別れと出会い
プロローグを入れて4話目になります。今回は第2部で出てきたコロコロさんパートになります。
大企業の令嬢、肩書は立派だけど実際の所 ただの見世物でしかなかった。
私、安藤 小路奈、17歳は大手通信会社、安藤グループ社長の娘である。安藤グループは世界トップの通信設備を完備し世界中どこでもネット回線を繋げることが出来る企業で有名だ。
3年前、神崎 司の条件にある世界共通のオンラインゲームを普及させるという課題を見事クリアしたことから、一気に有名な会社になった。人気にあやかりたいと他の有名なグループの支援もあって世界最大の企業へとのし上がった。
朝の日差しが差し込む寝室で私は昨日の食事会を思い出す。
「安藤社長、本日は食事会へ招待頂き誠にありがとうございます」
高そうなスーツを着た中年男性が深くお辞儀する。その横では息子らしい青年も深くお辞儀をしていた。私の父は笑顔で会釈した。
テーブルにはキャビアやトリュフ、松茸や燕の巣などの高級食材が並んでいる。私や向こうの息子用に高級メロンも用意されていた。
父親と向こうの社長で話が弾む。内容は互いの会社と自分達の娘や息子を褒め合う会話ばかりだった。「私の自慢の娘だ!息子だ!」といった内容ばかり、正面に座る青年が話しかけてくる。
「君のお父さんって凄い方だね。世界でも有名な社長に会えるなんて光栄だよ」
私は笑顔で対応する。少しだけ食事をした後、席を立つ。
「私は勉強がありますのでこれで失礼します 本日はごゆっくりして行ってください」
深くお辞儀してその場から離れる。私は自分の部屋に入るとベットへダイブした。そしてそのまま深いため息をつく。
「はぁ…何が食事会よ…ただの自慢話がしたいだけじゃない、それにあの息子も何なの?」
私と会話していても、その目は私を見ていない。彼が見ているのは私ではなく父の会社だった。どんなに高級な食材が並んでいても、あの場の空気が食欲を奪っていく。学校に居てもそうだ 周りは私ではなく父親の会社しか見ない。私が何か結果を残しても評価されるのは親ばかりだった。
今思い出すだけでもイライラする。私は気分転換にオンラインゲーム パンドラの箱を起動する。
オンラインゲームの中では私は一人のプレイヤー。大企業の令嬢でもなければ特別な待遇を受けることもない。ここでは私は一人の冒険者として皆に接してもらえる。まぁ皆って言っても私が所属してる宿屋「黒猫亭」は3人しか居ないんだけどね。
ログインするとすでに2人が居て何やら楽しそうに会話してる。2人は現実世界でも顔見知りらしい。†白石†というキャラがハリ一というキャラを先輩!先輩!と呼んでいる。
私は昨日の食事会の雰囲気と今の二人のやり取りを見比べて二人が羨ましく思えた。
「おはようございます。日曜の朝とはいえ 二人とも早いんですね。他にやることはないんですか?」
気付いたら二人に強く当たっていた。二人はただ楽しく会話をしていただけ、何も悪くない。言ってしまってから後悔する。私の言葉に対してハリ一が苦笑いで答える。
フォローにならないフォローを入れる。
昨日の食事会をまだ引っ張ってる…このままじゃ駄目だ。外に出て頭を冷やそう。
「私これからコンビニにお菓子買いに行くから放置します白石さん頑張ってくださいハート」
白石さんに仕事を押し付けてしまった。帰って来たら謝ろう…そう思いながら私は部屋を出た。
近くのコンビニに着くと手あたり次第お菓子をカゴに入れていく。レジの前まで来たらカゴを機械に通す。空港のX線検査装置のようなものでこのスキャナーに通すと料金の合計が出る。最後にレジにギアを近づけて料金送信で買い物終了。
ちなみに料金を支払わずに出れば警報が鳴って警備ロボに捕まってしまう。
買った物をバックにしまい外に出ようとした時、警告音が響き渡る。何か支払い忘れたのかと思い焦ってレジの機械を見た。しかしそこからは警告音は鳴っていない。音の出てる方を見るとギアから警告音が出ている。
ギアには「パンドラの箱インストール中…」と表示されている。パンドラの箱?私がやってるゲームと同じ名前だ。ギアの画面を見ていると「インストール完了」と表示された。
数秒後、大きな揺れがコンビニを襲う。棚に置かれていた商品が床へ落ちる。私は姿勢を低くして頭をバックで守る。徐々に揺れが収まって来た。ギアでネットに繋いで情報を集める。ネット上では
