ナイフ
ナイフで一突きされた。
血は出ていない。
だが、確かに見える。
自分の口から漏れ出す血と
傷口から滲み出て滴る血、
そして、自分の胸に刺さったままのナイフが。
私は思わず胸を見る。
「死ね。」
信頼していた彼からの
たった一言の裏切り。
小さい頃から一緒にいた。
思春期になって距離を置かれても
わりかし気軽に話せる存在。
そう思っていた。
そう思っていたのは
私だけだった。
「信頼」が音もなく崩れていく。
代わりに
石垣のようなガードが
急速に築き上げられていった。
ナイフの柄を握りしめる。
抜こうか、抜くまいか。
口元の血は乾いた。
滲み出た血も、乾いた。
ここで抜けば
また新しい血が出てくるのだろう。
また新しい血で
汚れ、濡れるのだろう。
いっそのこと更に深く刺そうか。
柄を持つ手に力を込める。
深く刺す勇気が無い。
結局、柄から手を離す。
ナイフは今や
体の一部同然となり
痛みすらも感じない。
彼はもう、「信頼」するに値しない。