1枚の紙切れと家庭の変化
プロローグ入れて8話目になります。今回は4話目の小炉奈&衛パートの続きになります
「風牙流剣術!舞風!」
複数の斬撃が石牛の石の鎧に突き刺さる。一撃では破壊出来ない石の鎧も複数の斬撃により徐々に崩れ始める。4発目の斬撃が当たると石の鎧が砕け散った。
一定の距離を取って戦っていた衛は鎧が砕けるのを確認すると、その距離を一気に縮めて相手の頭上へ飛ぶ。高く振り上げられた木刀を相手の背中目がけて振り下ろす。石の鎧が無くなった皮膚に木刀がめり込みそのまま地面へ叩きつけた。
石牛は悲鳴を上げ数秒後砕け散った。衛は親指を立て少し離れたところに居る小炉奈に笑顔を見せた。小炉奈の横には小さな子供とその母親が居る。
「もう大丈夫です。立てますか?」
「あ…は、はい!ありがとうございます」
石牛と衛の戦いを呆然と見ていた母親が小炉奈の声で我に返る。疲れた顔をしている母親とは対照的に子供は笑顔でこちらに来る衛を見ていた。
「お兄ちゃんかっこいい!」
「おう!坊主怪我はないか?」
衛は少年の頭をわしゃわしゃと撫で笑顔で話しかける。子供の元気な横顔を見ながら母親も安堵の表情を見せた。小炉奈はギアを操作して都市の地図を出した。
「ここから一番近い避難所は900メートル先の小学校みたいですね。私達がさっき来た方角なのでモンスターはまだ居ないと思います。行けそうですか?」
「はい。この子が通っていた学校なので場所は知ってます。あなたたちは避難所へ行かないんですか?」
「ああ、俺の帰りを待ってる弟達が居るんでね、そいつら迎えに行かなきゃいけないんだ。坊主、かーちゃんと一緒に学校まで行けるか?」
「うん!」
子供は元気に返事をした。母親は何度もお辞儀をした後、子供の手を繋いで学校のある方角へ歩いて行った。私達は当初の目的である衛の家を目指してまた歩き始めた。
30分歩いて郊外住宅地周辺まで来るとあまり使われていない建物や売地などが目立ってきた。さらに少し歩くと木造の平屋が目の前に現れた。見るからに古く、人が生活してる気配があまり感じられない。
「ここがあなたの家ですか?」
小炉奈は確認のため衛に聞いた。衛は「おう!狭いかもしれないけど、まぁ上がってくれ」と親指で後ろの平屋を指さした。入口まで来るとその古さがより一層目立った。表札は無く扉や壁には亀裂や穴がある。
「葉月、弥生、今帰ったぞ!」
衛は扉を開けて中に入る。私も覚悟を決めて中へ入る。
「お邪魔します…」
ボロボロだった外装とは逆に建物の中は綺麗に整理されていた。玄関には靴が2人分あり傷だらけだけど綺麗に手入れされている。それを見た私は疑問に思う。
「この家にはあなたと弟達3人で暮らしてるんですか?」
玄関にあるのは子供用の靴と傘があるだけ。大人が使う靴も傘も無かった。私の質問に衛は少し考えた後「今は3人で暮らしてるかな」とだけ答えた。
廊下を歩き衛は1つの部屋を開けた私も続いて部屋の中へ入る。中にはテーブルがあり椅子が3つある。壁際にはコンロや流し台があり。ダイニングキッチンのようだ。
ダイニングキッチンには誰も居なかった。衛は次々と部屋を開けていく。洗面所とお風呂、トイレ、居間と3部屋開けたけど弟達の姿が見えない。最後の寝室を開けたけどそこに2人は居なかった。
「あれ?靴はあったから家に居ると思ったんだけどなぁ…」
私の頭の中では一つの可能性が頭をよぎる。もしかしたらモンスターに襲われて家から出て行ってしまったのかもしれないと…私が不安な顔をしていると衛の後ろの押し入れが少しずつ開いた。そして2つの影が衛に跳びかかる。
「兄ちゃんおかえり!」「まもにぃおかえり!」
衛は飛び込んできた2人を受け止めゆっくり地面へおろした。年齢的には小学校低学年くらいかな?私が2人を見ていると衛が紹介してくれた。
「こっちの男の子が小学2年の葉月、活発で運動が得意でサッカーが好きなんだ。それでこっちの女の子が小学1年の弥生、人見知りだけど馴れるとくっ付いてくる。2人ともお姉ちゃんに挨拶は?」
「ぼく はづき!」「わたし、やよい!」
衛に言われて2人は名前を言って手を上げた。釣られて私も「小炉奈です」と手を上げてしまった。すぐに自分の行動が恥ずかしくなり上げた手を引っ込めた。それを見ていた衛はクスクスと笑っていた。