「ゲーム パンドラの箱にアクセス出来なくなってる」
「さっきゲームで見たことあるモンスターが外を歩いていた」
「化け物が人を襲っている」
「現実と仮想が混ざった世界になったって学者が言ってたぞ」
モンスターが現実世界に?そう言えば今年のエイプリルフールのネタで4月で世界が滅ぶって予言があったけどその話題で盛り上がってるのかな…
どの情報もモンスターがあちこちで暴れているって事しか書き込まれてない。詳しい情報を知るためにも
一旦家に戻ることにした。
コンビニの入り口まで歩いたところに2人の男女がコンビニに駆け込んだ。
「ハァ…ハァ…ここまで来れば大丈夫かなっ…」
「ハァ…ハァ…わかんない…けどもう走れない」
男女は息を切らしながらコンビニの奥へと身を潜めた。
私は何かに怯える二人が気になって尋ねる
「何か事件でもあったんですか?」
二人は自分達に起きた出来事を話してくれた。
「日曜だし2人でドライブしてたらギアから警告音が鳴って、しばらくしたら大きな揺れが来てとりあえず車止めたんだけど…」男が話していると女の方も話始める
「そうそう!それで揺れが収まったと思ったら目の前に石の鎧を着た牛みたいなのが現れて車に突進してきて!その突進で車が壊れちゃって車を捨ててここまで逃げてきたの!」
二人が嘘を言ってるようには見えなかった。二人が話してる事が本当だとしたら、さっきネットで調べてた事が本当だということになる。それに女性が言った特徴の生き物がゲーム パンドラの箱に出てくるモンスターと特徴が一致していた。
「色々と情報ありがとうございます」
私は2人へお礼を言ったあとコンビニを出て家を目指す。家の前に着くと異変に気付く。
「なんで門が閉まってるの…?」
普段開いている門が閉まっている、それによく見ると室内の防火シャッターも降りてる。門の壁についているインターホンを押した。室内の映像がモニターに映し出される。そこには怯えながらこちらを窺う父親の姿があった。
「お父さん何で門を閉めたの?早く開けてよ!」私の問いに父親は震えながら答える。
「すまない…モンスターが入ってくるかもしれないから門は開けれない…」
予想外の答えに私は戸惑う。
どうして?あんなに「自慢の娘だ」って言ってたのに…こんな簡単に切り捨てれるものなの?私が門の前で「開けてよ!」と叫んでいると後ろから「フンッ!」と荒い鼻息が聞こえた。
振り返るとそこには頭と体を石で覆っている牛が居た。
さっき出合った2人が言っていた情報と一致してる。目の前に居るのは石牛で間違いない。石牛はこっちに向かって突進してきた。
さっきまで私が立っていた場所の壁に激突する。壁の一部に亀裂が入る。するとモニターから悲鳴が聞こえた。「頼むから他で戦ってくれ、私達を巻き込まないでくれ!」
私の心配じゃなく自分たちの心配しかしていない家族を見るのが耐えられなくなった私はその場から走り去った。
もうここへは帰れない。私は帰る場所を失ってしまった。
逃げる私の後を石牛が追いかけてくる。元々体力があまりない私はすぐに追いつかれてしまった。
肩で息をしながら石牛の方を振り返る。向こうはまだまだ元気でこちらに突進してくる。
必死に逃げた先に何があるのだろうか…帰る場所も無い、頼れる人も居ない。いっそこのまま楽になった方がいいんじゃないかな…
私は逃げるのをやめ目を瞑る。きっとこれは夢だ。あの石牛に吹き飛ばされて目を開けたらベットから落ちているって夢オチに違いない…儚い希望を胸に抱きながらその時を待つ。
「風牙流剣術!断風!」
突然の声に驚き目を開ける。私の目の前に映った光景は、私に突進してくる石牛の脇腹に斬撃が突き刺さり石牛が真横へ吹き飛ぶ光景だった。
「お嬢ちゃん無事か?」
私の元へ駆けつけてくれた青年は片手に木刀を持ち反対の手を差し伸べてくる。
「ここは危険だ ひとまず建物の中へ移動しよう」
彼の差し出した手を掴み後を着いていく。先ほどまで居たコンビニの中へ入る。男女はどこかへ行ったらしく中には誰も居なかった。少し落ち着いた私に彼は話しかけてくる。
「俺の名前は九重 衛、お嬢ちゃん名前は?」
「私は安藤 小炉奈、九重さんはどうして私を助けてくれたんですか?」
