった夜だったら、とか思ってたんですか?陽太さん......。」
不意に背後からか細い声がした。
同級生の東雲胡蝶が、呆れ顔で立っていた。
「胡蝶か。オレといない方がいいんじゃないの?またからかわれるよ。」
「何ですかその冷たいリアクション。もうすぐ予令鳴るから呼びに来てあげたのに。」
抑揚の無いクールなしゃべり方だが、明らかに機嫌を損ねた様だ。
あわてて胡蝶に向き直り、誤解を解こうとする。
「違うって。胡蝶、オレらもう五年も同居してんだからさー。二人で居るとこ誰かに見られたら、からかわれんのお前じゃん。
これでも心配してんだけどな、オレ......。」
(そんなにイヤなんですか?私と付き合うの......。)
「は?何か言った?」
「いいえ、何でも!!」
どうして上手くいかないのか、陽太には分からなかった。
だが、それは胡蝶も同じだった。
昔は本当の兄妹の様に仲良く出来たのに......。
本当の兄妹の様によく似た若者達は、偶然か必然か、見たくもない太陽を仰ぎ、同時に同じ事を望んだ。
(早く次の、夜が来れば良いのに......)