「だいぶ暗くなってきたし避難所へは明日行こう。今日はここに泊まっていくといい」
衛の提案に私は頷いた。寝室の隅に鞄を置いて壁に背を預けて座り込む。今日は朝から走ったり歩いたりを繰り返してたせいか足がパンパンに張っている。私は明日に疲れを残さないためにも軽いストレッチを始めた。その横では葉月と弥生が衛の二の腕にぶら下がって遊んでいる。
「お兄ちゃん、ごはん買ってきてくれた?」「まもにぃお腹すいた!」
「あ…」
ぶら下がってる2人を笑顔で見ていた衛の表情が固まる。衛は1度コンビニに入ったがギアを身に着けると何も買わずにモンスターを倒しに行った。そしてそのままの流れで家に帰って来てしまった。当初のご飯の買い出しという目的を忘れて…
何も買ってないことを知ってる私は鞄からお菓子を取り出す。騒動が起きる直前にコンビニで適当に買ったお菓子たちだ。
「お菓子で良ければあげますよ」
私が差し出したお菓子と衛の顔を2人は見比べる2人。本来はご飯の代わりにお菓子を食べる事はあまり良くない。だけど買い出しを忘れた衛にはそれを注意することが出来なかった。
「仕方ない、今回は特別にお菓子食べていいぞ」
衛の言葉に2人は目を輝かせながらお菓子を手にした。
「小炉奈お姉ちゃんありがと!」「ころねぇありがと!」
嬉しそうにお菓子を食べる葉月と弥生を見ている衛にもお菓子を渡した。出合ったのは午前中、それから行動を共にしている彼が何も食べていないことを知っている。
「俺もいいのかい?ありがと小炉奈ちゃん」
衛もお菓子を食べつつ先ほど思った疑問を小炉奈に聞いてみる。
「そういえば小炉奈ちゃん子供連れの親と遭遇した時どうしてゴーレムを出さなかったんだ?」
衛が石牛と戦ってる時、私は鉄巨人を出さずに周りを警戒していた。他に敵が居なかったから良かったけど、もし他に敵が居たら危なかったかもしれない。そんな衛の疑問に私が答える。
「確かにゴーレムを召喚すれば身を守れますけどそれじゃ駄目だったと思います」
「駄目ってどういう事?」
「もしあの場面で私がゴーレムを出したら母親がパニックを起こしていたと思います。いきなり目の前に3メートルくらいのモンスターが現れたら怖いですからね」
「パニックになったら私の声が届かなくなりますし、最悪気絶してしまったら子供と母親をその場で守らなくてはいけなくなります。多少リスクがありますけど召喚を使わずに私が母親へ指示し母親が子供へ指示すれば効率良く動けるんじゃないかと思いまして」
私の考えを聞いた衛は「なるほど」と納得したよう頷いた。
「私からも質問していいですか?」
「俺の答えれる範囲でなら構わないよ」
私の家庭の事情を深く聞かないでくれた衛に聞くのは失礼かもしれない。それでも、もっと衛の事を知りたくて聞くことを決心した。
「家を見た感じ3人で生活してるみたいですけど親は別に住んでるんですか?」
衛はお菓子を食べ終えた葉月と弥生が布団の上で遊んでるのを眺めた後少し距離を置いた場所へ座った。私も場所を移動し隣へ座る。
「う~ん、隠す気は無いけど聞いても多分いい気分じゃないよ?それでも良いなら話すけど」
「話せる範囲で構わないのでお願いします」
「あれは8年くらい前、当時17歳だった俺はごく普通の高校生だった。家庭は特別裕福なわけでもなく貧しいわけでもない、ごく普通の家庭で両親も俺を可愛がってくれた」
「母親のお腹の中には葉月が居て、もうすぐ生まれてくる葉月のために色々な生活用品を買い家族皆でお祝いの準備をした」
「そんなある日、俺は学校の帰りに宝くじ売り場に足を運んだ。買わなきゃ当たらないと思い1枚だけ買って家に帰った。その時の俺は3000円くらいでも当たれば新しい生活用品でも買えるかなってくらいしか思っていなかった」
「葉月が生まれたのはその数日後。元気に泣く葉月を見た父親は仕事を頑張るぞと張り切っていたし母親も育児を頑張ろうと張り切っていた。俺も両親の手伝いを頑張ろうと考えていた」
「宝くじの当選が発表されたのはそれから更に数日後、最初に気付いたのは新聞を読んでいた父親だった。朝だというのに大声を出して俺達を起こした。父親の指さす新聞の一部には当選番号が書かれてる。その数字と俺が何日か前に買った当選番号を見比べる」