「衛で良いよ、そりゃあ今にも小炉奈ちゃんがピンチ!って感じだったから助けなきゃ!って思っただけだよ」笑顔で答える
「いきなり下の名前にちゃん付けですか…まぁ良いですけど」
この人と会話しているとペースを持っていかれそうだ。
「小炉奈ちゃんは今の現状について何か知らない?」
私はさっきネットで集めた情報を彼に教えた。彼は「俺の知らない間に変な生物が生まれたのかと思ったけどあれはゲームに出てくるモンスターだったのか」とすんなり受け入れてしまった。
「随分簡単に信じるんですね」
「まぁあんな変な生き物初めて見たしゲームのモンスターだって言われたらなんか納得出来たかな」
この人は馬鹿なのか…それとも適応能力が高いのかよくわからない…
「あれがゲームのモンスターだとしたら倒し方ってわかる?さっきみたいに攻撃しても全然頭の上のバーが削れないんだよね」彼は苦笑いしながら聞いてくる
「普通にゲーム内のスキルか武器を使えばダメージが通るんじゃないですか…?」
そう言いながら彼の手首を見るとギアが付いてないことに気づく。
「あれ?ギア付けてないんですか?」
「ギア?なんだそれ?」
どうやらギアの存在を知らないみたいだった。ギアが普及したのは数年前、老人の方などは使い方がわからなくて付けてない人は良く見かけるけど若者でギアの存在を知らない人を初めて見た。
確かコンビニでも無料配布してたと思い奥の段ボールを開けてみる。案の定ギアが入っていた。
「これを腕に付けて起動してみてください。その状態で攻撃するとさっきのモンスターにダメージを与えれると思います」
衛は言われた通り腕にギアを巻き起動する。私もギアを操作してスキルを習得していく。音声登録と指紋登録を済ませた彼がコンビニの入口へ向かう。
「そんじゃあ、あいつをぶっ倒してくるか」
さらっと自販機に飲み物を買いに行くかのように衛は出ていく。私はコンビニの中からその様子を見守った。外には先ほどの石牛の他にもう2体、合計3体の石牛が道路を歩いてる。
その中の1体が衛に気付き、衛目がけで突進してくる。衛は逃げるどころか石牛に向かって走り出す。
石牛の突進が当たる直前、衛は木刀を下から振り上げる。振り上げた木刀の先が石牛の顎に直撃し首ごと頭を真上へ跳ね上げる。前足は浮き目の前にはむき出しの胴体がさらけ出される。
振り上げた木刀を素早く返し、むき出しの胴へ振り下ろす。石の鎧が無い内側を強打された石牛は悲鳴を上げる前に砕け散る。一瞬の出来事だった。
「まずは一匹!」
1体を倒した衛が残りの2体へ視線を向ける、仲間をやられた2体は鼻息を荒くし衛目がけて突進してくる。
「興奮しすぎですよ。あなたもあいつらも…」
衛に向かって突っ込んできた2体の石牛は鉄巨人の一振りで地面にめり込みそのまま砕け散った。衛が振り返ると手をこちらに向け立っている小炉奈が居た。指には指輪が2つ付いていて両方が光を放っている。
「今だと2体が限界みたいね…」
指輪の光が消えると2体の鉄巨人も目の前から消えた。衛が小炉奈の元へ寄ってくる。
「今のは小炉奈ちゃんが出したのか?凄い強そうだったな!どうやって出したんだ?」
「私、ゲーム内じゃ召喚士の職だったからスキルを使っただけですよ。それよりも考えなしに突っ込んでどうするんですか。私が居なかったら危なかったですよ?」
「ああ!助かった、ありがとな!小炉奈ちゃん強いんだな」満面の笑みで返してくる。
言われて私は気づく…先ほどまで怖くて逃げる事しか考えてなかった私がいつの間にか彼を助けようと動いていた事に。
さっき助けてもらったから?それとも彼の勇敢な姿を見たから?理由はわからない
でも「助けなきゃ」って気持ちで体が自然に動いた。
「ねぇ、あなたはこれからどこへ行くの?」
「俺か?一旦弟たちの元へ戻らないといけないな、俺の帰りを待ってるし」
「そう…じゃあ私もそれに付き合ってあげる。あんた危なっかしいし。それに私、帰る家無くなっちゃったし…」
衛は深く聞いてこなかった。ただ一言「これからよろしくな♪」とだけ言ってきた。
帰る家を失った…この先の未来が全く見えない。
それでも前に進むしかない。
自然と不安は感じなかった。
私は覚悟を決め歩き出す。
次回は幸一パートに戻り物語が進みます。