「え…!?い…一等!?」
「母親の驚く声が聞こえた。確かに数字が一致してる。その当選金額は10億と書かれていた」
「突然の収入に戸惑いながらも使い道を考える。とりあえず3人暮らしだった家を新しくする所から始めた。プールや庭、ベランダの付いた大きな一軒家を買った。家具や車も新しくして心機一転の生活が始まった」
「父親は毎日新鮮な食材を取り寄せては近所の人を呼んで庭でバーベキューや宴会を開いた。母親は高価なドレスやアクセサリーを買っては周りに自慢していた。」
「裕福な生活が始まって5か月後、母親は弥生を妊娠した。子育てにはお金が掛かるが大金を手に入れた両親達は気にせず家族を増やした。ここまでは予定通りの流れだった」
「雲行きが怪しくなったのは弥生が生まれてすぐの事だった。どんなに大金があっても使えば減っていく。度重なる贅沢な生活で両親の金銭感覚が麻痺し始めた」
「高価な物を買い欲を満たせばより大きな欲が生まれ、より高価な物へ手を出し始める。溢れ出す欲を止める事が出来なくなった両親は悪循環を繰り返した」
「手持ちが少なくなったある日、父親が言う…また宝くじを買って大金を手に入れよう…っと」
「手持ちのお金全部を使って宝くじを買った。もちろん奇跡は2度も起こらなかった。当然1等は当たらず手持ちは数万しか残らない」
「そこで止めておけば良かったんだ。だけど裕福な生活と欲に溺れた両親はお金を使うのを止められなかった。両親は借金をしてでも裕福な生活を続けた。当然返せるわけもなく積み重なる借金は膨れ銀行もお金を貸さなくなった」
「両親はついに闇金にまで手を出した。それから数か月後、家には借金の取り立てが来るようになった。俺や葉月、弥生は見知らぬ大人の手荒な訪問に怯える日々が数日続いた」
「そんなある日の朝、目を覚ました俺の目の前に両親の姿が無かった。取り立てに捕まったのか夜逃げしたのかわからないけど家には葉月と弥生、そして俺の3人しか居なかった」
「俺達が現状を理解するよりも早く業者が家に上がり込み次々と家具を差し押さえしていった。親の居なくなった俺達は簡単に家を追い出された」
「当然学校にも行けるはずもなく、事情を学校側に説明し退学した。その時の校長が良い人でさ、知り合いで使っていない家があるって言って今のこの家を貸してくれたんだ」
「職を探すにも住所は必要だろうってさ、凄いボロボロの家だったけど凄く嬉しかった」
「俺達3人が暮らせるくらいの生活費を集めるためにすぐに求人募集の広告を片っ端から探した、そして見つけたのが日払いの土木工事、もちろんこれだけじゃ3人の生活費としては足りない。朝の新聞配達や夜のコンビニとバイトを掛け持ちで働いた」
「何か月も休む暇なく働き続けた俺は心身共に疲弊しこのままじゃ駄目だと思った。その時、駅の掲示板に剣術を身に着け心身ともに鍛えよう!という張り紙を見つけた」
「コンビニのバイトを止めて道場へ足を運ぶことにした。その時出会ったのが風牙流剣術を指導する風牙 小鉄師匠だ。師匠は俺の疲弊を瞬時に見抜き的確な指導をくれた。剣術だけじゃなく人としての風格や考え道徳を色々教えてくれた」
「なんとか持ち直した俺の前に3年前の万能粒子による全自動化システムの加速が襲った。新聞配達も機械が請け負うことになって俺は解雇。土木工事は親方の配慮でそのまま働かせてもらえた」
「収入が足りなくなった俺に手を差し伸べてくれたのは小鉄師匠だ。師匠は農業もやっていてそこで取れた形の悪い商品にならない食材を俺達に分けてくれた」
「こうして俺達は色んな人達の支えを受けて今に至っている。だいぶ長い話になっちまったな」
衛の話を黙って聞いていた私は自分がどれだけ恵まれて生きてきたのか思い知らされた。当たり前に出てくるご飯、沢山の洋服、好きな人形達に囲まれた寝室、衣食住すべてが満たされた生活の中で生きていた私の不満は彼から見たら贅沢な悩みでしかない
「衛さんは強いんですね。私じゃ絶対に挫けてたと思います」
彼は辛い現実を目の前にしても目をそむけず現実を受け入れ前に進み続けた。私は親に拒絶された現実から目をそらし逃げたというのに…彼の人生に比べたら私の悩みなんて障害物にすらならないくらい小さなものに違いない
「俺は強くなんてないよ。逃げ出せないくらい弱かったからここまでこれたんだ。それに葉月や弥生がいたから頑張れた。俺一人だったらどうなっていたかわからない」
「湿っぽい話になっちまったな。風呂でも沸かしてくる」
衛は照れくさそうに立ち上がり洗面所の方へ向かった。
「色々話してくれてありがとうございます。あなたの事がよくわかりました」
私はその背中へお礼を言った。最初に感じた彼の印象はただの馬鹿かと思った…でも彼がこの環境に適応出来たのは馬鹿だからじゃない。彼はもっと過酷な中で生きてきたから動じず、堂々と変わったこの世界で生きているんだ。
私は布団の上で遊ぶ葉月と弥生の元へ行き遊び相手になった。少しでも彼の負担を減らせればと思った。
しばらく遊んでいると衛が戻ってくる。
「小炉奈ちゃん先に入っていいぞ。葉月と弥生は俺が相手するから」
「いえ、葉月くんと弥生ちゃんを先に入れてあげて下さい。私は後でいいので」
見ると葉月も弥生も遊び疲れて眠たそうにしてる。後からに回すと寝てるのを起こさないといけないかもしれない。まだ起きている今入れるのが良いかもしれないと私は判断した。私の意図が伝わったのか衛が葉月と弥生を連れてお風呂場へ向かった。
一人になった私は一応周りを警戒することにした。いくら衛が強くても何も身に着けていない時に襲われたら一溜りもない。30分程経つとお風呂場から3人が出てきた。
「やっぱり動いた後の風呂は格別だな。次は小炉奈ちゃんどうぞ」
衛は笑顔でお風呂場を指さした。私は洗面所に入り服を脱ぐ。近くに洗濯機があったのでそのまま服を洗濯機へ入れて回した。お風呂場へ入ると今日一日の汗をシャワーで洗い流す。髪や体を洗い浴槽へ入る。
浴槽は狭く膝を曲げないと全身が入らない。窮屈ではあるが意外と落ち着く。
「そういえば小さい頃、祖母の実家に行った時もこんな感じだったかな…」
懐かしい思い出が蘇り顔が少しにやけてしまった。私は冷たい水を顔に掛け気を引き締める。私が浴槽に入っていると洗面所に衛が入ってくる。
「着替え俺の服だけど置いておくぞ。下着は…弥生ので我慢してくれ…無いよりはマシだと思うから…」
「あ…ありがと」
ドア越しだけど恥ずかしさが伝わってくる。つい私も緊張して答えてしまう。それから数分後お風呂場から出て洗面所にある着替えを掴む。下着にはウサギのイラストが付いていた。小学生の下着を恐る恐る穿いてみた。
「少しきついけど普通に穿けてる…ま、まぁゴムだし多少は伸びるよね…」
自分の体が小学生とあまり変わらない事に衝撃を受けてしまった…17歳で小学生と同じ体格ってもう将来絶望的なような…いや、マイナス思考はやめよう…きっとこれから成長するはず…。
「そういえば最初に衛さんに会った時お嬢ちゃんって言われてたような…そんなに私子供っぽいかな?」
洗面所の鏡を見ながら考える。だけど肌寒い空気でくしゃみが出たので慌てて服を着る。洗面所を出て寝室に向かう。寝室では葉月と弥生が布団で寝てその近くで衛が座ってる。2人を起こさないように静かに衛の横に座る。
「小炉奈ちゃんも寝ていいよ。その間俺が周りを見てるから」
衛の申し出を私は首を横に振って答える。
「衛さんこそ連戦で疲れてると思うので休んでください。この家は今安全ですから」
「安全?どういうことだ?」
「外に鉄巨人を設置しました。一定時間MPを消費すれば私が寝ていても自動で命令を遂行します。私のMP量なら朝まで持ちますので衛さんは寝てください」
「明日も戦闘は続くと思うので主戦力の衛さんは休める時に休んで下さい」
「そうかい?それじゃあお言葉に甘えようかな」
衛はその場で目を閉じ壁に背を預ける。変な維持を張らずに砂をに私の言うことを聞いてくれた。この素直さもまた彼の魅力なのかもしれない。目を閉じゆっくりと呼吸する衛を私は見つめていた。
「戦ってる時は凄くかっこいいのに、こうやって見ると意外と可愛いんですね…」
自然と考えてることが言葉に出たことに気付いた私は首を左右に振って私も目を瞑る。明日は避難所を目指すためにまた移動するんだ。少しでも今日の疲れを取らなくちゃ…
「鉄巨人周囲の警戒をお願い」
私は小声で指示を出した後ゆっくり訪れる眠気に身を委ねた。
次回も小炉奈&衛パートになります。